第6話 兄と市場

 メンフィスで一番の大通りでは、たくさんの店がのきを連ねていた。


 果物や野菜を籠から溢れるほど並べた店や今朝とった魚を並べている店、上等そうな織物を並べた小間物屋もあった。本物かどうか怪しい宝石や装飾品を売る店もある。


「久しぶりに来たけど、相変わらずね!」


 人がごった返している大通りで、タオルセヌフィスは思わずレオニダスの裾を握った。いつも買い物をする市場とは雰囲気が違う。

 見るものが多すぎて、どっちが正面か分からなくなりそうだ。


「この街じゃ、ここに来れば何でもそろうからね。」


 口をぼけっと開けまま、あちこちに反応するタオルセヌフィスを見てレオニダスは思わず噴き出した。



「旦那!ナツメヤシの実はどうだい。」


 通り過ぎざまに男がかごを傾け、干したナツメヤシを見せてくる。

頷いたレオニダスは、懐から銅貨を取り出すと袋一杯に取り分けてもらった。歩きながら口に放り込む。


「ナツメヤシなら、家にあるから買わなくてもいいんじゃないの。」


 レオニダスにタオルセヌフィスは不思議そうに尋ねた。レオニダスはそれに答えず、ナツメヤシを食べ続けた。口元を緩めながら、ブラブラと歩く。


「お兄様!…宴会の準備を買いに来たんでしょ。無駄遣いはダメ。」


 そのまま、ビールスタンドに入りかけたレオニダスを、タオルセヌフィスは思わず腕を掴んで抗議した。たが次の瞬間、口に甘酸っぱい味が広がった。


「ふぇ…!…美味しい。」


 もぐもぐと咀嚼そしゃくするタオルセヌフィスを見て、レオニダスはにんまりと笑う。


「これで、共犯だな。」

「ちょっと!」

「もうほとんど用意は出来てるんだよ。あとはワインを買って、お客様を迎えにいくだけ。…少しぐらい寄り道してもいいだろう?」


 そう言いながら、口にナツメヤシを放り込む。タオルセヌフィスは悪気のない言い方に口を尖らせたが、兄の楽しそうな様子を見て仕方がないと頷いた。


 大きな市場に来て、レオニダスも開放的な気持ちになっているのかもしれない。


「私、あの奥の方にも行ってみたい!」


 兄のテンションに乗っかることに決めたタオルセヌフィスは、目を輝かせて兄の腕を引っ張った。


**********


 あちこち歩き回ったあと、2人はやっとワインの店に向かった。

 レオニダスがワインを購入し、つぼを担いで戻ってくると、待っていたはずのタオルセヌフィスの姿はなかった。


 慌てて辺りを見渡すと、近くの店の前で座り込んでいる。


「どうした?」

「うわ!」


 背後から現れたレオニダスに、タオルセヌフィスは慌てて立ち上がる。

 タオルセヌフィスの背中越しに、ガラス製の首飾りやピアスやブレスレット、アンクレットが並んでるのが見える。


「じゃあ、行こっか?」


 タオルセヌフィスはバツが悪そうにその場を立ち去ろうとしたが、今度はレオニダスは店の前にしゃがみ込んだ。


「このピアス?」

「…いいよ!別に持ってないわけじゃないし。」

「もういい年頃なんだから、たくさん持っていてもいいだろう?いくらだ。」

「その指輪なんてどうです?」


 店の男はレオニダスの手を指差した。レオニダスは指輪とピアスを交互に眺め、吹き出した。


「ちょっと、おじさん。いくら何でもふっかけすぎよ!この指輪、本物なんだからね!」


 たまらずタオルセヌフィスは店の男に言い返す。


 店の男は強気な顔でその言葉を受け流した。笑いが収まったレオニダスは、袋を取り出した。


「これは友人の贈り物でね。…今回はこっちでいかがかな?」

「ナツメヤシですか…」

「ええ、美味しいですよ。…まさか、本気でこの指輪と交換できるとは思っていますまい?」


 表情は笑いながらも、射抜くような視線に男は喉を鳴らすとしぶしぶ袋を受け取った。


 帰り道、タオルセヌフィスは嬉しくなって何度も首を振った。ガラスが光を反射させて煌き、軽快な音が耳元から聞こえる。


「…よく似合ってるよ。」

「本当に?!…前からこういうのは欲しいなって思ってたの。」

「もっとねだってくれたっていいんだぞ?」

「別になんでも沢山欲しいわけじゃないし。…それならもっと本を読みたいな。」

「結局、それなんだな。」


 レオニダスは参ったなと頭をかいた。

 スキップをしながら軽快な足取りで、市場の入り口まで戻ってきた。タオルセヌフィスは名残惜しそうに、振り返る。


「また連れてきてね!」

「分かったよ。」


『レオニダス!』


 その時、大通りの奥からレオニダスを呼ぶ声が聞こえた。旅人風の若い男がこちらに向かってくる。


 それが誰か分かった瞬間、レオニダスは壺を落としそうになった。自然と母国の言葉ギリシア語が口から飛び出していた。


『アリュバスじゃないか!』

『友よ!久しぶりだ!』


 レオニダスとアリュバスは再会に肩を抱き合った。言葉のわからないタオルセヌフィスは、そばで首を傾げるばかりだった。






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