第8話

せっかく桜を見に行くならと言って、

みちさんはおむすびをにぎっていた。


その横で僕は卵焼きを焼いた。


僕が料理の出来ることに

かなり驚いて、

おむすびよりもあまりに僕の方をずっと見るので、すごくやりづらかったけれど

その他にも簡単なおかずを詰めて、

僕達はお花見に出掛けた。


途中でコンビニに寄ったりして、

川沿いの桜並木に着く頃には

夕方になっていた。


「料理出来るなんて夢にも思わなかった」


夕日バックの桜並木は本当に綺麗で

男の僕でさえも写真に撮っている中で

みちさんは言った。


「母親が体調悪い時に、おむすび作ったらめちゃくちゃ喜んでくれてさ。それ以来ちょこちょこやる様になった」


「いい息子だね」


「女の子もさ、たまーにオレが料理作っておくだけでめちゃくちゃ喜ぶんだよね」


母の話では優しく微笑んでいたのに、

次の言葉でみちさんはあからさまにがっかりして

「ヒモの鏡だこと」

と皮肉を言った。


「まあね」


僕の言葉に呆れたように笑うみちさんは

皮肉とは裏腹に、とても楽しそうだった。



僕達は桜並木を進み、

座りやすそうな土手に腰を下ろした。


夕方から夜になる境の桜は

とても儚く見えて

僕は自然と曲の事を考えていた。

それを忘れないようにスマホへ打ち込んだ。


その間、みちさんは黙って川に流れる桜の花びらを見つめていた。


気がついた時には、

辺りは暗くなり夜になっていた。

30分くらいは確実に経っていた。


「あ!ごめん!つい夢中になってた」


「全然大丈夫。私も楽しめていたから。

それより、ほら!お弁当食べちゃお!」


「…みちさんてさー、歳はそんなに離れていないのにお母さんみたいだよね」


「何それー!!」


「いや、いい意味で」


「おむすびあげないからね!!」


「それだけは許して。ごめんごめん!!

でも本当にいい意味で言ったんだってば!」


「…鮭のおむすび」


むくれながらも、

おむすびを渡してくれた。


「オレが言いたかったのは、年寄りっぽいとかそういうのじゃなくて…オレに何も求めずにひたすら優しいから…優しいって言いたかったんだよ」


「ふうん…」


「鮭のおむすび、めちゃくちゃ美味しいっす!世界一!!みちさん世界一!!」


「ふうん…」


「まだ怒ってる?」


「…怒って……ない!!卵焼きいただきまーす!」




愛して欲しい

2番目でもいいから。

離れないで。

他の誰かを抱いてきてもいいから。


僕が今まで少しの間暮らしてきた女の子達の口ぐせは、驚くほど同じだった。


彼女達にそう言わせていたのは

僕なのだろう。


それを思う度に悲しくなった。

けれど、どうにも出来なくて僕は最低な事を繰り返していた。


ライブ後には誘われるまま違う女の子と寝ていた。


そして、彼女達の部屋に帰ると1番じゃなくていいからと言われるがまま抱きしめた。


僕から他の誰かの匂いがしても

怒る子は1人もいなくて、

そんな日はいつも以上に僕にからまって眠っていた。


この前別れた彼女の言った

「温かかった」は

例え心はここになくても…という意味なのだろう。


何より彼女達にとってこそ

僕は1番でも何でもなくて

悲しい出来事の後に抱きしめるぬいぐるみの様な存在だったのだと思う。



だとしたら…

みちさんも今何かで傷付いた後なのだろうか?


「卵焼き、美味しいよ!!」


微笑むみちさんを見て、

そんなことを僕は思った。










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