第2話 沈黙の空、響くは銃声。あるいは…… Part6
〈2122年 5月7日 3:17AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約21時間〉
―ソノミ―
「うむ…………」
「ねぇ、黒髪の少女。君、戦う気はあるの?」
「何を言っているんだよ、オマエ!この少女含め4人は、どう考えても
「そうだけれど…………」
目の前の
私は別に、戦場で眠ろうなどという程図太い神経をしているわけではない。こうしていることには二つ理由がある。一つ目は気を練ることにより集中力を上げるということ。そして二つ目は――これから数分の内に起こる出来事を、瞼の内側で思い描くということ。
そう、結末など、わかりきっている。だから――
「……この場所から退いてはくれないか?」
「っ!?退くって、ボクらが!!?」
「バカにしているのか貴様ッ!?こちらは5人もいるんだぞッッ!!」
どうせ名前も知らない連中。5人の男たちを十把一絡げに“敵兵士”と認識していたが……反応を見る限り、それは誤りだった様だ。
5人中4人は私の発言に怒りを覚え、自分たちが“嘗められた”とでも思ったようだ。しかし、右腕に赤いバンダナを付けたお前は――私を傷つけたくないためか、その提案に乗るのも満更でもないといった表情をしている。
それならば――
「私は無駄に命を散らす趣味は無いんだがな……忠告を聞くつもりがないというのなら仕方あるまい。お前らの命、ここで果てることになる」
左腰に据えた刀。左手でその鞘を掴み、右手でその柄を撫で――強く握りしめる。
お前ら雑兵――異能力を使うまでもない。
「――
地面を蹴り飛ばし、そして兵士たちの集団へと突撃する。
「なっ!?うて、撃てっッ!!」
短兵急に攻めに転じたからか、一瞬兵士たちは怯んだように見えた。しかし――
銃弾は横殴りの猛雨。しかし雨とはいえど、それは殺傷性抜群。1弾でもこの身で受け止めるようなことがあれば、その痛みに私はこの勢いを失うことだろう。それだけじゃない。後続の銃弾を避けることもままならなくなり、私は蜂の巣のような穴ぼこの姿でここに眠ることになる。
「ふんっ!!」
だが――私はそんなに弱くはない。
来るとわかっている銃弾。対策はいくらでもある――右回りに急速旋回。弾雨を一気に回避する。
「なっッ!?」
その勢いを殺さないままに兵士たちの背後に回り込み、後衛を務めていた兵士へと肉薄――鞘から刃を抜き放ち、その頸から背中にかけて大きく斬りつける。
続けて手首を180度回転。隣でその惨劇に唖然としている兵士の喉仏目がけて一突き。
「バカなっ!?」
……驚くなよ。戦場に来ることを選んだのはお前ら自身だ。いつ死んでもよいという覚悟を決めず、なまじな心持ちでいたからこうなる。
だが――もう、情けはない。
「くそガッ!!」
二人がかりで私の背後を突いて、ナイフで一撃をかまそうと――そうだ。それで良い。そうしてくれなければ張り合いがない。私が……一方的な悪になるじゃないか。
「はアッ!!」
だが――甘かったな。その程度では私は死なない。
腰をかがめ右足を軸として回転をし――その二人の心臓へと到達するぐらいの横一閃。断末魔をあげる間もなく絶命したようだ。
「あっ……ひっ………!」
最後に残った一人は、例の腕に赤いバンダナを巻いた兵士。
情けない。壁を背にして、そうも恐怖が張り付いたような顔を浮かべるなんて。
しかし……それも仕方ないとも言えるか。彼の目に映る私は4人の兵士の返り血を浴び、人斬り鬼の様に身体を深紅に染めているのだから。
「……ふん」
「ひいッ!!」
その顔へと一刀を放つ。もちろん、はじめから串刺しにしてやろうという意図ではない。その頬肉を少し掠め取りさえすれば十分だ。
「私たちがここに来た理由は、星片の所在を知るためだ。それなのに……他のバカどもは争奪戦での戦いに昂ぶったのか、お前の仲間を壊滅させてしまった。だが、お前が星片の在処を答えるというのなら、先に言った通りお前を見逃してやることもやぶさかではない」
今度はゆっくりと
脅しの心得などというもの、生涯かけて一度も使うことはないと思っていた。しかしグラウの奴はいつか必要になるだろうと、聞いてもないのにそのイロハを私へと叩き込んできた。
「何も苦痛を味わはせる必要はない。ほんの少し自分の血を見せさえすれば、それで大抵の人間は怯えて口を割る」。さて、本当にそうなのだろうか?
「わっ、わかった。でも……本当にボクのことを助けてくれるんだよね?」
「当然だ。
ほう。グラウの脅しの方術、正しかったと。
まだ刀を納めるつもりはないが、しかし張り詰めた表情は少し崩して。出来るだけ友好的に。そうすればこいつも、嘘など吐かずに話してくれるだろうか。
「星片は……ボクたちの組織が握っている」
「
兵士は首を縦へふってきた。だろうな、というのが正直な感想だ。
モアナ遊園地に星片は落ちた。そして事前にモアナ遊園地に本陣を構えていたのは
だがここは戦場。毘沙門やら他の連中やらが既に奴らから奪い取っているという可能性も考えられた。だからグラウは確かな情報のために、こうして尋問をすることを目的に私たち全員でここに来たのだろう……言い出しっぺのくせに、そのことを失念していたようだが。
さて、用は済んだ。刀を納めても良かろう。
「さぁ、何処にでも好きな所に逃げれば良い。安心しろ。私たちの前に立ち塞がらない限り、私たちはお前を殺すような真似はしない」
「………!」
真っ青だった顔も少しずつ元の色を取り戻しつつある。少トラウマに近い記憶を植え付けてしまったかも知れないが、人生は長い。何れそのトラウマを克服していくことが出来るであろう。
「ねっ、ねぇ!二つだけ……聞いてもいいかな?」
「あっ?」
踵を返して3人の所に向かおうとしていたが、呼び止められてその場に立ち止まる。
「立場を理解していないようだが……いいだろう。変な質問をしてきたら、その首が吹き飛ぶと思えよ?」
ああ、やってしまった。また兵士の顔が青く染まっていく。こいつ、ひどく私に恐れを抱いているようだな。
「えっ、えっと……君も、あの3人と同じで異能力者なんだよね?」
「そうだ。お前らなんかには使う必要もないと判断したから、地の力で相手していたがな」
何をわかりきったことを聞く――と、この兵士視点ではそれもわからないか。
別に異能力の発動を躊躇しているわけではない。しかし、私の異能力は――それなりに実力のある相手でなければ、その身を微塵へと変えてしまう。だからこいつらのような有象無象の兵士相手には、オーバーキルは確実のこと。よって使うまでもないという結論へと至った。
「それじゃあ、もしかしてなんだけれど、そのお面――顔に宛がうことで、君の異能力は発動したりする?」
「っ!?………この私に、鎌をかけているというのかッ!?」
ぐっ!?何故……それを?たまたま言い当てただけ……なんだよな?
「ううん、違うっ!この目で見たんだよ――君のものに似た、鬼のお面を持っている男をっ!!」
私と似たような鬼の面、だと……嘘、だろ?あり得ない!そんなわけないッ!!だって、あの人は……くっ………。
どうする?私はどうすれば良い?これ以上、踏み込むのか?それとも――
いや、何を迷っているんだ私はっ!私はずっと……ずっとそのために生きてきたじゃないか!!ならば、私がするべきことは一つ――
「答えろ……それは…その人が持っていたのは、赤い鬼の面か?」
兵士はゆっくりと――首を縦に振ってきた――バカ、な……。
どうして、どうして――
「そんな、そんなはずっ……!」
いったいどうして!?再び日本に――それに、何故争奪戦なんかに!
「答えろッ!!その人と何処で出会った!?何処の組織に所属していた!!?その人は――私の……兄様なのかっッ!!!??」
男の胸ぐらを掴んで、激しく睨みつける。兵士の血の気が引いていくことなど気にしない。全部、全部吐かせてやるッ!!
「――落ち着け、ソノミ」
「っ!?グラウ?」
ぽんと右肩に手を置かれた。振り返ると――グラウがたしなめるような目つきで私のことを見ていた。
「今は邪魔をするな。私は、こいつに用事がある」
「星片の所在は既に聞いたんだろ?ならば、もうその兵士に用事はないはずだ。それとも――個人的にそいつに聞かなければならないことでもあるというのか?」
「…………」
「その通りだ」。なんてバカ正直に言えたものではない。グラウの瞳を見ればわかる。「そのようなことをさせるつもりはない」、と訴えている。
しかしここで食い下がるような真似、出来るはずがない。もしその男が本当に兄様だとしたら――私の悲願は、この戦場で達成されることになるのだから。
「まぁ、きっとソノミにも何かあるんだろうが……一度頭を冷やせ。今のソノミは本当に鬼みたいだぞ」
「……グラウ、手荒な真似は慎む。だから、今だけは私の好きにさせてはくれないか?」
「それは対等な取引じゃないだろ?“手荒な真似をしない”ことが利益になるのはその兵士であって、俺たち3人には何の得も――」
風を貫き――グラウの喉元へと
「ソノミ、何しているのっ!?」
「なんすかソノミ先輩っ!癇癪でも起こしたんすかっ!?」
慌てた調子でネルケもゼンもやってきたが――構わず、グラウへと続ける。
「頼む、グラウ……」
「頼む」。ただその二文字だけを繰り返す。
しかし……こうも表情を変えないとはな。もとより脅す目的であって、グラウを突き刺そうなんて気は毛頭ない。刃物を突きつけられる恐怖によって、私に有利な状況を生み出そうとしているのに、押されているのは私の方だ。グラウの気迫に、私は飲まれかけている。
これでは……グラウの口から私が望む答えなど――
「……わかった」
「!!」
私の願いが……通じたのか?
ならばこの刀早く納めてしまおう。これ以上、グラウに突き立て続ければ……グラウではなく、後ろのネルケが私を仕留めようと動いてくるかもしれない。
「ただし、一つだけ言わせてくれ」
グラウは私へと近寄ってきて、私の耳元へと……何だ――?
「その兵士を好きにしてくれて構わない。だが、ソノミ。人間は極限まで恐怖を覚えたとき、何をしでかすかわからないものなんだ」
「何が言いたい?」
「……兵士を見てみろ。あれが――その極限まで恐怖を覚えた時の人間の反応だ」
兵士に一瞥をくれると――その顔の色は抜けきっていて、瞳孔は拡大しており、そして口をパクパクと声にならない呻きをあげていた。
「あの状況じゃ、狂気に駆られた行動をしだすのも時間の問題だ。だから、ソノミ――始末をつけろ。それが条件だ」
「始末……」
私はあの兵士に、「お前を殺すことはない」と約束した。それなのに、始末をつけろだなんて……くそっ!
兵士を生かすか、それとも奴の命を奪うことを条件に兄様の情報を吐き出させるか。どちらか一つを選べなど――いや、わかっている。答えなど、思考を経るまでもなく出ている。
「わかった。始末は……私がつける」
本懐の前では……約束も、信条も――何もかも、無力だ。
「そうか。なら俺たちは下で待っている。終わったら来てくれ」
グラウは振り返ると、私に文句を言いたげな表情を浮かべるネルケを強引に引っ張って階段を降りていった。ゼンもゼンとで私に怪訝な表情を浮かべていたが、私に見せつけるようにニヤッと口角をつり上げたあと、二人を追いかけるように彼も去って行った。
さて……グラウが折角お膳立てをしてくれたのだ――
「ひいっ……!」
根掘り葉掘り――訊かせてもらうとしよう。
※※※※※
小話 世界観(設定)解説Part2~異能力者/非異能力者、人間/異能力者という認識の違い〈応用編〉~
グラウ:前回に引き続き上記の解説を行っていく。前回の“異能力者”、“異能力者*”という表記は今回も使っていくが、念のため確認しておこう
・“異能力者”→異能力を持つ者がする、自己認識としての表現
・“異能力者*”→異能力を持たない者(“非異能力者”)がする、ネガティブな意味合いを持つ表現
グラウ:詳しくは前回の小話(本編第2話Part5)を参照してくれ
ネルケ:ごめん、やっぱりよくわからないのだけれど……
ソノミ:ならお前は今回黙っているんだな。私とグラウでやっていく
ネルケ:わたしからグラウを寝取るだなんて……許すまじ、ソノミっ!
ソノミ:なっ!そんなことは一言も言っていないだろッ!!
グラウ:……始めていこう。まぁ〈応用編〉と言っても、今回の内容は前回の補足ばかりだ。具体的には――
ソノミ:“異能力者”は“異能力者/非異能力者”と認識し、“非異能力者は”“人間/異能力者”と認識するが、これが全てではないという話だな
グラウ:その通り。まず“非異能力者”にだって、“異能力者”を同じ“人間”であると考えるやつも存在する。言い換えれば、“非異能力者”の中にも、異能力を持つ者を“異能力者*”ではなく“異能力者”と捉えるやつもいるということだな
ソノミ:しかしその反対――“異能力者”の中にも“人間/異能力者”、いや“異能力者/人間”の認識方法をする奴もいる、と
グラウ:ああ。複雑になるが……そのような連中は“異能力者**”と表記するべきだろうな。敢えて*を二つ並べたとおり、“異能力者”と“異能力者**”という表現には大きな違いがある
ソノミ:“異能力者**”は、「異能力を持つ者たちは、その力の強さからもはや人間という枠組みを超越した新たな生命体である」と考えている異能力を持つ者のことを指す
グラウ:ここまでの話をまとめるに、“異能力者”は自らを「人間に過ぎない」と認識しているのに対し、“異能力者**”は自らを「もはや人間以上の存在」だと、ポジティブを通り越して危険な考えを持っているわけだ
ソノミ:で、ここまで話してきた内容の具体例を示すんだよな、グラウ?
グラウ:その通り。どの組織がどの認識に立っているかということを示そうと思う。これから紹介していく組織が、それぞれどういう組織であるかについては、本編第2話Part3を参照してくれ
ソノミ:異能力者/非異能力者。この考えを堅く持っているのは――グレイズ・セプラーがテラ・ノヴァだな
グラウ:そうだ。“異能力者”と“非異能力者”たちとの同権を謳う彼らは、異能力を持つ者と異能力を持たない者たちはどちらも“人間”であるという思想をしている
ソノミ:反対に、人間/異能力者。これは――デウス・ウルトの考えそのものか
グラウ:デウス・ウルトは“異能力者*”という存在を全ての“人間(=非異能力者)”の敵であるとみなし、そしてその殺戮を行うことを教義としている。
ソノミ:人間/異能力者の認識をしているのはそれだけじゃない。
グラウ:さて、異能力者/人間だが……今はこんな組織は存在しないな。いや、もしも“異能力者**”なんて考え方をする奴が現れれば――クルト・イステルの『異能力者と人間の未来』(本編第1話Part5)の言う大革命が起きるだろうな
ソノミ:しかし、多くの異能力者は差別的扱いを受け続けているのだからそうなっても仕方ないというのが現状だろう?異能力者の誰も彼もが、テラ・ノヴァのように丸く収まろうとはしないだろう?
グラウ:……かもしれないな。ところで――ネルケ、あんたはどう思う?
ネルケ:あ~~もうっ!まったくわかんないわよ!!だからグラウ――後で懇切丁寧に、二人ので特別授業をして?
グラウ:……ソノミ、任せた
ソノミ:ああんッ!?私に厄介事を押しつけるなよ!
ネルケ:ううっ~~!!二人ともわたしのことをテキトーに扱って――覚えてなさいよっ!!
グラウ:この後ネルケがどうなったかは……小話であるというのに関わらず話が長引いたから割愛させて頂く。それじゃあ今回も、また俺なりのまとめを示して終わりとしよう。それじゃあ、な
☆まとめ
3.異能力者/人間
・異能力を持つ者たちの中には、「異能力を持つ自分たちはもはや人間を超越している」と考える者もいる
・そのような者たちは自らを“異能力者**”と呼び、反対に異能力を持たない者たちのことを“人間”と呼ぶ
4.具体例
・異能力者/非異能力者(“異能力者”)→テラ・ノヴァ
・人間/異能力者(“異能力者*”)
:過激派→デウス・ウルト
:比較的穏やか→
・異能力者/人間(“異能力者**”)→存在しない(存在してはならない)
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