第41話

翌朝、目が覚めた時にみちさんはいなかった。


そのかわり、

朝食と一緒に置き手紙が置いてあった。



「響太くんへ


今日でさよならなんだよね?


ごめんね、本当は少し前から気づいていました。


でも、響太くんと同じで

私も普通に過ごしたかった。


「いってきます」と「いってらっしゃい」と

「いただきます」と「ごちそうさま」と

そして、

「おはよう」と「おやすみ」をくり返して。


私はずるいね。

ずるい私を責めない響太くんに甘えていました。


だから、傷つける事からも傷つくことからも

もう逃げるのはやめます。


マリコと私が、止まったままでは

どこにも行けないよね。


その背中を押してくれた響太くん。


信じてはくれないかもしれないけれど、

君のことをずっと好きでした。


マリコへ対する気持ちと

君へ対する気持ちがどう違うのか

正直私にはわかりません。


でも、今更謝るのはずるいよね。

だから、

最後に響太くんに伝える言葉は

感謝の言葉にします。


響太くん、ありがとう。

沢山沢山ありがとう。


ずっとずっと君を応援していています。


それから 君に結んだ紐は今朝解きました。

君はもう自由です。


さようなら


みちより 」



僕はこの手紙を読んで、

泣いた。

僕のどこにこんなに涙があったのかと言うくらい

泣いた。


そして、泣きながら、

みちさんが作ってくれた朝食を食べた。


それはここに初めて泊まった日に

みちさんが作ってくれた

おむすびと卵焼きときゅうりの浅漬けと味噌汁だった。


「ここに住まない?」


あれから、3か月しか経っていないのに

あの日がずっと昔の事みたいだ。


色んなみちさんを思い出した。


最初にこの家に誘った時のみちさん。

その日にセックスした時のみちさん。

お花見に行った時のみちさん。

風邪をひいたみちさん。

泣いているみちさん。

キスをすると瞑った目が緩むみちさん。

溶けるように抱き合った時のみちさん。

……マリコさんの事が好きなみちさん。



全て食べ終わっても

僕の涙は止まらなかったけれど

「ごちそうさまでした!!」

と大きな声で言うと、

少しだけスッキリした。


まるで、みちさんに聞こえるかのように。

この家に最後の挨拶をするように。


それから、

顔を洗って、

歯磨きをして。

歯ブラシはゴミに捨てた。


その時には涙はもう止まっていた。


ここに来た時と同じように

リュックに荷物を詰めてギターも持って

僕はみちさんの家を出ると、

鍵を郵便受けに入れた。


そして、この家を見上げた時に電話が鳴った。


洸介からだった。


「お前今どこ?遅刻するなよ?」


「わかってるよ」


そう言って、

僕はまだ朝の匂いの残る道を歩き出した。

その中にはあの白い花の匂いも

混じっている気がした。


みちさんの背中を僕が押したと言ってくれた様に、

僕の背中もみちさんが押してくれた気がする。


この先、この1ヶ月の生活を

少しづつ忘れてしまうかもしれない。


でも、みちさんが僕に結んだ紐の事は

忘れない様な気がした。

その紐が解けた今日のことも。


そう思いながら、

僕は手首を太陽の光にかざした。

この前は見えた様な気がした赤い紐は

当たり前だけど、

全く見えなかった。


僕はきっとこれから目まぐるしくなるだろう

自分の未来に向かって歩いていく。


だって、もう紐は解けたのだから。




(おしまい)










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