第2話 沈黙の空、響くは銃声。あるいは…… Part4

〈2122年 5月7日 3:03AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約21時間〉

―グラウ―


「ゼン、何処だ!?」


 行幸、というべきであろう。世界防衛軍WG・毘沙門両軍の兵士と一度も遭遇することなく第三団地の屋上へと辿り着くことが出来た。

 ここにゼンがいるはずなのだが、見渡す限り人影はない。いや――


「オレはここで~~おおっ、と!」


 見えない存在を相手どるなら――耳を澄ませば良い。斜め右方向より足音が俺の方へと近づいていることを頼りに、その反対側へと身を翻し――成功。

 俺を脅かそうと姿を表わしたゼンが、勢い余ってその場へと倒れこんだ。


「いてて………」


「先ほどの意趣返し、ということだ」


 ゼンに右手を差し出し、引っ張り起こす。


「しかし、よかったよゼン。何もせずに潜んでいてくれて」


「いやぁ、下見てくださいよ下。流石のオレでも、あの中に突っ込もうとは思いませんよ」


 下……そうだ、第二団地と第三団地との間では既に戦闘が開始しているのであった。

俺たち三人は第四団地方向から第三団地に侵入したわけだが、経由したフロアに待ち伏せアンブッシュは一つもなしと少し拍子抜け。しかし確かに鼓膜を震わし続けていたのは、戦火が奏でる交響曲シンフォニー


 響き渡る号令突撃せよ。鼓膜を痛めつける程の銃声バガ銃声ガガ銃声ガンッ!連なり、そして腹を震わせるような断末魔グハアッ。なんてことはない、戦場の旋律メロディー

それは何十、何百もの命によって紡がれ、そして終曲は儚く消えていく。何度聞いたところで、慣れはしない。悲惨さに脳に激痛が走り、そして吐き気を催す悪魔たちの音楽だ。

 臭いもそうだ。地獄という世界が本当に存在するのなら、きっとこういう臭いなのだろう。血飛沫が飛び交い、発砲と共に上る硝煙。それらが混じり合うことで生まれる、強烈な悪臭スティンキー。一刻も早く洗い落としたいというのに染みついて、悪夢を見せるまで離れてはくれない。


「姿勢を低くしろ。覗くぞ」


 三人を引き連れて手摺りへと。そして隙間から下を覗くと――ああ、まさに阿鼻叫喚。同じ制服ユニフォームを着る仲間のために、違う制服ユニフォームを着る氏素性の知らない者たちを殺戮する。それはいたって単純で、かつそれ以上はないほど残忍な、古来より続くものの決め方ゲーム

 戦場はいつだって悲しいものだ。何が一番悲惨かと言えば――こうして引き金を絞っている人間たちは、所詮権力者の駒の一つでしかないということだ。そう、兵士たちは所詮消耗品であり、その名前も、性別も、身空も……権力者にとって関知するところではない。結果として勝利すれば、いくら消耗したところで補充すれば良いだけのこと――


「西方向に展開している白いのが世界防衛軍WGで、東方向が毘沙門の兵士たちみたいね」


 世界防衛軍WGの軍服は以前より知っていた。白のアーマーが胸部から腹部にかけて、そして腕と脛へと装着された装甲服。対して毘沙門は青い陣羽織、その下には黒い軽装の戦闘服。そしてその背中には“毘”の文字の刺繍が施されている。


 だが、見た限りこの戦場には異能力者がいないようだ。ある意味、前代的な戦闘形態。歩兵対歩兵。互いに突撃銃アサルトライフルやら短機関銃サブマシンガンを持って、自らの組織の勝利を叫び弾丸を撃ち合う。

 戦況は拮抗。両軍ともに残存兵力に相違はない。ただ、もしもここに異能力者が一人でも参戦すれば、状況は一気に変容するだろうが――


「グラウ、あれを見ろ」


 ソノミが指さす方向――第二団地の屋上、うん?あれは……人か?

 ボディバックから双眼鏡を取り出し、より正確にその人物を確認する――黒いシルクハット、非戦闘時用と思われる白いスーツの上に、ベージュのカジュアルなコート。顔まではよく見えないが……年齢は40代の前半辺りか?

 うむ……一般兵士たちとは違う格好からするに、あの人物は下で戦っている兵士たちの指揮官なのだろうか?


「グラウ先輩、あっち行って見てきましょうか?」


「いや、それには及ばない。あんな男がいる時点で、第二団地は世界防衛軍WGの巣窟だろう。一人で行くのは危険だ」


 ゼンの返答は「ちぇっ」という舌打ち。しかし、譲るつもりはない。こと戦場において独断専行は命取りになる。


「……タバコを吸い始めたな、あいつ」


 ソノミもソノミで目が良いものだ。第二団地と第三団地との間の距離は、数十メートル以上はあるというのに。

 もちろん俺もその一部始終を双眼鏡で捉えていた。男はスーツの内ポケットからタバコの箱を取り出して一本銜えたと思えば、それに火をつけた。部下たちが下で戦っているというのに、良いご身分なものだ――


「グラウ、下を見て!世界防衛軍WGが――撤退を始めているわっ!」


「ん?」


 ネルケの焦り声に、急かされるように視線を落とすと……本当だ。世界防衛軍WGの部隊が退却を開始していた。

 妙だ。戦況は依然として拮抗していた。毘沙門に異能力者が現れた?いや、その様子もない。この戦場、いったい何が起きたという?


「うん……?」


 改めて対岸の男へと視線を戻すと――ああ、そうか。“何が起きた”のではない。今まさに、“起きよう”としているのか!


「どうしたの、グラウ?」


「あの男のタバコ、紫煙が……上っていないんだよ。だから――」


 タバコに火をつければ、紫色をした有害な煙紫煙が発生する。そして煙は、周りの空気よりも比重が軽いため上方へと向かう。

 しかし彼の銜えるタバコの煙は――上るどころか、下へ下へと向かっている。それは、この世の理に反する現象。そのようなことを引き起こせるとすれば、答えは一つしか存在しない――


「あの男は、異能力者だ」


「「「!?」」」


 ネルケたち三人がそれぞれ短い仰天の声をあげた――ついに出くわしたか、敵の異能力者に。


「グラウ。煙が下るだけでも変だが、あの量。それに――」


「変よね。タバコの煙の色って、普通に見る限りでは灰色のもくもくで、あんなにハッキリした紫色じゃないわよね?」


 そう、もはや双眼鏡など不要。肉眼でもそれはハッキリと確認出来る。第二団地と第三団地の間に立ちこめた紫煙は、後退のタイミングを逃した毘沙門の兵士たちを包み込んでいる。そして聞こえてくるのは、死に至る苦しみにもがく痛々しい声。

 紫煙の恐怖が、この一体を支配している――


「動くなッッ!!」


「――――っ!!?」


 鼓膜を破る程激烈な男の叫び声が背中から――即座にホルスターから二丁の拳銃を引き抜き、声の主目がけて銃口マズルを向ける。

 その隊長格と思しき赤いヘルメットの男に続いて屋上階段を上り現れたのは、白の装甲服――世界防衛軍WGの兵士たち。数にして20人近く。俺たちの5倍もいることを活かされ、いとも容易く俺たち四人は包囲されてしまった。


 まぁ、こうなったことは必然なのかもしれない。俺たちからあの男が見えていたように、対岸の男にも俺たちが見えていたのであろう。


「今すぐ武器を捨て、手を挙げろッ!!さもなくば命はないと思えッッ!!」


 恐ろしいことを言うものだ。“従わなければ殺す”。血も涙もない台詞だ。だが、それは――圧倒的優位の人間の台詞であって、あんたにそれを言う資格はない。


(どうするの、グラウ?)


 ネルケが俺にだけ聞こえるような小声で尋ねてきた。どうする?決まっているだろ、そんなことは――


「ネルケ、ソノミ、ゼン。この争奪戦の初戦だ」


 俺はそれが敵の兵士たちにも聞こえるよう、敢えて壊れたラジオの如き声量で宣言した。


「貴様らァッッ!!状況を理解していないと言うのかッッ!!」


 兵士たちが距離を詰めてくる。いつでも蜂の巣にする準備は出来ている、と。


「もちろん理解しているさ。だが、あんたらは適当な人数――ネルケ、ソノミ、ゼン。一人頭5人。いいな?」


 ネルケ、ソノミ、ゼン。それぞれの表情を確認していく――ああ、全員準備万端なようだ。


「もちろんよ!ようやくわたしの戦い方を見せてあげられる絶好のタイミングがやって来たわねっ!」


「そろそろ戦いたくてうずうずしていたんすよっ!誰よりも早く片付けてみせますよっっ!」


「ふん!この程度の雑兵の相手、私一人でも十分なのだがな」


 囲まれた時点で、俺たちに逃げ場は存在しなかった。だが始めから、諦めるなんて選択肢は存在しない。こうなった時点で、俺たちは逃げも隠れもしない――必ず、勝利する。


「いくぞネルケ、ソノミ、ゼン――P&L俺たちに、勝利をッ!!」



〈2122年 5月7日 3:01AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約21時間〉

―?―


「星片が生み出した結界の中とは言え、外の世界と何も変わらないんだな……」


 背広の内ポケットからタバコを一本。ライターは……ああ、コートの右ポケットの奥深くに潜んでいたか。


「すうっ……はぁっ………」


 紫煙がゆらゆらと揺蕩いながら、漆黒と蒼の光が交差する皮膜の空へと上っていく。


 一本のタバコには、4800種類の科学物質が含まれ、そのうち69種類は発癌性物質だという。大国アメリカの死亡原因の1/5は喫煙が原因であり、中国の喫煙率は全人口の30%にも及ぶそうだ。

 しかし22世紀に入ってからというものの、各国が示し合わせたかのようにタバコの規制を開始した。その理由は――健康促進のため。

 今じゃ“寿命”はその国の健康状況を表わす一つのパラメーターとなり、どの国もこれ見よがしにそれを引き延ばそうと多くの政策を打ち出した。そしてその政策の標的とされたものの一つが、喫煙という行為であった。


 喫煙という行為をするだけで、人から煙たがられる。みんな健康志向なのは良いことだが――オレはそんなこと、どうでも良い。オレの肺が真っ黒になろうが、癌になろうがそれはオレの勝手――もちろん、タバコを吸うという行為が、仕事上必要だからということもあるが。


「ぷはあっ………」


 “The toxicityの肺 of my city”。やはりこいつに限る。他のは味が良くないし、値が張りすぎるものばかり。

 こうやってタバコを吸っている時間だけが、オレに生きているという実感を与えてくれる。他のことは何も考えなくていい。甘美な毒に、溺れていられる……。


「――少佐、全部隊の撤退の準備、完了しました」


「うん?ああ……オマエか」


 溌剌とした若い兵士がオレに挙手の敬礼をしてくる。

 もちろんオレは彼のことを知っている。しかし彼と親しいわけではない。名前を呼ぶことすら出来ない。覚える必要なんて――それほどあるわけではない。


「なぁ、オマエも一本吸わないか」


 箱をポンと叩き、一本取り出す。しかし若い兵士は首を横に振った。

 ああ、オマエもそうか。オマエの目は、ずっと訴えかけていたな――「タバコ臭くて、早くこの場所から立ち去りたい」って。


「そうかい……じゃあ――んっ?」


 対岸の第三団地をふと眺めると、点のような何かが動いているように見えた。なんだ、あれは……オレの気のせいなのだろうか?


「オマエ、目は良いか?」


 これでも若かりし頃は視力が2.0あったのだが、それはもう過去の栄光。眼鏡という選択肢も、どうも鼻の付け根が痛くて憚られる。


「えっ、はい…そこそこは……」


「じゃあ、あそこを見てみろ」


 タバコを持たない右手で対岸を指さす。


「あっ、あれは……」


 良かった。タバコが見せた幻影ではなかったようだ。


「どうやら毘沙門の兵士ってわけではなさそうですね。それぞれが個性的な格好をしていますから。合計1、2……4人みたいです」


「ほう。ネズミが4匹入り込んだのか」


 はて、ネズミたちは何処の組織の連中なのか。どうして世界防衛軍うちと毘沙門との戦闘を眺めている?

 念のため、確認しておくか。


「待機している第7部隊を第三団地の屋上へと送り込め。奴らが何者なのかは知らないが、それで十分だろ。それから第1から第6部隊までの撤退は後3分で終わらせろ。そのタイミングで――やる」


「はっ、了解しました!」


 若い兵士は再び敬礼、そして階段近くでもう一度礼をした後、部隊指揮のためにこの場を去って行った。まったく律儀なものだ。この臭いに、憎悪の感情を向けてきたくせに――


「ああ、残念」


 先ほど火をつけたタバコが燃え尽きてしまった。

 オレは多分、ヘビースモーカーに分類される。一日平均一箱開けなければ、やってられないような人間だ。

 しかし、連続でタバコを吸うという行為はあまり好きではない。一時間に1本ずつ。決まった時間に吸うことで、オレは満たされる。だが――先ほど渡そう取り出した一本を口に銜え、そこに火をつけた。


「時間、か……」


 見下ろすと、既に撤退は完了しているようだ。ならば情け容赦なく、この真下の世界を紫煙で満たすことが出来る。


「ふう……」


 深く、煙を吐き出した。


 しかし今度の紫煙は、空へと立ち上ることはなかった――


※※※※※

小話 “魔女の一撃”をくらった日


ソノミ:魔女だ?そんなやつ、現実にいるわけないだろ


グラウ:いや、“Witch's魔女の shot一撃”とはあくまで比喩表現で……それは日本語でいうところの“急性腰痛症ぎっくり腰


ネルケ:グラウがなったの?


グラウ:いや、俺じゃない――作者がなったそうだ。本来なら本編3:01~に登場した“The toxicity of my city”に関するの小話をやろうと思っていたそうだが、急遽この話へと変更したそうだ


ソノミ:そんな緊急性が高い内容なのか?


グラウ:そこまででもないようだが……一応、話のネタとして経過を書いていくと、作者が風呂上がりになんてことなく椅子に座ったそうだ。そうしたら猛烈な痛みが腰に走り、「うぐうッ!」と叫びかけて(賃貸だから)どうにかそれを寸前で飲み込んだ。その時は単にピキッといっただけだと思っていたようだが、何故か次の日も痛みが引かない。歩く分にはなんともないが、むしろ座ったり、腰を曲げる動作全般をする際は腰が痛すぎて、お腹も痛いだそうだ


ネルケ:「腰も痛すぎて、お腹も痛い」って、どういうことかしら?


グラウ:そうとしか表現出来ない、その痛みを表現するための語彙を作者は持ち合わせていないそうだ。本編とこの文章書いている時は椅子に座っていたわけだが……「かなりすごい顔をして書いていた」と作者は語っている


ソノミ:素直に横になっていれば良いのにな


グラウ:それでも貴重な体験として、痛みを記録したいという意思が勝ったようだ


ネルケ:それで悪化したら元も子もないのにね


グラウ:ああ。作者から皆さんにお伝えしたいのは「“魔女の一撃”はその名の通り、何の前触れも訪れます。なので、もしもの備えとして湿布を家に常備しておいた方が良いですよ」とのことだ


ネルケ:若くてもなるみたいだから、わたしたちも気をつけなくちゃね!


ソノミ:ふん!この私がなるものか


グラウ:そう意気込んでいて足を掬われたのが作者なので、どうか皆さんもお気をつけて

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