第38話

その日、みちさんが帰ってくる時間を見計らって

鉢合わせしないように僕は外出した。


「急な打ち合わせがあるので、

少し出てきます。」

と置き手紙をして。


「シークレットガーデン」に着くと、

ちょうどみちさんがマリコさんに手を振って

帰るところだった。

危なかった。


みちさんの背中を見送ってから、

僕は店内に入った。


「すみません、今日はもう…」


伝票を書いていたマリコさんが顔を上げて

僕だと気づくと、ふわっと笑った。


「来るんじゃないかな〜と思ってた」


みちさんの言う通り、

マリコさんは何でもお見通しなのだ。


また奥に通されて、

「ちょっとこの伝票だけ書いちゃうから

待っててもらえる?」


「突然すみません。そっちの方ゆっくりどうぞ」


そんな僕を見てマリコさんはまた笑った。


本当にキレイな笑顔だった。

僕はマリコさんを心から好きだなと

思った。

それは、なんて言うか恋愛とかではなく

洸介と初めて話した時に似ている気がする。


そう言えば、小学生の時に洸介と花を育てた

事があった。

僕が種を撒いていた所に洸介が何故だか

やってきて手伝ってくれた。

それが親しくなったキッカケだった。


その白い花の事を思い出した。

あの花は結局何の花だったんだろうか。


そんな事を思って周りを見渡した。

ここは花屋なので当然沢山の花があった。


でも、あの花を見つける事は出来なかった。


「お待たせ」

マリコさんはまたハーブティーを出してくれた。

この前とは違うような。


この匂い……。

あの時の花の香りに似ている様な……。


「ジャスミンティーだけど、苦手?」


「いや、この匂い知ってるなぁと思って」


「アロマでもよく使われるし、有名だからね。

で?今日はどうしたの?」


マリコさんはニコニコしながら、

僕の話を楽しげに待っていた。


「俺、7日後にはあの家を出る約束をみちさんとしているんです」


「ふうん…それで?」


「でも、6日後にはみちさんには何も言わずに出ていく事にします。だから…その時はマリコさんが

みちさんの家を訪ねてくれませんか?」


「約束を破る事に意味はあるの?」


マリコさんは僕の目をじっと見て

真意をはかっている様だった。


「別れるなら約束はするべきじゃなかった…いい人で別れるのは違うと思ったんです」


「なるほど……みちを裏切って

幸せにしてあげたいと?」


「まぁ」


「君から見て、私といることがみちの幸せだと思う?」


「思います。とりあずは」


「とりあずか〜」

そう言って下を向いて笑うしぐさはみちさんと似ていた。


「付き合ってみて、上手くいくかなんて俺には分かりません。ただマリコさんとみちさんは1度は向き合うっていうか、そこを通らないとダメだと思います」


「…そうだよね、ありがとう。君には感謝しているよ、私」


「みちさんと暮らしている男なのに?」


「そんな事どうでもいいことだよ。みちは楽しそうだし。君に恋するみちは可愛いし。逆に2人に上手くいって欲しいとさえ思ってた……でも、君の

言う通り1度は通らなきゃいけないとは思ってる」


「怖いですか?」


「怖いよ。傷つけるのも傷つくのも。でも逃げて

みちを失くす事だけはもう嫌。だからもう逃げない」


マリコさんは既に覚悟をしていた。

僕のお願いした事も了承してくれた。


そして、

「最後に聞くけれど、1番君が傷つく様な方法で本当にいいの?」


「大丈夫です。俺、これから忙しくなりますから(笑)」


「そうだったね。有名人になっちゃうんだもんね」


「あはは。どうですかね。

どうなるかは分かりませんけど、

その時は花、贈ってくださいね」


「絶対に贈るよ」


「お願いします(笑)」


店を出る時には、肩の荷がずいぶん降りた様な気がした。


マリコさんが僕のことを

「あんた」から「君」と呼び方が変わっていた事も何だか認められた様で素直に嬉しかった。



あとの残りの時間は何も考えずに

みちさんだけ見て過ごす事が出来そうだ。















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