第6話

寒い北風の強い日の事である。

依子と桜は外套がいとうを着込み貸本屋に来ていた。

依子は一冊の本に手を伸ばす。

ふと。指と指とがぶつかった。

「ごめんなさい!」

店中に響く大きな声。余所見をしていた桜はビクッと背筋を伸ばす。依子はそんな事に気を留めない。指の主である健康そうなその少女は早口で言う。

「貴女、これ借りるの?私のこれ今すぐ読みたいの。知ってる?この作者さんの作品がとても素敵だったの駄目かしら?私、すっごく読みたいのだけど...。」

「あら、私だって読みたいわ。でも本は一冊。どうしましょう?」

依子はわざと意地悪に言い返す。桜はハラハラとしながらその様子を伺っている。どうやらそれは、あちらの連れも同じらしい。

「智子辞めななさいよ。」とたしなめている。見たところ歳は依子たちと同じ位のようだ。

しょんぼりする智子を尻目に依子は余裕を装い続けて言う。

「いいわよ。は譲ってあげる。ねぇ。貴女の他にお勧めは無いの?それを借りてくわ。」

智子と言う少女はまた大きな声で、

「本当に?!ありがとう。嬉しいわ!貴女って粋ね。ねぇ?お時間はある?私たちお友達になりましょ!お茶しに今から家に来ない?薫もいい案だと思うでしょ?ね!」

智子は早口で捲し立てる。

薫と呼ばれた少女は冷静に

「駄目よ、智子。いくらなんでも急すぎる。でも、素敵な話しね。私も貴女たちとお友達になりたいわ。」

依子は少し勿体ぶって答えた。

「喜んでお受けしますわ。お友達...。素敵ね。」

少しぼぉっとした後、続けて問う。

「桜は大丈夫?」

また真っ赤になった桜は依子の陰に隠れて頷いた。


友達。依子に初めて対等に話をする人間が出来た。


智子が桜をからかってそれを依子が意地悪に言い返す。そして薫が嗜める。

四人はお互いの屋敷を行き来して毎週のように茶会を開く。毎度、同じ寸劇を四人は笑い合い繰り返す。


ある時、薫は智子と依子、桜に栞を手渡した。山茶花サザンカの絵が描かれている。薫の手製だそうだ。

「私たちの友情の証よ。」

依子の目から涙が溢れた。

「ありがとう。薫。一生大切にするわ。」

桜がハンカチで依子の涙を拭う。

大袈裟よ。と笑う智子とは真逆に桜には表情がない。何かを思い詰めているかのようだった。


山茶花サザンカの花言葉は『困難に打ち勝つ』『ひたむきさ』で、あった。

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