エピローグ
目を覚ました俺は子汚い部屋のベッドで横たわっていた。
上半身を起こし、周りを見回し、頬をつねった。
普通に痛みを感じ、頬を触った時、無常ひげがかなり生えていた。
どうやら現実世界へ戻れたようだ。
「ああ、戻れたのか・・・」
ベッドの隣にある電子時計を見ると、5月7日・午前8時。
今日はゴールデンウィーク後のサラリーマンにとっては悪夢の月曜日だ。
目が覚めたと同時にゴールデンウィークが過ぎ去っていた。
スマホを見ると、なぜかクビにされた会社の上司から何通も電話があり、留守電を再生すると、なぜ来ないんだとか、正真正銘クビだという連絡ばかりで31日にクビしたくせに随分都合がいいじゃないか?
と、思いながら部屋の壁を眺めていると、電話がかかって来た。
「またか・・・」
そう思い、仕方なく電話に出た。
“桐谷!!!お前何しているんだ!!!”
「何って家に居ますが?」
“家だ?なにサボっているんだ!!!馬鹿者!!!”
上司はかなり怒鳴っていた。
以前の俺はおそらくビビったあげく、渋々会社に出勤していただろう。だが、俺は仮想空間でゾンビと戦い、巨大なおのを持つ化物にも遭遇した経験があり、上司など大して怖いと思わなくなっていた。
そして、俺は冷静な口調で。
「馬鹿はあんただ。連休前に俺をクビにしたくせに何が出勤しろだ?人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!!」
“桐谷・・・?”
先ほどの威勢が一気に消えていた。
「こっちは給料明細も渡されたんだ、誤魔化したって無駄だぞ」
“お、落ち着け桐谷・・・”
悪いが落ち着いている。
上司は俺に反論されかなり焦っていると、電話越しに上司と社長の声が聞こえ、しばらくすると、社長が電話に変わった。
“ああ、桐谷くん”
「なんでしょう?」
“連休前は済まない事をした。君のクビは取り消しになったので、今からでも出勤してくれないかな?人手が足りないんだ”
恐らく社長はかなり堪えているのだろう。後ろに居るであろう上司にかなり強い口調で何か話していた。
俺はこう返事した。
「悪いですが、クビにされ、連休後は来なくていいと言われましたので、出勤しませんし、御社の人間ではないので」
すると、社長の口調が急変した。
“君ねぇ、いままで金やって働かせてやったのになんだその態度は?ああ?殺すぞ、この無能野郎が!!!”
「そうですか。殺したければどうぞ、俺は連休中に嫌というほど味わったので。それにこの通話録音しているから、出すとこ出したらあなたの方が不利になりますよ?それでもいいのですか?」
すると、恐らく社長は青ざめているのか、弱々し口調で。
“それだけは・・・”
と言い、俺はこう返事した。
「それでは、お世話になりました」
そう言い残し、俺は電話を切った。
もちろん、今の通話は録音していて、何かしてきたらネット上で晒すなり、脅迫で訴えることも出来る。
こうして、俺は本当の意味で会社に行く必要がなくなった。
上司や社長を撃退し、清々しい気分でテレビの電源を起動すると、特番がやっていた。
「これって・・・」
俺はテレビに映るアナウンサーの下にある題名を見て唖然とした。
“ゴールデンウィークを襲った仮想空間ハッキング事件!!!”
「あの事件の事か・・・」
俺はテレビを見ていると、アナウンサーはこう語る。
“ゴールデンウィーク初日に仮想空間に存在するゲーム世界をハッキングし、利用者は7日間意識が戻らないという事件が発生しました。今日午前8時、この事件を引き起こした源田 剛三郎56歳が先ほど、自宅にて警察に逮捕され、現在取調べ中です”
テレビ画面には現実世界のノーマンが映し出されていた。
顔立ちは連休前のやつれた俺にそっくりだった。
ついにあのマスク野郎は逮捕されたのか。
俺はベッドの上で7日間起きた事を頭の中で整理していると、不自然な点が幾つかあった。まず、そのゲーム世界の利用者の意識が戻らないのに一体だれが通報したんだ?
それに、巨大化したノーマンを倒した赤い巨人。ノーマンは深紅のファイターと呼んでいたが、そいつの正体はなんなのか・・・?
そして、一番の謎はあの老人だ。確かジョン・ハワードという男だ。
それにアキやスターベアー、ギンザンやユキはどうなったのか?
あのゾンビの徘徊する世界に迷い込んだユーザーはどうなったのか?
と、心配していると左手首に着けているVRウォッチから通知音が鳴った。
「ん?なんだ?」
俺はVRウォッチを起動し、画面を確認するとなんとアキからメッセージが送信されていた。
どうやら仮想空間で友達になっていたようで、アキがメッセージを送って来たのだ。
“レイ、無事ですか?”
そのメッセージを読んだ俺は鳥肌が立ち、涙が出てきた。
良かった、無事だったんだな。
俺は嬉しさがこみ上げ、即返信した。
“ああ、無事さ”
送信すると、ものの数秒で。
“よかった( ^ω^ )、意識が戻らないと考えると心配で”
“心配してくれてありがとう。俺も心配だったさ”
やり取りしていると、
“俺?”
と返信してきたので。
“あれ?俺男なの覚えてない?”
すると、
“あ・・・ごめん、思い出したw”
“いままで黙っていてごめん”
俺は一応謝ると、こう返事が来た。
“別にいいよ”
と返信した後。
“勇敢だったよ”
“ありがとうな”
俺はこう返信した後、
“ニュースみた?”
“うん、見たよ?”
アキもニュースを見ていたようだ。
“ノーマンの奴捕まったらしいな”
“だね、ネットの掲示板でもすごいアクセスだもん”
“そんなにか!!!”
俺はノーマンの起こした事件がネット上でなかり騒がれていることに驚いた。
“SNSでもニュースに対してすごいコメントが来ているのよ”
“そうなのか?”
俺はSNSをやっていなかった為、どの位すごいかわからない。
そして、アキからこんなメッセージが送られた。
“ところでさ、今度会わない?”
“え?”
“今度会いたいんだけど?いい?”
“まあ、いいけど?”
まあ、たった今クビになったから明日でもいいけどな。
“いつ会える?土日がいい?”
俺は正直にこう返信した。
“たった今、会社をクビになったから何時でもいいぞ”
“マジで(笑)”
おそらくアキは笑い転がっているのだろう。
そう考えると、俺もなぜか笑顔になった。
“なら、土曜日で大丈夫?”
俺はこう返信した。
“オッケーだ”
“決まりね。忘れないでね”
そして、こうメッセージが来た。
“それじゃあ、学校があるからまたね。金曜日に連絡するからね”
どうやらアキは学生なのか、事件後の今日も学校に登校しないとならないらしい。大変だな。
そう思いながら、俺は再びベッドに横たわった。
7日間仮想空間の中でゾンビの徘徊する世界へと飛ばされ、ダンジョンゲームや殺人ヒューマノイドが徘徊する校舎をめぐり、ノーマンとKカードというゲームをしていた。
俺は疲労完敗で、ベッドに横たわっていると、目がウトウトし、眠くなってきた。
「もうひと眠りするか・・・」
俺はもうひと眠りし、大きくいびきをかきながら仮想空間ではなく、本当の夢の世界へといざなわれた。
そして、土曜日までが忙しかった。
翌日。俺の家に警察がやってきて、事情聴取の為、署に行き、サイバー課というあまり聞かない部署の刑事さんに色々聞かされた。
火曜日はそれで心身疲労し、眠ってしまった。
水曜日、俺の惰眠を奪ったのはベッドの近くに置いてあったスマホから一本の電話がなった。
俺は大きなあくびをしながら電話に出ると、母親からだった。
電話越しから耳の鼓膜が破れそうなくらいの怒鳴り声で会社を辞めた事に怒っていた。
まあ、うるさかったので通話を切ったけどな。
昼寝中にVRウォッチにアキのメッセージが送信されていた。
どうやらギンザンもユキ、スターベアーは無事目をさましたようだ。
良かったと終わるところだったが、そうはいかないみたいだ。
アキのメッセージを読むと、三人も現実世界で顔合わせをしたいと言い出したようで、土曜日に来るとの事だ。ああ、こりゃ大変だ。
木曜日。大家さんが俺の部屋にやってきた。
家賃も払っていたのでなんの用かと思っていると、会社を辞めた事を知り、日曜に出ていけという事だ。
そう言えばこの大家さんは俺が勤めていた会社の社長と知り合いだったことを思い出した。あのクソジジイめ。
仕方ないので、俺は部屋の備品を整理し、大掃除をして一日を終えた。
さて、金曜日なのだが、生活費の事が心配になり口座を確認すると、なぜか一千万円が振り込まれていた。
なんだろう?警察から謝礼金かと思い電話して確認したが、俺の活躍でノーマンを倒した事を知らなかったらしく、そんなお金を送金していないと言っていた。なら、一体だれが?
そう考えている内に土曜日がやってきた。
俺はアキの指定された喫茶店・クリエという店に行き、予約席のプレートのところで一足早くコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
久々に剃ったひげをさすりながら俺は店のオーディオから流れている洋楽に酔いしれていた。
曲の名前は“ラジオスターの悲劇”。
ビデオに殺されたラジオスターの曲だ。
俺はコーヒーをすすり、ホップなリズムと、なんとなく切なくなる音程を聞きながらノーマンの事を考えていた。
俺は新聞でノーマンの顔写真を見て、まるで会社に居た時の俺と同じ顔をしていた。
恐らく今回の事件は生きる気力を失い、嫉妬と狂気に狂った彼が引き起こしたのだろう。まるで捨てられる運命にあるラジオスターのようだ。
だが、俺ももしかしたらノーマン・源田のようになっていかも知れない。そう考えると他人事ではないなと思った。
そんな感じで考え事をしていると、俺の席の前に黒髪のロングヘアーに清楚な感じの白と緑のフリルを来た女性がきょとんとした表情で俺を見ていた。
「あ、あの・・・なんでしょう?」
俺は恐る恐る声を掛けると、
「あの、まさかレイさん?」
「は、はい。ええっと、アキさんですか?」
女性は最初困り顔だったが、俺がレイと知ると、急に笑顔になり。
「はい。本名は早坂 朱美です。レイの本名は?」
アキ、ここでは朱美と呼ぼう。
朱美は俺の本名を聞き、俺の向かいの席に座った。
「お、俺は桐谷レイトです」
「桐谷レイトさん、カッコイイ名前ですね」
朱美は誰もが惚れてしまいそうなくらい美人で、笑顔が可愛かった。
「はい、よろしく」
「よろしく」
すると、店に単髪にツーブロックで茶髪の身長はおそらく180センチくらいある(ついでに俺は172センチ)ヤンキー風の男性と、男性の肩くらいまでしかないツインテールで童顔の女の子が入って来た。
「ういーす」
男女は予約席の空いている席に座った。
「あの、どなたですか?」
俺はとなりに座っている男性に聞くと、
「ああ、すみません、俺はギンザンだ」
「あ、あなたがギンザン?」
「本名は大宮 銀次です」
ギンザン=銀次は自己紹介を終えると、握手をした。
銀次は見た目細身だが、近くで見ると案外筋肉質で、俺より握力があった。正直悔しい・・・。
「ええっと、あなたは?」
銀次は俺の顔を見ながら聞いてきたので、
「ああ、ええっと。俺はレイです」
それを聞いた銀次は。
「え?君が?」
「ええ、騙すつもりはなかったのですが、実は男です・・・」
それをきいた銀次は、
「マジか・・・」
「兄上!!!」
ツインテールの女の子が割り込んできた。
「なんだよ、お兄ちゃん子が」
「なんですって!!!」
ツインテールの女の子は頬を膨らませ銀次を睨んでいた。
「あの、もしかしてユキさんですよね?」
俺がツインテールの女の子に聞くと、
「はい、私がユキ。本名は大宮 幸子です」
「桐谷レイトです。よろしく」
俺は二人に本名を教えると、
「桐谷レイトって言うんだ、カッコいいな~」
「レイトさん、まさか男だったとは」
幸子は少し顔を赤くしていた。
「あら~?顔が赤いわよ?」
朱美は幸子に言うと、
「あの、あなたがアキですか?」
「うん、本名は早坂 朱美です。よろしく」
「早坂さんですね、よろしくお願いいたします」
4人で自己紹介をしていると、店に茶髪のロングヘアーの女性は入店し、俺たちのテーブルまでやって来た。
「お集まりの様だね」
その女性は大人びた顔立ちで、赤いTシャツにジーパンを履いていて、隣には5歳の子供がいた。
「あの・・・もしやと思いますが・・・」
俺は子連れの女性に声を掛けると、
「自己紹介がまだだったね。私は星野 真美、仮想空間ではスターベアーと名乗っているよ。隣にいるのが私の息子、響貴さ」
スターベアーの本名は星野 真美と言い、しかも五歳の息子を持つシングルマザーだった。
「あんたが?」
銀次は驚いた顔で真美を見た。
「ああん?悪いか?」
「ちょっと、二人とも」
アキが仲介に入った。
「それで?そこの男がレイかい?」
真美は俺の方を向いて言った。
なぜ知っているのか?と考えたが、アキの様子をみて察した。
「ええ、実は男です」
「以外だな~、お姉さんびっくりだ」
「まあ、隣にいる銀次さんにめっちゃ驚かれました」
俺は隣でメロンソーダを一気飲みする銀次を見ながら言った。
「無理もないわ」
その言葉に5人は笑い、それを機に話が弾んだ。
特に、深紅のファイターを見たと言った瞬間、皆歓声を上げ、店員に注意されてしまうほど驚いていた。
どうやら深紅のファイターという謎の巨人は、仮想空間の間で都市伝説的存在だったらしい。
すると、俺はかなり貴重なものを見たのだろう。
みんな、それぞれ土産話や、自慢話をしながら盛り上がっていた。
俺は確かに捨てられるラジオのような人間だ。
だが、仮想空間の出来事でかけがえのない仲間を得たのだ。
それだけでも俺にとっては宝同然だ。
そんな事を考えながら、俺は朱美や銀次、幸子と真美の笑顔を見ながら微笑んだ。
~バーチャルライフ・桐谷レイト君の災難~
完
桐谷レイト君の災難 @Omega000
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