本能と対価
絶滅種のフレンズを知っているかい?
今では失われてしまった動物、そのフレンズだよ
サンドスターの研究が進み・・・
過去の動物を、フレンズにすることができるようになったんだ
彼女たちはいたって普通の子だけど
ほんの少し、怖がりなんだ
失うことに
仲間がいないからこそ
強くそれを意識しているんだろう
平気な顔をしているけれど
本当はとても寂しいのかもしれない
おや? 珍しいね
今日見ることができるなんて
ほら、そこに一人___
___________________________
「もう出かけるの?」
「お腹すいてない? 体調は? セルリアンに気を付けて・・・」
「大丈夫だよ! 行ってきます!」
あれこれ心配する飼育員を遮り、フレンズは走って外へ出た。
元気よく施設を抜け、友達に会いに行く。
「珍しいね 今日見ることができるなんて」
走る彼女を見つけ、後ろから会話が起こった。
それほどまでに、他のフレンズとは違うものがあった。
彼女の名前はニホンカワウソ 絶滅種である。
「今日は何をして遊ぼうかな・・・」
友達がいるのは、"立ち入り禁止区域の"ジャングルだ。
一般には解放されていない場所は、フレンズ達の憩いの場でもある。
"パークでは見ることができないフレンズ"がいる、そんな場所・・・
・・・
ジャングルに着き、彼女は息をついた。
「はぁ、ちょっと疲れちゃったな」
「ここで休んでいこう」
木陰に座り、休息を取る。
「___だからね、言って回ってるんだ・・・」
「・・・?」
少し離れたところで、誰かが話していた。
彼女は声のする方を向き、気付かれないように覗き見た。
_____________________
話していたのは、サーバルとジャガーだった。
そのほかに、俯いているフレンズが一人。サーバルがその腕を掴んでいる。
強く、逃がさないように。
「その子が、新しく生まれたフレンズ?」
「そう! サーバルキャットの!」
「へー・・・ ちっちゃくて可愛いね」
「そうでしょ? 小さい子だったから」
「・・・」
小さい子だったから。
それを聞き、もう一人のサーバルがびくりと身を震わせた。
スカートを握りしめ、恐怖を湛えた目を地面に向けている。
「あれ? まだ残ってるんだ」
「そうだよ! 残してあるんだ・・・」
「"歓迎会"のために!」
「ジャガーも参加する?」
サーバルの言葉を受け、ジャガーはきょとんとした。
やがて意味を理解したのか、クスクスと笑い始めた。俯いたサーバルの顎に手をかけ、無理やり顔を上げさせる。
怯えた瞳をのぞき込み、嗜虐の表情を浮かべた。
「___いいね 参加するよ」
「やったぁ! 楽しみだなー!」
「ねぇ、君もそう思うでしょ?」
そう言ってサーバルは、小さい子の頭を優しく撫でた。
_____________________
三人がどこかへ行くまで、彼女は動こうとしなかった。
息を荒げ、胸を押さえている。
「・・・早く行かなきゃ」
「友達が待ってる」
そうつぶやき、立ち上がって歩き始めた。
聞こえた話を振り払うように。
・・・
待ち合わせ場所の川岸に着いた彼女をコツメカワウソが見つけた。
「遅かったね! どうしたの?」
「・・・ちょっと疲れて休憩していたの」
「あはは! じゃあもう少し休もう!」
カワウソは、彼女にとって仲の良い友達だった。
二人は頻繁に会い、話し、遊んでいた。
気兼ねなく自分の心中を語れるほど、彼女はカワウソを信頼していた。
少し休憩した後、二人は遊び始めた。
彼女は笑顔を見せ、カワウソと一緒に夢中になっている。
・・・
「そしたら飼育員さんが___」
「・・・」
「聞いてる?」
「え? あ、ごめん!」
しばらく遊び、二人は川岸に座って話していた。
彼女は飼育員との出来事を話していたが、カワウソがぼんやりとしていることに気付くと頭をつついた。
その後もそれを繰り返し、ついに彼女が根負けするまで続いた。
「何をそんなに考えてるの? あなたらしくない」
「えへへ、秘密!」
「今夜、また来たら教えてあげる!」
今まで、彼女にカワウソが何かを秘密にしたことは無かった。
繰り返し質問しても、カワウソは教えないの一点張りだった。
彼女は諦め、二人はまた遊び始めた。
・・・
「楽しかったね!」
「・・・そうだね」
「じゃあ、また今度!」
日が少し傾いた頃、彼女はカワウソと別れ、帰路についた。
早く施設に帰りたいのか、足早に進む。
・・・
ジャングルを抜ける手前で、彼女に声をかける者がいた。
「おっ、珍しいねー 元気してた?」
「ヒッ」
怯えたような声を上げ、彼女が足を止める。
ゆっくりと振り返り、何気ない様子で返事をした。
「・・・こんばんは、ジャガー」
「いやー、ごめんね! 今帰るところなんだろ?」
「久しぶりに見たから、つい声をかけちゃった」
「いいの 私も最近見ることがなかったから・・・」
「へぇ・・・」
どこか値踏みするように、ジャガーは彼女を見つめた。
息遣い、態度、視線・・・
それらをすべて見透かすように。
「ねえ」
「君、"あの時"近くにいただろ?」
「___そんなことは」
「あはは、嘘が下手だね」
「"そんなこと"って、"どんなこと"?」
そう返され、彼女は顔を上げた。真正面から視線がぶつかる。
ジャガーは薄く笑った。
「今からあの子のトコに行くんだけど・・・」
「君も行かない?」
「・・・嫌です」
「どうして」
「仲間が増えるのは嬉しいことじゃないか?」
「記憶もすべて、こっちのものにできるんだよ」
「嫌だ!」
差し伸べられた手を振り払い、彼女は走った。
ジャガーは彼女を追いかけようとはしなかった。ただ笑ってその様子を見つめていた。
・・・
「私は違う 私は違う」
「あの人はあの人のまま・・・」
施設まで走る間、彼女は自分に言い聞かせるようにつぶやき続けた。
足を止めることはなかった。
・・・
「おかえり・・・って 大丈夫?」
「そんなに息を切らせて」
「いいの」
「よくないよ 顔色も悪いし___」
「いいから! 構わないで!」
迎えてくれた飼育員を大声で黙らせ、彼女は逃げるように部屋に向かった。
部屋に入るなり鍵を閉め、ドアに寄りかかる。
「・・・?」
「何か悪いことしたかな・・・」
一人、飼育員は頭を悩ませた。
___________________________
夜中。
彼女は目を覚まし、部屋の鍵を開けた。誰もが寝静まっている。
音を立てないように部屋を出て、外へ向かう。
施設から出る道、その途中に彼女の飼育員がいた。
「・・・」
疲れていたのか、部屋に戻らずに机に突っ伏して眠っている。
机には、ニホンカワウソの写真と報告書が置いてある。
彼女は立ち止まって彼を見た。
"生まれた"時から、ずっと一緒に過ごしてきた人。
その人のことを考えると、心のどこかが痛んだ。
自分を顧みらず無理ばかりする、そんな人・・・
そんな彼が、とても愛おしかった。
日中の会話が甦る。
小さな傷から声が漏れる。
いっそのこと、彼を___
「違う」
「私は、彼がいればそれでいいの・・・」
声を抑え込み、彼女は再び歩き出した。
・・・
雲の隙間から光が射す。
人工の明かりがない道を、彼女は歩いた。
・・・
「来てくれたんだ!」
「ごめんね どうしても今日見せたくて・・・」
昼間遊んだ場所に、カワウソが居た。
彼女が来たことが嬉しいのか、ニコニコと笑っている。
「それで」
「何を見せたいの?」
「えへへ、ちょっと待ってて!」
すぐに口を割るカワウソが、意地になって教えない秘密。
彼女は気になっていた。
もしかしたら、新しいあそ___
「はーい! 連れてきたよー!」
「___え?」
カワウソが連れてきたのは、蔓で手を縛られた"コツメカワウソ"だった。
「こうしないと逃げようとしちゃって・・・」
足取りはおぼつかなく、目の焦点は合っていなかった。
強引に引っ張られるがまま、彼女の前に連れてこられる。
「なん、で」
「最近ここに迷い込んできた子なの!」
「初めはちゃんと返そうと思ったんだけど・・・」
蔓を引き、カワウソは自分のもとに抱き寄せた。
滑らかな腹と胸を撫で、彼女に笑いかける。
「とても可愛かったから、私の物にしちゃった!」
言葉を失う彼女を無視し、カワウソは上機嫌で続ける。
「知ってる?」
「ヒトが私たちになる瞬間!」
「いい声で鳴くんだよ」
「とっても、楽しいんだぁ・・・」
目を細め、とろりとした視線を投げかけた。
「___どうしてこんなことをするの」
「ヒトも、私たちも、一人しかいないのに」
「失ってはいけないのに」
「どうして、どうして・・・」
親友は変わってしまったのか?
違う。フレンズとしての、奥にある本能がそうさせている。
"仲間"を、"番"を、無意識に求める本能・・・
"玩具"を、"道具"を、欲しがる本能・・・
「もう! 素直じゃないなぁ」
「欲しい人いるんでしょ? 飼育員さんとか、ね」
「お手伝いしてあげる!」
そう言うと、カワウソは彼女に近づき、首に腕をまわした。
突然のことに避けることができず、彼女は捕まった。
「何を・・・っ !?」
抵抗しようとした瞬間、カワウソは彼女の唇を奪った。
口を通じて温かいものが流し込まれる。飲み込む度に、体が熱くなる。
心の抑えが効かなくなる。
しばらくして、カワウソは彼女を解放した。
二人の口に、銀に光る橋が架かる。
「___えへへ、どう? 素直になれそう?」
「ぁ、私 いゃ・・・」
彼女はへたり込み、涙を流した。自身の中の欲望が大きくなるのを感じた。
「頑張ってね」
「お友達ができたら、一緒に遊ぼう・・・」
そう囁かれ、彼女はふらりと立ち上がった。
涙は止まり、すでに心はあの人のことで埋まっていた。
「たすけて しいくいんさん」
「ひとりじゃ、たえられない・・・」
そう呟きながら、彼女は歩き始めた。
二人のカワウソは、それを見送った。
___________________________
_____________________
飼育員さん 早く会いたい
早く会いたい
早く
早く
一人は寂しいの
_____________________
雲は無くなった。
月が夜道を照らす。
彼女が憑かれたように歩いている。
月の光は青白い。
_____________________
心の痛みは欲望だったの?
独り占めしたい、自分とずっといてほしい
私と同じ存在になってほしい・・・
本当に?
_____________________
施設の入り口を通り、彼女は歩く。
足音だけが中に満ちる。
眠っていた彼はいなくなっていた。
彼女は彼の部屋へ向かった。
_____________________
自分がわからない
考えられない
まとまらない
ただ彼を求める
ああ また心が痛くなった
強く 強く
私を引き裂いてほしい
誰かを壊してしまうなら
生まれたくなんてなかった
_____________________
彼女は部屋の前に来た。
ためらうことなくドアを開ける。
鍵は掛けられていなかった。
小さい部屋だ。
ベッドの上に彼が眠っている。
誘われるように、彼女が近づく。
_____________________
可愛い寝顔
近くで見るのは初めて
ねぇ
私はこんなに近くにいるんだよ
気付いてよ
起きて
目を覚まして
「・・・いじわる」
「なんで起きないの?」
「気付いているんだよね?」
「抵抗して」
「私を止めて」
「否定して」
「嫌いだと言って」
「ほら」
「早く」
「私があなたを壊す前に」
小さく温かな手が私に触れる
頬を撫で、涙を拭う
「気付いてあげられなくてごめんね」
違うの
「仲間が欲しかったんだよね」
そんなこと言わないで
「君の痛みをやっと知ることができた」
欲しくなんてない
「僕はいいんだ」
あなたがあなたのままでいるならば
「だから」
私はかけがえのないあなたが欲しいのに___
「・・・もう我慢しなくていいんだよ」
いじわる
___________________________
私の傍には、私がいる
すでに彼はいなくなった
ずっとずっと伝えきれなかった
ようやく理解した心の痛み
欲望
「ありがとう」
「愛してる」
・・・
夜の闇に消えていく
初めまして
望み、嫌った初めての仲間
さようなら
愛し、失った初めての仲間
空虚な心
私の涙は枯れてしまった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます