第40話

「みちさん、おかえり」


「あれ?響太くん何で?」


いつも通りとか言いながら、

僕はその日みちさんの仕事帰りに

近くまで迎えに行った。


「夜じゃなくて、夕方歩くのもいいかな〜なんて。あ、でも疲れてる?」


「ぜーんぜん!嬉しい!」


そう言って僕が差出した手をみちさんは嬉しそうに繋いで、遠回りをしながら帰り道を歩いた。


「今日は夕飯どうする?」


「今日はもう作ってあるよ」


「えー!一緒に作るのも好きなのに…残念。

で、今日のメニューは何ですか?」


「今日はクリームシチューを作ってみました。だからパンを買いに出たついでに、みちさんを待ってたんだ」


「ついでだったのか〜!」


「ついで、でした(笑)」


この普通の会話が僕にはもう特別にしか

聞こえなくなっている。


明日になれば、

終わってしまうことが

頭を過ぎるけれど、

必死でその事をかき消した。


僕は普通に過ごして

普通に明日帰るだけ。

それだけの事。


そんな事を思っている内に

遠回りしたつもりが、

すぐに家についてしまった。


それから、

僕達はいつもの様に食事をした。


僕の作ったホワイトシチューを

みちさんはすごく褒めながら

おかわりまでした。


とにかく、よく食べて話して笑った。


「食べすぎた〜」


そう言ってソファーに寝転ぶと

みちさんはそのまま眠ってしまった。

まるではしゃぎ過ぎた子供みたいだ。


僕はしばらくその寝顔を見てから、

残ったシチューを捨てて

洗い物をした。

出来るだけ、何も残して行かないように

したかった。


その後、みちさんに声をかけた。


「みちさん、ちゃんとベッドで寝ないとダメだよ。自分で歩ける?」


「んー…歩けない」


僕は笑った。

そういえば、こんなこと前にもあったなぁ。


少し前の事なのに、

だいぶ昔の事みたいだ。


僕はみちさんを抱き上げて

ベッドに運んだ。


「前もしてもらったけど、実はこういうの

ずっと憧れてたんだぁ」


「今回も手がちぎれるかと思ったけれど、

喜んでもらえたなら良かったよ」


みちさんはひどい!!

という顔をしてこちらを見て、

またすぐに笑顔になった。


そして、布団を被り背中を向けて言った。

「響太くん、ありがとね」


そう言われて気付いた。


……みちさんも気付いている……

今日が最後の夜だということを。



「みちさん、1つ質問していい?」


「なぁに?もう眠くて答えられないかも、私」



「僕とマリコさんが溺れています。

どちらを助けますか?」


寝てしまったかと思うくらい、

長い沈黙が流れた。


それから、小さな声でみちさんは言った。


「響太くんを助けます」


僕はそれに対して

「ありがとう」と言った。


その夜、僕達は背中合わせに

お互いの体温を感じながら眠った。










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