第5話
桜が来てからと言うもの、依子は日増しに年相応の少女らしく、「人間」らしく振舞っている。
多少の気性の荒さは残るものの、「桜!!」と、笑いかける顔は輝き、可愛らしい。
花が開く様な笑顔であった。
ある昼下がり。ついには、お茶を運んできた使用人に「ありがとう」と微笑んだ。
その使用人はあの顔に怪我をした使用人で名をユキと言う。ユキは依子の笑顔に顔の傷が疼いた。怯えるユキを諭すように優しく依子は話し続ける。
「ユキ。貴女の淹れるお茶はいつも美味しいわ。丁寧に入れているのね。ありがとう。顔の傷...。申し訳なかったわ。ごめんなさい。お父様にユキの縁談をお願いしているの。貴女の顔は傷なんか気にしなくていくらい美しいわ。きっといい人が見つかるわ。もちろん、嫌なら断っていいのよ。何時までも此処にいて頂戴。」
ユキの瞳から水滴が溢れ頬の傷を伝った。
依子はその雫をそっと指で掬った。
父も母も、もちろん使用人たちも、多少の薄気味悪さを感じながらも依子の変わりようを喜んだ。
使用人たちは「お嬢様の憑き物が落ちたのだ。」と、歓喜に湧いていた。依子はその言葉に少しすまなそうな顔をして笑ってみせた。
只、依子は花を見つめるのを辞めなかった。
そして、それはとても哀しそうに見つめるようになった。
こうなると依子には誰の声も届かない。桜の声さえも。桜は窓ガラス越しに依子を見守る。秋桜の花が揺れ依子は我に帰った。
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