第1話 出会いの夜、撫子は甘い香りを漂わせて…… Part4

〈2122年 5月7日 1:01AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約23時間〉―グラウ―


 ふと思う。階段というものは人類が生み出した創造物の中でも、五本指に入るぐらいには優れたものなのではないだろうか、と。もしも階段が存在しなければ、人間は高所へ移動する時に急斜面を上らなければいけなくなる。その反対の急斜面を下るという動作も、かなり危険なものであることは明らかであろう。

 階段がいったいいつの時代に、誰が創造したのかは定かではない。しかし、今や階段は古代の遺跡から超高層ビルにまで、ありとあらゆるところで俺たちの生活を支えてくれている。

 しかし、だ。階段は――古い。もはや階段は時代遅れの代物なのだ。世界は日々進歩を続けている。古きものは取って代わられるのがこの世の常であり……要するに、スマートフォンのソフトウェアが更新アップデートされるのと同様、階段だって機能向上――つまりはエスカレーターないしエレベーターへと改修されるべきなのではないだろうか?

――といった詭弁を弄したくなるのは、俺がひねくれた性格をしているからということもあるだろう。しかし、それだけではない……はずだ。


 今俺が上っている、壬生神社へと続く石段は――75度はありそうな程に急な角度、加えて300段もあるという。ああ、心という名のガラス細工がバキバキ音を立て、ただのガラス片に変わっていく音が聞こえてくるようだ。

 まぁ「このような石段は古き良きものだから残すべきだ」という、文化財保護委員会の声には多少共感の余地はある。この石段は当時の時代の人たちの血と涙の結晶であり、それを破壊するということは先祖への冒涜になるのかもしれない。しかし、だ。せめて…せめて手摺りを設けるぐらいなら、バチも当たらないのではないだろうか?


「ふうっ……はぁっ…」


 ちょうど百段くらい上ったところで、ようやく踊り場へと至った。上を見上げると……残念ながらまだ拝殿のはの字も見えてはこない。


 しかしこの階段を上り始めてというものの、非常に草木の匂いを強く感じる。ほんの数十分前までいた繁華な街並みとは違って、ここには緑が広がっている。

 日本には四季があるという。今俺が目にしているこの青々とした景色も、季節が変わり秋になれば紅葉を迎え、そして冬には侘しい景色へと様変わりするのだという。

 ああ、そうか。たった今、豁然とした。日本の春夏秋冬という四季の移り変わりは、日本人の風流さと密接に関係しているのだと。


「さて、いくか」


 先はまだ長い。それでも、この階段を上り続ければいずれ拝殿ゴールへと辿り着く。


 こういう仕事をしていると、世界各地の歴史的建造物を見る機会も少なくはない。もちろん俺は任務を遂行すればそれで良い。しかし、だ。だからといってその土地の風情を味わわないのはもったいないと感じる。俺は訪れたその地の食を満喫したいし、それにその土地の人々の生き方というものを知りたい。

 といっても、多忙なスケジュールのためにそのような経験を十分に出来ていないのが現状だ。日本に来てからというものの、日本らしいものに触れた機会と言えば……“コンビニ食”ぐらいか。

 いや、日本のコンビニ食の種類には恐れ入った。しかもどれを選んでも美味しいというのだから……まったく、恐れ入ったものだ。

 中でも気に入ったのは唐揚げ弁当だ。なんだ、あれは?揚げたてではないのに衣がカリッとしていて、それでいてニンニク醤油のパンチが攻め立ててくる。もちろん唐揚げだけではない。お米も冷えているというのに甘みが失われず、ごま塩と絶妙なハーモニーを奏でている。“きんぴらごぼう”というものも、甘っ辛くて生まれて初めて遭遇した味付け……帰るまでにもう一度食べたいものだ。いや、買って帰るというのも手ではあるな。


「これで3分の2は上ったか?」


 二つ目の踊り場へと至り、ようやく拝殿の一部が見えた。しかしもう……足は棒のようだ。

 こういう時は多少無理してでも進むべきだ。疲労が蓄積したタイミングで一度でも休んでしまえば、そこから先へと進めなくなってしまう。人間はそういうか弱い生き物だ。

 そういう訳で棒となった足へと鞭を打ち、引き続き地獄の石段上りを続けていく。


 壬生神社ここが集合地点に相応しいかについては疑問がある。上り下りするだけでかなりの体力を浪費しなければならないのだから。しかしここを指定した人物は、そのデメリットをむしろメリットであるかのように説明した。「こんな場所を集合地点にする組織は他にはいない。つまり、敵とばったり遭遇しないから、ここがベストの場所よ」――ミレイナさんは続けて、「神社で必勝祈願も出来て、一挙両得よ」とも宣った。反論はした。しかし、具体的な代案を提案出来なかった俺は……彼女に屈してしまったのであった…はぁ。


「あぁ、長かった……」


 ようやく参道へと辿り着いた。最初の鳥居をくぐってから既に15分ほど。良いトレーニングにはなったとは言えるだろうか。


 壬生神社。「彩奥市北西部にある、千年の歴史をもつ由緒正しき神社。長く急な石段を上りきった先にある光景は…きっと皆さん。息を呑むことでしょう」。確かに触れ込みの通りだ……ここは、言葉を失う程の神聖さで満ち満ちている。

 まず俺を迎えたのは、社に祭られし神を守護する二匹の守護獣。右が“獅子”、左が“狛犬”というそうだが、両者を併せて狛犬というのが一般的だそうだ。

そして参道の終着地点、厳粛にして圧倒的な存在感を放つ拝殿。特徴的な屋根造り、一番手前に置かれた賽銭箱、その上には真鍮の鈴。

 ああ…素晴らしい。こうも神社というものは……神々しいのか。まるで俺の汚れた心が浄化されていくようで――


「――そんなに神社が珍しいか?」


 和琴を撥で弾いたような雅を感じさせる声が、不意に俺の鼓膜を震わせた。視線を賽銭箱から右へとスライドさせると……拝殿の柱に背を預けた一人の少女がそこにいた。

 上ってきた時には既に彼女はそこにいたはずなのに、俺は今の今まで彼女の存在に気が付かなかった。それは彼女が影が薄かったからなどではない。溶け込んでいた。この神社という神秘的な場所に、彼女は違和感なくマッチしていたからなのであろう。


「ああ、流石は神様の家だ。しかし、まさか俺より早く到着しているとはな――ソノミ」


 俺はその柱の傍らまで歩き、縁側へと腰を下ろした。


「当然だ」


 相変わらず無愛想な少女である。存分に容姿が良いというのに…まったく、もったいない。


 ソノミ・ミト。漢字だと御都苑巳と書くらしい。彼女は俺たちP&Lの刃、頼れる俺の後輩の一人というわけだ。

 彼女は確か19歳。その顔つきは美形そのものだが、あどけなさもまた同居している。瞳のはサファイアの様な色をして、少しつり目。その唇は薄く小さいベージュの色、鼻筋はよく通っている。髪は濡羽色で、そのロングヘアを青い蝶々の柄の入ったかんざしでもってポニーテールに結い上げている。

 身長は155cmほど。華奢な体躯をしているくせに……その内側に並の男性以上の筋力を秘めているのだから恐ろしいものだ。

 纏うは、黒い生地で、背中に青鬼の刺繍が施されたノースリーブの上衣、そして蒼黒の着物地のタイトミニスカート。腕を守るは紺の手甲。太ももを隠すは紫色のニーハイソックス、履くは脚絆と一体化したブーツ……と、その姿は一見くノ一を連想させるが、これは半分正解で半分外れである。

 くノ一が暗殺を目的とする人物なら、ソノミはその対局であるといえよう。ソノミはその左腰に据えた刀でもって敵を蹂躙する。右腰には顔の上半分を隠すような青鬼の面が括り付けられているが……彼女がそれを使うことなど、滅多にない。


「なに人のことをジロジロ見ている?」


 ようやく青い瞳と視線を交わすに至った。


「いや、別に……容姿はいいのに、性格で損をしている少女だなと改めて思っていただけだ」


「……人をバカにしているのか?」


 ムスッとした表情から彼女の今の心境は推し量れる。


「両方とも事実だろ?」


「…っ、心にもないことを……ふんっ」


 ソノミは少し頬を赤らめ、そしてそっぽを向いてしまった。無愛想と言ったことは悪かったかもしれないが……実際相当素晴らしい容姿をしていることは確かなはずなのだがな。


「しかし、ソノミ。日本はいいところだな。食事は美味しい、そして人も優しい。その独特な文化は、異国人である俺を非常に楽しませてくれた」


「独特、か……ガラパゴスなだけだ。日本に住めば、日本の嫌なところがこれでもかと見つかる」


「それは日本に限ったことではないだろ?そこに住んでいる時間が長いほど、その社会における問題点は痛いほど見えてくる」


「……確かにな。否定はしない」


 ボディバックを下ろし、背中の後ろに両手をついて空を見上げた。この皮膜の空の下、もう既に戦いが始まっている所もあるだろう。それなのに、こんなにのんびりしていられるのは、幸か、それとも不幸か――


「おはやいっすね、グラウ先輩。それにソノミ先輩も」


 今度は浮かれた調子の声が聞こえてきた。反射的にその声の方向を見るが……そこには誰もいない。後ろか、それとも正面?辺りを見回しているのに、そこに人の気配はない――


「オレはここっすよ」


 今度は俺の真横から声が聞こえてきて、心臓がドクンと一回跳ね上がった。


 振り向くと、そこにいたのは――ゼン。“透明の狂気インビジブル”という通り名を持った、透明化の異能力を持った少年。

 18歳という組織の最年少。でも一番派手、というかおちゃらけた格好をしているのは彼である。その金髪は地毛ではなく染めたもので、前髪は赤いメッシュが入っている。その顔には合計7つものピアス。5つは左耳、2つは唇。指には数多くの指輪がはめられており、腕には何十本ものブレスレッドが巻かれている。

 まぁ、俺もほぼ私服みたいな格好をしているが…ゼンの場合、戦場とそれ以外の場所とで服を変えるということをしない。彼は……俗に、ヴィジュアル系と言われるファッションをしている。やけに長い白のTシャツ、その上に黒のヒョウ柄のジャケットを羽織り、下半身はダメージが入りすぎた黒のスキニー。多分戦場じゃなくても彼が浮くのは確実であろう。


「脅かすな、ゼン」


「すみませんね、グラウ先輩。でも、これがオレの趣味なんで」


「その力、敵を翻弄するために活かせよ?」


 俺の先輩としてのありがたいアドバイスを「はいはい」と軽く受け流したゼンは、ドサッと俺の右隣へと腰を下ろしてきた。


 ゼンが不意に姿を現したり、姿を消したりしてくるのはいつになっても慣れはしない。人間の五感の中で視覚が占める割合は8割を超えるという。要するに、人間にとって目から入る情報は欠かせないものであるということだ。

 しかしゼンはその身体を透明にしてしまうことで、誰にも視認されなくなる。それを活かした不意打ちは彼の十八番であり、彼の実力もまた相当なものなのだが……ゼンにはいくつか問題がある。だから彼を手放しにしておくことはほんの少し不安が残る。


「で、まだ来ていないんすか、例の人?」


 ゼンが背筋を伸ばしつつ、カラッとした声で話を切り出してきた。例の人……すなわち、俺たちP&Lの助っ人。彼女の名前は、確か――


「ネルケ・ローテ。彼女が信用出来るかは、些か疑問だな」


 俺が答えに辿り着く前に、ソノミが先にその名を出してきた。


「まだ出会ってもいない人物に、いきなり噛みつかなくていいんじゃないですか、ソノミ先輩?」


「噛みついているわけではない」


「でも、オレには絶賛噛みつき中ですよね?」


「あぁん?」


 ああ、やっぱりこうなるか……ソノミはゼンを睨みつけ、ゼンは挑発するように口角をつり上げている。仕方ない――


「二人とも落ち着け。俺たちがいがみ合っても仕方ないだろ?」


 間に割って入って二人を鎮める。両者納得いっていないようだが……どうにか矛を収めてもらうしかない。


 先輩としてこの二人の間を取り持つのが俺の役目だ。しかしそれは、非常に骨の折れる仕事で――ソノミとゼンは対照的だ。気難しいソノミに、お調子者のゼン。二人は水と油のように混ざり合ってはくれない。

 でも二人とも良い後輩であることは確かだ。ソノミと俺、ゼンと俺というペアで任務をこなしてきたことはこれまでに10回以上あるし、どの回も成功を収めてきた。しかし三人揃ってというのは、たった2回だけ。そしてその2回とも……てんやわんやであった。

 二人は俺なんかよりずっと優秀な異能力者である。そうなのだが……二人とも絶望的なまでにチームワークというものがない。どちらか一人に波長を合わせることは出来る。しかし、対局にある二人を同時に制御するなんて無理な話だ。

 それでも、今回ばかりはしっかりと二人をコントロールする必要がある。俺はこの三人の中で年長者。大切な後輩たちに何事もないよう、気を引き締めていくとしよう。


「でも、ソノミの言う通りだとも思う。仮に例の彼女がラウゼの言う通り、手練れの異能力者であったとしよう。そうであるならば……どうしてわざわざP&Lなんていう弱小組織に手を貸す?金を稼ぐためにフリーランスでやっているというのなら、もっと実入りがいい組織に与するはずだと俺は思うんだがな」


 会話を続けるために、今度は俺がソノミの話を引き継いだのだが……今度はゼンが、俺の発言に小首をかしげてきた。


「その口ぶり……グラウ先輩は例の人の実力自体に疑問があるんすか?」


「……どうだろうか、ラウゼの人を見る目はそこまで悪くないはずだからな。だから、俺が言いたいのは――」


「ネルケ・ローテは腹に一物抱えているのではないか、だろ?」


 ソノミがピシャリと言い当ててくるものだから、彼女は俺の心を読めているのではないかと思えてくる。


「その通りだ。彼女は敢えてP&Lに与した。そこには何らかの目的があるに違いない」


「何らかのって……なんすか?」


「例えば彼女が俺たちの情報を入手し、その情報を彼女が所属している組織に垂れ流しにするとかは考えられないか?」


「ネルケ・ローテが間諜であるかもしれないと言いたいんだな?」


「ああ、その通りだ」


 一度咳払いをして、それから話を締めくくろう。


「結局のところ、彼女に直接会ってみないことには彼女の真の強さも、そして信頼に足りうる人間であるのかどうかもわからない。だから、ソノミ、ゼン。彼女に用心しつつ、かつ好意的に接しろ。わかったな?」


 ソノミもゼンも首を縦に振ってきた。そうやって素直に言うことを聞いてくれれば、本当に可愛いものなのだがな。


 そもそもネルケ・ローテについて疑心暗鬼にならざるを得ないのは――彼女に関する情報があまりに不足しているからだ。所属、経歴そして――異能力。その全てが未知数。そんな人間を素直に信用しろなんて無理な話だ。

 だから、もし彼女が俺たちの裏をかくような真似をしてきたら――その時は、俺たちが数の暴力でもって彼女を仕留める。この算段で問題ないはずだ。


 さて、集合時間までは残り10分。彼女が到着する気配がないが…ほんの少しの間だけ、気を緩めて待っていることにしよう。


※※※※※

小話 あともう一人……?


グラウ:役者が揃いつつあるな


ソノミ:あん、役者?


グラウ:ラウゼから既に聞いているだろう?小話をメインでやっていくのは、俺とソノミ、そして例の彼女とであるって


ソノミ:三人…うむ、誰か欠けているような……?


ゼン:オレっすか?オレっすよね、どう考えても!


ソノミ:違う、お前じゃない


ゼン:えっ?


グラウ:悪いな、ゼン。作者から言われたんだが……「男は一人ぐらいで十分」だそうだ


ゼン:はぇっ!?なんでオレハブられてるんすか!まっ、まぁ……仕方ないっすね。オレとソノミ先輩不仲なんで


ソノミ:よくもまぁそんないけしゃあしゃあと「不仲」なんて言葉を言えたもんだな


ゼン:なんすか?そうじゃないっすか?というか、オレはよくてもソノミ先輩が一方的にオレのこと嫌ってますよね、そうっすよね?


ソノミ:別に、お前のことを嫌っているわけじゃない。お前の品行が悪いからそれを正そうと口を酸っぱくしているのに、それを不仲など――


グラウ:…落ち着け、二人とも。本編でもないのに喧嘩をするものじゃない


ソノミ・ゼン:本編なら喧嘩して良いってことか(っすか)ッ!?


グラウ:それは、その……言葉の綾だ(この水と油の二人を如何に御していくものか……二人の先輩として頑張らないといけないな)。ところでソノミ、ゼンじゃないとしてもう一人って……今のところ候補は、ラウゼとミレイナさんしかいないが?


ソノミ:……いや、その二人でもないと思う。なんだろうか、そこまで遠くない未来、お前グラウとそのネルケ・ローテともう一人……たぶん女、そして個性的なやつ。その四人でこのコーナーをやっていくような気がするんだ


グラウ:言われてみれば……この争奪戦が終わって少ししたら、その人物と出会えるような気が――


ゼン:二人揃ってなんすか?スピリチュアル的なやつっすか?


グラウ:まぁ、ネタバレは――時間が解決してくれるであろう。それでも今すぐ答えを知りたいのなら……リメイク前(カクヨム様にはありません……すみません)にはその人物が既に登場していたりするかもしれないな。以上だ

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