奇跡 あるいは 運命

フレンズは、サンドスターが動物に反応して生まれる。

その対象は選ばれない。

幸運な犠牲者は、偶然によって決められる。


不運な者も存在する。

幸運の中の奇跡。

奇跡を呪い、消えていく。


彼女もまた、その一人だった。




___________________________


「ぁ、あー・・・」

ほとんど声にならない鳴き声を上げる。

口を喘ぐようにして、必死に声を出そうとした。


彼女は森で生まれた。不運にも、まだ幼かった。


幼い個体がフレンズになった場合、体の構成にサンドスターを消費する。

知能を継ぐ受け皿がない者は、ヒトの姿をした獣だった。



歩くことも、飛ぶことも知らず、彼女は地を這った。

空腹を満たす術すら、持っていなかった。


ある者は、その奇妙な振る舞いを笑った。

フレンズにとって、"何も知らない"ことは無い。

歩くことも飛ぶことも、すべて"生まれた時に知っていた"からだ。

その笑いは嘲笑ではない。


ある者は、その瞳に恐怖した。

自分と同じ存在。しかし、自分とは違う。

食い殺そうとするような、生命を脅かす恐怖。

手を差し伸べることができなかった。



長い時間が経った。

笑い、恐怖し、誰も彼女を助けなかった。

フレンズになったことにより生まれた、小さな感情。

自分で理解できない悲しみが、涙を零した。


「おい、そこのお前」

「一体何をしているのですか」


突然声をかけられ、彼女は声の主を見た。

睨みつけ、怒りの声を上げる。


---

コイツも私を笑うのか?

逃げるのか?___

---


「おお怖い」

「威嚇だけは一人前なのです」

「おー、よしよし・・・」


今までの者達と違った反応に、彼女は困惑した。

笑わなければ、逃げ出さない。

初めての存在だった。


撫でようとする手に噛み付こうと口を開ける。

そのとき。

ぐう、と腹が鳴った。


「・・・ふふっ」

「お腹が空いているのですか?」

「じゃあ、いいものをあげるのです・・・」


そう言いながら、懐から袋を取り出す。

それを開けると中から丸いものが出てきた。

彼女はそれを見て理解した。


「さあ これを食べるのです」

「って、そんなにがっつかなくていいのですよ!」


彼女は、差し出されたそれを奪うようにして取った。

がつがつと食べ、空腹を満たす。


「まだあるのですよ」

「遠慮しないでいいのです」


また差し出されたそれを、今度はおずおずと受け取った。

優しく見守られ、むずがゆそうに身をよじった。


---

なぜ、優しくするのだろう

なぜ、与えてくれるのだろう

なぜ、一緒にいてくれるのだろう

---


「心配しなくていいのですよ」

「私も食べ物も逃げたりしないのです」


彼女は泣きながら残りを頬張った。




___________________________


「私はアフリカオオコノハズク・・・」

「よくコノハと呼ばれるのです」


彼女が食べ終わると、少し間をおいてコノハが話し始めた。


「先ほど、ここに奇妙なフレンズがいると言われて来たのです」

「長い間ここにいたのですか?」

「体が汚れているのです」


コノハが、彼女の服についた汚れを手で払い落した。

彼女は恥ずかしそうに目をそらせた。


「全く・・・」

「困っているフレンズがいるなら、早く言えばいいのです!」

「長もそんなに目が届かないのです!」


ぶつぶつとコノハが文句を言った。


「別に、お前のことを悪く言っているわけではないのです」

「フレンズにはいろいろな考えを持ったやつがいるので」

「それをまとめるのが大変だ、ということなのですよ」


俯いた彼女に、慌ててコノハが声をかける。

そんなことを気にしていないと彼女が首を振ると、コノハは安心して息をついた。



話すことが無くなったのか、二人の間に沈黙が広がる。


「ん、そういえば・・・」

「お前は何のフレンズなのですか?」


空気に耐えかねもじもじとしている彼女に、コノハが急に話しかけた。

座っている彼女と、目線を合わせるようにしゃがみ込む。

目を合わせられ、彼女の心臓が大きく跳ねた。


「ぁ、ぅ・・・」

「ああ、そういえば喋ることができなかったですね」

「忘れていました」

「それじゃあ仕方ないのです___」


仕方ない。

その次に出てくる言葉を、彼女は考えた。


---

出来損ないは 捨てていこうか

---


コノハは、彼女を置いていくつもりはなかった。

しかし、彼女はそう考えることができなかった。


優しさに初めて触れた彼女にとって、コノハは救いだった。


「わ、ぁし・・・」

「・・・?」

「わ、たしは、ワシミミズク・・・」


コノハの腕に縋り付き、自分の名前を言った。

なぜ知っているのか、なぜ言えたのか。

そんな事は、彼女にはどうでもいいことだった。


---

私を置いていかないで

一人にしないで

---


コノハは、彼女の瞳に恐怖と悲しみを見た。

縋り付く手の力を感じた。震えていた。


「・・・教えてくれて、ありがとう」


祈るように見つめる彼女を、強く抱きしめた。




___________________________


「___さて」

「長くここにいてもよくないので・・・」

「私の巣に向かうのです」


ひとしきり抱きしめて頭を撫でた後、コノハがそう伝えた。


「心配しなくていいのですよ」

「私が抱っこしてあげるのです」


不安そうにしている彼女を、ひょいと抱え上げた。

彼女の顔が真っ赤になった。


「? どうして顔を隠すのですか?」

「落ちると危ないので、ちゃんと掴まるのです」


そんな彼女に気付かないのか、コノハはふわりと空へ向かった。



眼下に広がる景色に、彼女が驚いたように見とれている。

世界を知らない彼女には、とても新鮮なものだった。


「うーん・・・」

「ワシミミズクと呼ぶのも、なんだか味気ないのです」


音もなく空を飛び、コノハは唸る。


「そうだ!」

「ミミズクだから、ミミちゃんと呼ぶのです!」

「私のことはコノハちゃんと呼んでいいのですよ!」


嬉しそうにコノハが言った。


---

私の名前?

ミミちゃん・・・

この人の名前?

コノハちゃん・・・

---


「コノハ、ちゃん」

「!」

「ふふ、そうなのです」

「かしこいコノハちゃんなのですよ!」


つぶやく彼女の声を聞き、喜んだコノハの速度が上がった。

ミミが振り落とされないようにしがみつく。

二人とも笑顔になった。




___________________________


「さあ、ついたのです」

「ここが私の巣なのですよ」


奇妙な建物の前に降り立ち、入口へ向かう。

ミミはまだ抱えられていた。


もう大丈夫だと体を動かすのを、コノハが抑えた。


「こら」

「暴れると落ちてしまうのです」

「まだちゃんと歩けないからこうしているのですよ?」


---

でも、これは少し恥ずかしい

---


諭されて、ミミはむくれた。

気にすることなく、コノハは歩きながら紹介していく。


「ここにはたくさんの本があるのです」

「そこにあるのも、そこにあるのも・・・」

「私はかしこいので、全部読んでしまうのです!」

「・・・まだちょっとだけですが」


本が散らかる中を通り、階段に足をかける。

ミミは下から上まで詰まった本を眺めていた。



「そして、ここが個人の部屋なのです」

「___ああ、下はほかのフレンズが来ることもあるので・・・」

「自分の場所は確保しているのですよ」


「・・・入れたのはミミちゃんが初めてなのです」


上った先に、小さな部屋があった。

散らかった下とは違い、物はほとんど置かれていない。

端のほうに机と本棚、小さなベッドがあるばかりだった。



「とりゃっ!」


コノハが急に、ミミを放った。

驚くミミをベッドが受け止める。


自由になったことを確認し、ミミが起き上がろうとした。


「だめなのでーす!」


そう言いながら、コノハがベッドに飛んでミミを抱きしめる。

ミミはさらに驚き、体を硬直させた。


「ミミちゃんは今疲れているのです」

「今日はもう寝るのですよ」


人形のようになったミミに優しく囁く。

緊張がほぐれたのか、ミミはコノハに身体を預けた。


「そう、今日はもうお休み・・・」

「子守歌でも歌うのです」

「前に本で見つけたのですよ___」


二人が寝るには、ベッドは狭かった。

身を寄せ、抱き合い、二人は眠った。


そこまで上手ではない歌が、小さく響いていた。




___________________________


次の日から、ミミはフレンズの体に慣れる訓練を始めた。



手を取り、コノハはミミが歩けるように手伝った。


震える足は、一歩踏み出すことすらできなかった。

何度も転び、擦り傷を作った。


「今日は三歩も歩けたのです!」

「ミミちゃんはすごいのです!」


そう言ってコノハが褒めてくれることが、ミミにとっての喜びだった。

慣れない体を動かす苦痛も、そのために忘れることができた。


コノハは、ミミの成長を我が事のように喜んだ。



喋ることができないミミのために、コノハは本を持ち出した。


二人並んで椅子に座り、一つの本をのぞき込む。

互いの息がかかるほどに。


「これは"りんご"と読むのですよ」

「りんご?」

「そう! そしてこれが本物のりんごなのです」


どこかに隠していたのか、コノハがりんごを取り出した。

甘い匂いに、ミミの腹が音を立てた。


「ん・・・」

「お腹が空いたのですか?」

「では、これを食べてみるのです!」

「甘くておいしいのですよ」


ミミは差し出されたりんごを受け取り、一口かじった。

甘い味に目を輝かせ、一心に食べる。


その様子を、コノハは優しく見守った。



コノハはミミに空を教えた。


コノハに抱きしめられ、少しずつ飛ぶことを学んだ。

低い視界が、徐々に高く、見下ろすようになった。


「今日はあの山まで行くのですよ」

「そこでお昼を食べるのです!」


「ほら、手を引いてあげるのです・・・」


高度とともに、ミミの気持ちも上昇していく。

小さく柔らかい手を、離さないように握った。


「大分上手に飛べるようになっているのです!」

「これなら、一人で飛んでも大丈夫なのですよ」

「・・・」

「ミミちゃん?」

「まだ、コノハちゃんと一緒がいいのです」


寂しそうに、ミミはコノハの服を掴んだ。

山の頂に座る二人を、風が撫でていった。




___________________________


二人は共に歩き、本を読み、空を飛んだ。

片時も離れることは無かった。


初めは皆、コノハに同居人ができたことに驚いた。

"フクロウは単独行動を好む"と、コノハ自身が言っていたからだ。

しかし、それも時間とともに無くなっていった。

仲睦まじく笑顔を見せる様は、皆の疑問を溶かしていた。



ミミは、既に皆の日常の中にいた。

笑う者も、怯える者も、もういなかった。




二人は、やがて"博士"と"助手"になるだろう。

しかし、それはまた、別のお話・・・


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱庭 さぼてん @hunahuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ