第7話 再会と宴
その夜、タオルセヌフィスの家では
客間に絨毯が敷かれ、家族が集まってくる。
「レオニダスさんのお知り合いだったのね。」
タイスがワインを配りながら、レオニダスの隣に座る男アリュバスに微笑んだ。
「そうなんですよ。デロス島で知り合った友人でして。上司からはギリシアから来る男としか言われてなかったので。…せめて名前の1つでも教えておいてくれれば、分かったのに。」
「いや〜、ちゃんと名前も伝えたつもりだったんだがなぁ。」
レオニダスは不満げにアリュバスの睨んだ。それ気にする風でもなく、アリュバスは「アッハッハー!」と豪快に笑い、タイスに向き直ると礼をする。
「アリュバスと申します。エジプトへは学問のために来ておりまして。」
「彼は学者なんですよ。…私もデロス島では色々教えてもらいました。」
「奥様、しばらくご厄介になります。」
「もちろん、歓迎いたしますわ。気の済むまで滞在して結構ですよ。ねぇ、レオニダスさん。」
「ええお母様、もちろんです。……アリュバス、こちらがお母様の弟君のリュシマコスさん。それから奥方のティさんと息子のクロニオン。今は向こうで寝ているが、半年前に生まれた赤ん坊もいる。」
リュシマコスたちは順にそれぞれ会釈をした。クロニオンだけは目の前の料理に夢中でソワソワと首を動かしている。
ティは慌ててクロニオンの肩を押さえつけた。
「それから市場でも会ったのが、妹のタオルセヌフィスだ。」
「妹君だったのか、よろしく。」
「アリュバスさんって、エジプト語もお上手なのね!…ねぇ、デロス島からどうやってき来たの?何の勉強をしているの?エジプト語はどこで覚えたの?」
タオルセヌフィスは待ってましたとばかりに思いつくまま質問を重ねた。それを見たタイスは苦虫を噛み潰した顔をし、ティ達はやれやれと顔を見合わせた。
一拍おいたのち、アリュバスは豪快に吹き出した。笑いを噛み殺すように喉の奥を震わせる。
呆れたようにレオニダスは妹を
「…タオルセヌフィス。」
「こりゃ、物好きな娘さんだ。そんなことが知りたいのかい。」
「…だって、気になったんだもん。」
タオルセヌフィスは半分いじけて呟いた。その様子がまたツボに入ったようで、アリュバスは小さく吹き出しながら膝を叩いた。
「さまざまな国の歴史を研究しているんだ。特にエジプトには興味があってね。自分で勉強したんのさ。」
「すごい!とっても上手よ。」
「タオルセヌフィス!」
感心したように拍手を送ったが、タイスはそれを慌ててやめさせた。
その時、ティの膝に乗せられていたクロニオンが我慢の限界だと言うように暴れ始めた。
「お腹減ったー!!」
目の前には、アヒルの丸焼きや野菜のスープ、メロンや魚に山積みになったパンが所狭しと並べられている。
タオルセヌフィスは急に自分が空腹だったことを思い出した。風にのって肉のいい匂いがやってくる。
こんなご馳走は久しぶりだ。お腹が減った。
それは他の皆んなも同じだったようで、レオニダス達はやれやれと杯を手にした。
「クロニオン、遅くなってすまない。…それでは乾杯!」
レオニダスの声が庭に響いた。タオルセヌフィス達はそれに元気よく続き、杯を乾かしたのだった。
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「それじゃ、アレクサンドリアで研究していたの?」
「そうだよ。」
宴も終盤に差し掛かった頃、タイスがメリトと追加のビールを取りに席を立った。タオルセヌフィスはその機を逃さず、少し離れた所で座っていたアリュバスに近づく。
「じゃあ、
「良く知ってるなぁ。勿論、世界中の書物が集まっている場所だ。」
世界中の書物が一堂に集められた大図書館。優秀な研究者が集められ、日夜研究と創造に勤しんでいる。父やレオニダスから聞いた物語の中の世界。
タオルセヌフィスは目を輝かせた。
「どれぐらいあるの?…どんな建物なの?どんな書物が置いてあるの?」
腕を掴むばかりにタオルセヌフィスはにじり寄った。その勢いに押され、アリュバスは思わずレオニダスに視線を送った。
ワインを飲みながら、その様子を眺めていたレオニダスは苦笑した。
「タオルセヌフィス、これからゆっくり聞けば良い。焦らなくても、しばらくいるんだから。」
「…分かった。ねぇ!」
「お嬢ちゃん、今度はどうした?」
アリュバスは若干引き気味に、尋ねた。
奥からメリトがビールの壺を抱えて出てきた。リュシマコスは嬉しそうにおかわりを頼む。タイスは愉快そうにビールを飲み干し、ティはいつもより顔を緩めながら、奥の方で寝転がったクロニオンを見つめている。
遠くでリュシマコスがリュートをかき鳴らし始めた。
空洞で楕円形のボディから細長く伸びた持ち手。3本の弦が勢いよく震えて、軽快に音楽を奏でる。
「私に、ギリシア語を教えて欲しいの!2人ともどっちも話せるなんてずるい。…いいでしょ?」
「でもなぁ。」
「私だって、お兄様とギリシア語で話したいの。」
市場からの帰り、2人は時折タオルセヌフィスには分からない言葉で話していた。まるで世界が違う、入ってくるなと言われているようで、それがとても悔しかったのだ。
アリュバスは困ったようにレオニダスを見た。レオニダスはため息をつくと、頭をかいた。タオルセヌフィスはすがるように兄を見つめる。
レオニダスは自分がその視線に弱いことを自覚していた。
「…アリュバスの仕事を邪魔しない程度にだぞ。それから家事も疎かにしないこと。外ではこのことを話さないこと。」
「勿論!…やったー!!」
タオルセヌフィスは飛び上がった。勢いのままにジャンプし、リュシマコスの方へ向かっていく。
アリュバスは苦笑いを浮かべながら、旧友に視線を向けた。レオニダスは飛び回る妹の姿を満足そうに見つめている。
「俺も一応、暇ではないんだけどねぇ。」
「…娘1人を教える時間ぐらいはあるだろう。何も話せるようにしてやってくれとは言ってない。気が済む程度でいい。」
「ヘいへい。…なんだか、変わったお嬢ちゃんだね。」
リュシマコス達の輪の中で、タオルセヌフィスが手を叩きながら踊っている。ティが囃し立てるように掛け声を掛けた。
レオニダスは手を膝に打ち付けながら、リズムを取る。その様子を見ながら、アリュバスはワインを飲み干した。誰にも聞こえないぐらいにギリシア語で呟く。
『まさか君が誰かに仕える役人になるなんてね。』
涼しい風が部屋に吹き抜けた。遠くで木が揺れる音が聞こえる。
『ここが僕の家だからね。』
レオニダスはおもむろに立ち上がると、リュシマコスの輪に向かっていった。
手拍子に加わり、ついには
その夜遅くまで、タオルセヌフィスの家から明かりが消えることはなかった。
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