第36話

「今日からちょうど1週間だね」


朝、みちさんがカレンダーの今日の部分を

指で撫でながら僕を見た。


「そうだね、でも、この3週間って俺たちかなり濃い時間過ごしたよね」


「うん(笑)」

みちさんは嬉しそうで寂しそうな笑い方をした。


「最後の1週間はさ、普通に過ごさない?

特別な事はしないで普通に。

そして、7日後の土曜日は俺、

みちさんが仕事から帰る前には出ていくから。

まるで、ちょっとどこかに出掛けるみたいな感じに。…どう?」


みちさんは大きく息を吸って、

「わかった!そうしよう!」

そう言って笑顔を作っていた。


「でも。夜の散歩はいつも通りしようね?」


「うん」


「手も繋いで歩こうね?」


「うん」


「…じゃあ、仕事行ってきます」


「いってらっしゃい」


この見送りも、あと7回。


多分、あっという間に過ぎるだろう。


普通に普通に。

「またね」って感じに軽く

さよならをしたいと僕は思っている。


何でもないことだよ、

僕達は別々の日常に戻るだけだよ

と。


ちなみに、洸介から10曲というノルマを出された曲も既に出来上がっていた。

本当にあとは7日間が過ぎるだけ。


「あーあ…」


せっかくのこの家での残された時間を

どう過ごそうか。


ふと、みちさんの本棚が目に付いた。


この家にいる時は、

大体がみちさんと話しているか

1人の時でも曲を作るか家事をするかで

改めてちゃんと見渡した事が無かった気がする。


「へぇー、みちさんってこういう本読むんだ」


僕の知らない本だった。

そして、改めてみちさんの事を

まだ全然知らないんだと気付く。


出会って3ヶ月くらいだから、

仕方ないと言えば仕方ないけれど。


そして、高校の卒業アルバムが並んでいるのを発見した。


……日記を見る訳ではないし、いいよな。


本棚から卒業アルバムを取り出すと、

そこからパラパラと

沢山の写真が落ちてきた。


高校の時のみちさんとマリコさんだった。


2人は本当に楽しそうで、

みちさんは今より幼くて

マリコさんは完璧な美少女だった。


制服姿の2人。

私服でアイスを食べている2人。

この家のソファーではしゃいでいる2人。


みちさんのおばあちゃんらしき人も

写っていた。


それから、その沢山の写真の中に僕もいた。


写真をかき分けると、

何枚も僕の写真があった。


主にバンドで歌っているところなのだけど、

その中で1枚だけ、

普通に校内で友達と話しているものもあった。


本当に高校の時から…。


もし、この時に出会っていたら、

もし、僕がみちさんに気付いていれば、

何か変わっていただろうか……。


たらればを考えても仕方ないけれど、

それでもやはり何も変わらなかった気がする。


色んな女の子のところで

少しだけ暮らして、

何かが分からなくなったり

分かった気がして

今があるのだから。


過去を変えたら今の僕はいなくて、

今のみちさんもいない。


例え間違いだらけの時間を過ごしてきたとしても、

結局のところ、今が1番の正解なのだ。


散らばった写真をかき集めて、

みちさんのうつっている1枚だけを

こっそりポケットに入れた。









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