第30話

朝、目が覚めるとみちさんはまだ眠っていた。


今日は仕事が休みの日だった。


昨日の意地悪な質問が

まさか自分に矢が向かって返ってくるとは思わなかった。


みちさんは僕を必要とするまでもなく

マリコさんとのドアを既に開けるつもりなのかもしれない。


それなら、僕は…


そう考えていたところで、

みちさんの柔らかな唇が

僕に押し当てられた。


「おはよう、響太くん」


「…おはよう、みちさん」



まだ、まだみちさんはドアを開けるつもりは

無いのだろうか。


みちさんは一見分かりやすくて無垢なのだけれど、

知れば知るほど分からなくなる人だ。


マリコさんと同じく、

僕は迷子になってしまいそうで怖くなった。


「今日は一日ずっと一緒だよ。

何しよっか?」


「うーん。みちさんは何がしたい?」


「まずは美味しいパンケーキを焼いて、

美味しいコーヒーで朝ごはん!それから響太くんと一日ごろごろして、おしゃべりしていたい!!」


「じゃあ、それしよ。ただルールがひとつ」


「ルール?」


「お互い質問にはちゃんと答えること。

みちさん出来る?」


「出来るに決まってるでしょー。ルールとか言うから何かと思った」


「じゃあ、約束。俺も今日は何でも答えるから」


「(笑)いつもは違ってたんだ?」


僕はみちさんに嘘はついていない。

マリコさんも言っていた通り。

嘘はつかない。



…ただ、嘘をつかない事が必ずしも優しいとイコールでは無いし、正しいとも違うと思う。



でも、今日はどちらだとしても

みちさんと向き合いたいと思った。



まずはパンケーキを焼く。

それがみちさんの心を開く、鍵であるみたいに。


そして、コーヒーの香りが

僕達を素直にさせてくれる様な気がした。


一日の始まりはいつだって、

こんな風ならいいのに。


僕達は向かい合って座り、

「いただきます」

と言った。


まるで、それはルールスタートの合図の様だった。


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