第5話

今日はいつもより早くスタジオに集まっていたので、17時になるまでたっぷりと練習が出来た。


「ライブまでの間、少し出てくるから」


そう他のメンバーに伝えて、

僕は約束の喫茶店へと向かった。


喫茶店に入ると、

既に彼女はテーブル席に着いていて

こちらに手を振った。


数ヶ月一緒に暮らしたはずなのに、

顔を見た途端に緊張して

おずおずと向かい側に座った。


「久しぶり…ってまだ1週間かー」

と彼女は優しく微笑んだ。


店員がすぐにやってきたので、

アイスコーヒーを注文すると

僕達の前にはすぐに沈黙がぷかぷかと浮かんできた。


「あ!ギターわざわざごめん。重かったでしょ」


何とか僕から沈黙を打破する言葉を見つけられた。


「重かったよ。でも、私の知らない間に取りに来てのさよならはイヤだったから…

ライブ観たかったしね」


「ごめん…ありがとう」


「響ちゃんが謝らないで。私の方が…」


そう言いかけた時にアイスコーヒーが運ばれてきて、彼女の言葉は消えてしまった。


「とにかくさ、一緒にいてくれてありがとう。ライブ観たかったのも本当だけど、

これだけは伝えたかったの」


「響ちゃんの事をむりやり縛っちゃってたのに、こんな事言うの変だけど。

私響ちゃんと出会う前がかなり苦しかったから、すごく助けられた」


「傷付けただけじゃなかった?」


「ははは(笑)気にしてくれてたんだ!」


「そりゃあ…」


「…もし響ちゃんが私の事を好きになってくれてたら嬉しかったけれど、2番でも、好きじゃなくてもいいからって言ったのは

私だよ?何だかんだ責めちゃったけど、それは嘘じゃなくて。一緒にいてくれるだけで温かかったよ。」


「温かかった…か。」


その時、少しだけ二人とも同じ時を思い出していた気がした。


「それにしてもさー、バンドマンがギター忘れていくかな〜?」


「あー、ごめんごめん。洸介に預けてあるのもあるし、ライブハウスにも置いてあるから…つい」


「はい、どうぞ」


ギターを返してもらうと

これで本当に彼女とさよならなんだと急激に思った。


「ねねね、最後に1個だけ聞いていい?」


彼女が身を乗り出して聞いてきた。


「響ちゃんってさ、本当に誰かを好きになったことある?」


僕はキョトンとした。


「…」


「あー、うそうそ、ちょっと意地悪言っちゃった。そろそろライブの準備じゃない?

気にしないで行って行って」


「あぁ、うん」


「じゃあね」


「さようなら…」



その日の僕のライブは

大盛況に終わった。

洸介言うには、

どこだかの事務所の人が見に来ていたとかで

名刺を置いて行ったらしい。


「おい!いつもの反省会やって行かないのかよ?」


「悪い、今日は帰るわ。」


「ええー!響太せっかくいい話あったんだから、ちょっと待てって、おい!」



そう言われながらも

自転車を漕いで、

僕はみちさんの家へと帰った。









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