第一章

第一章

会社から突然クビになった俺は終電を逃し、街の明かりと、車の雑音とハイライトに照らされながら俺は一週間の仕事疲れと追い打ちをかけるような残業のおかげでまるで棒のようになった足を引きずりながら真夜中の歩道を歩いていた。

 どうやら上司曰く、デスクワークは全てAIに任せることになり、10年間業績を上げていない者をリストラする方針になったらしい。

リストラで職を失ったせいか、俺はなぜか急に初出勤の日を思い出した。

 思えば、大学を卒業してから早十年。桜が降り注ぐこの道を期待と不安を胸に歩き、駅に着くと、駅員に加齢臭と汗のにおいが漂う満員電車に乗せられ、目的の駅に着きやっと満員電車から解放されたと思いきや、今度は出勤ラッシュの波に乗せられやっとの思いで会社に着いた。

 オフィスに入ると、俺を邪魔者のような目線で上司や先輩共に睨まれ、朝の朝礼であらかじめ考えておいた挨拶を言い終えると、今度は社長らしきはげつるジジイの長い挨拶を、耳を素通させながら聞き終え、俺のサラリーマン生活が始まった。

 上司や先輩、顧客の理不尽な用件や、無理難題を我慢し、走れメロスのように必死に走りまわる日々を送ること早十年が経った。

 まあ、リストラされた俺にとってやっと肩の荷が落ちる、この連休は遊び惚けようと考えていた。

 まあ、ゴールデンウィークは俺の様なサラリーマンにとって肩の荷が落ちる唯一の連休で、学生以来の休みの感覚を味わえる、言うなら天国のような日々である。

 もう休日出勤のない俺はゴールデンウィーク間近の温かい空気を感じながら家賃3万円のボロアパートに帰宅した。

 今に出も壊れそうなサビだらけの階段を上がり、俺の部屋の前に着くと、玄関のドアの前に白い箱が置かれていた。

「ああ、届いていたのか」

 俺は白い箱を持ち玄関のドアのカギを開けながら、伝票を確認した。

“桐谷レイト様宛 VRウォッチV-3型1点”

 そう。俺は貯金の半分使い、今月発売された最新型VRウォッチ、V-3型を購入した。

 VRなんざ学生の時以来だが、どうやら今のVRは俺の知っているVRとは違い、意識だけ仮想空間へと移動し、そこでゲームを楽しんだり、冒険をしたり、生活する事もできるらしい。現実世界では寝ているだけだからな。

 更に驚いたのが、ゲームをクリアしたり、アイテムを売ったりするとスコアという仮想通貨が貰え、しかもそれが現実世界の電子マネーとして使用できる為、それで生活している若者が増えているらしい。しかも俺の年収を遥かに超えているとの事だ。チッ、気に入らねえ。

(ついでに俺の年収は300万行くか行かないか程度)

 そんな不満を胸に俺は自分の部屋に入り、明かりをつけテーブルに白い箱を置くと、俺はコンロの火をつけ、水が沸騰するまで時間があるので、白い箱を開けた。

 箱の中身はiPhoneウォッチの様な時計の部分がタブレット状になっていて、その下に説明書らしき紙があった。

「これが説明書か、どれどれ」

 紙を取り出し、コンロのところで鍋の中に入っている水の様子を伺いながら説明書を読んだ。

この度、VRウォッチを購入していただきありがとうございます。

VRウォッチを使用するにあたって幾つか注意事項がありますので、よく目を通してからご使用ください。

 俺はその注意事項に視線を向けた。

 書いてある内容は病気の方や精神的に病んでいる方の使用は控えてくださいや、他のユーザーに迷惑をかける行為はおやめください。場合よっては刑罰に当たる場合があります等のなんというかこう、ありきたりの事しか書いていなかった。

 鍋の中に入っている水がいい具合に沸騰してきた頃、注意事項のある文章に視線を向けた時、ある事を思い出した。

・7日間以上の使用は大変危険ですのでおやめください。

 この注意事項を呼んだ時、ああ、掲示板の書き込みの件は本当なんだなと確信した。

 その掲示板の書き込みの発端はアメリカで起きた。

 アメリカのとあるゲーマーがゲームに夢中になり過ぎて7日間以上仮想空間に居たところ、ログアウトできなくなり、結果そのゲーマーは一か月以上植物状態になり、結局最後まで意識が戻ることなく無くなってしまったという事故が起きた。

 この事故は日本でもニュースになり、テレビやネットで騒がれていた。

 それだけで済めばよかったのだが、それが発端である事件が起きてしまう。

 そう、VR自殺だ。

 VR自殺とは、自殺志願者があえてVRウォッチを購入し、7日間以上仮想空間に閉じこもり意識を戻らせなくして命を絶つというまあ、安楽死に近いやり方だ。

そのVR自殺がここ最近、30代から80代と中高年を中心に行われていて、VRウォッチの会社も色々対策を練っているとか。まあ、色々あるけど。

まあ、対策うんぬんは俺の知った事ではないが、俺はそのVRウォッチを購入し、ゴールデンウィークという大型連休を使って遊び惚けようと思っていた。

丁度会社を追い出されたしな。

正直、十年会社に勤めていたが、どうやら我慢の限界で、気が付けば俺は使い古され、捨てられる運命にあるラジオのように、身も心もボロボロになっていて、その苦しみから永遠に解放されるのだ。

そして、水が沸騰し乾燥した麺が入ったカップの中にお湯を注ぎ、ふたを閉める事3分が経ち、俺はカップ麺を食べた後、風呂に入る気力もなく、VRウォッチを持ってベッドに横たわった。

左手首にVRウォッチを取り付け、電源を付け、そのまま目を閉じた。


“仮想空間へようこそ”

機械音と女性の声が混ざったような声を聞いた後、俺は仮想空間が作りだしたと思われる宇宙空間をまるで幽体離脱したかのような感覚で飛び回っていた。

 優雅に飛び回っていると、急に真っ白な空間が目の前に現れ、半透明の画面が現れた。

「ん?なんだ?」

 俺はまるで赤ん坊に魂が乗り移ったように、何かに乗り移ったかのような感覚を感じた。

 そして、画面を見ると、なんと言うかこう、怠惰で少し喧嘩早いような顔つきの男性、そう。現実世界の俺が映っていた。まあ、すこし目が少し大きく、ハイライトがあり、アニメ風だったが。

 自分の顔を見ていると、画面からアバターの設定はこれでいいですか?という表示が出ていて、どうやら自動的にアバターを設定できるようだ。

 まあ、どうせ自殺するんだし、特にこだわりもなかったから、OKボタンを押すと、アバター認証中という画面に切り替わり、しばらく待っていた。

 そして、アバター認証が99パーセントに達した時、事件が起きた。

 なんとアバター99パーセントに達し、後少しという時、真っ白な空間が急に歪みだし、アナログテレビの雑音の音が響き渡り、俺は音に耐えかね耳をふさいだ。

 耳をふさぎ、必死に耐えていると、歪んだ空間が崩れだし、真っ暗な空間が広がり、俺はその黒い空間へと落ちて行き、意識を失った。

 目を覚ますと、何かの工場のような鉄の天井が見えた。

「ん?ここはどこだ?」

 俺はアバター認証中にエラーでも起き、現実世界に戻ったのか?と思い、上半身を起こすと、そこはどこか分からないが、ガソリンスタンドの給油スペースにいた。

 俺は夢遊病になり、ガソリンスタンドで寝ていたのかと思っていたら給油スペースの近くに赤いマントととんがり帽子を被った魔女らしき女が冷静さを失い、半狂乱になりながら逃げまわっていた。

「なんだ、あいつ」

 その魔女の様子を見ていると、彼女を追い回している連中がいて、魔女は必死に距離を取っていて、

「やめろ!!!近寄るな!!!やめろ!!!」

 必死に杖を振り回していた。

 俺は目を凝らし、魔女を追い回している連中の顔を見ると、皮膚はただれ落ち、歯はむき出しで、フラフラと動いている。

そう、いわゆるゾンビと呼ばれる奴らに追いかけ回されていた。

 ゾンビは血の付いた歯を鳴らしながら魔女を追いかけていると、一体が俺の存在に気が付いたのかフラフラと寄って来た。

「ええ、ちょっ!!!ちょっと!!!」

 俺は驚き、焦っていたが、尻餅ついていて、恐怖で思うように体が動かせない。

そんな俺をゾンビは容赦なく近寄り、そして、ついに噛みつけるくらいの距離になった時、唸り声を上げながら俺に噛みつこうとした。その時である。

 後ろから銃声が聞こえ、俺の目の前にいるゾンビの額に命中させ、音を立てながら倒れた。

「死にたくなったら立ち上がって!!!」

 俺の後ろには偉い美女がサブマシンガンを構えながら立っていた。

「は・・・はい?」

「聞こえなかったの?早く立って!!!」

 赤いジャケットに黒いジーンズを来た美女は俺に怒鳴った。

 俺は怒鳴り声に圧倒され立ち上がると、

「あんた、名前は?」

「名前?ええっと・・・」

 俺はいきなり名前を聞かれ焦っていると、

「早く!!!」

「ええっと・・・あれ?」

 俺は左手首のウォッチを訳もわからないまま操作し名前らしきものが書かれた画面を表示した時、見覚えのない名前が表示されていた。

「あんた、レイっていうの?」

「ええ、いやその・・・」

「いやってなによ?」

 俺はかなり焦っていた。

なぜなら、知らない間にレイと言う名前が設定されていて、しかもゾンビが徘徊するガソリンスタンドに横たわっていたのだ。

「あんた、自分の名前も知らないの?」

「いや、知らないもなにもつい最近ここへ来たばかりですから・・・」

 俺はその美女に言った。

「ここへ来たばかりってどういう事?」

「いや、だから。今日VRウォッチを購入して、アバター設定して、気が付いたらここに居たんだ」

「そう・・・」

 美女は納得した様子で、

「だから裸なのね?」

「え?」

 この一言を聞き見下ろすと、確かに裸だ。しかも胸の辺りがふっくらした突起物があった。

「なあ、“俺“どうなっているの?」

「どうなっているも何も、裸で横たわっていたのよ」

「いや、そういう事ではなく、性別はどうなっているの?」

「何言っているの?あんた“女”でしょ?」

 それを聞いた俺は一瞬頭が真っ白になった。

 なに?女?俺が?

「そうよ!!!とにかく、何か着た方がいいわよ、今用意するから」

 美女は手から半透明の画面を表示させ、衣類を探しているようだ。なんというか“未来から来たサイボーグ”の気持ちが分かったような気がする。

「ああ、これがいいわね」

 どうやら美女は俺にピッタリな服装を選んでくれたようだ。

 美女俺には服装のデーターを指で飛ばすと、素っ裸だった俺は黒いジャケットに白いYシャツ、黒いスキニーのクールな服装に変わった。

「あ、ありがとう」

 俺は服をくれ美女に感謝すると、

「礼は後にして」

 美女は再びサブマシンガンを構え、どこから湧いたのか百体くらいはいるゾンビに銃口を向けた。

「い、いつの間にかに!!!」

「あんたが遅いからよ!!!」

 確かに、正論だ。

 今自分の身に何が起きたのかを認識するのに時間がかかり過ぎた為、気が付けばガソリンスタンドの周りには百体あまりのゾンビに囲まれていた。

 どうやら先ほどゾンビに追いかけて回されていた魔女もその状況に気が付いたのか完全に冷静さを失い、杖を振り回しながら大声で訳の分からん呪文を唱え始めた。

 すると、杖先から赤い閃光が真っ直ぐ飛んで行き、ゾンビに命中し、俺と助けてくれた美女は一瞬安心したが、

「フハハハハハ、近寄るんじゃねー!!!クソ共―!!!」

 魔女の頭のネジは完全に外れてしまい、赤い閃光を辺りに撃ちまくり、乱射し始めた。

「おいおい、ヤバいんじゃないか?アイツ」

「そうね、むしろゾンビより危険かも」

 俺と美女は身をかがませ、顔を合わせた。

「なにか策はないか?このままだと被弾するかもしれないぞ」

「そうね、ちょっと待ってね」

 美女は手から画面を出現させ、何かリストの様なものを表示した。

 少ししか見れなかったが、どうやら手榴弾を選んでいるらしい。

「なあ、何しているんだ?」

「ん?ええっと、これこれ」

 美女は画面から青い手榴弾を取り出した。

「なんだ?それ」

「これ?閃光手榴弾、別名スタングレネードよ」

 美女はウインクした。

「閃光手榴弾?どう使うんだ?」

「まあ、見てて」

 そう言うと、美女は手榴弾の安全装置であるピンを抜き、一瞬だけ身を起こし、魔女の方へ投げた。

 すると、耳鳴りのようなキツイ音と同時に目が見えなくなるほどの眩い光が発せられた。まあ、魔女や周辺のゾンビにとってたまったもんじゃないだろうな。

「今の内に!!!」

 美女は俺に手を引いて、近くにあるパトカーに乗り込み、エンジンを掛け、ギアをバックにし、勢いよく車を後ろに走らせ、今度はギアをドライブにし、猛スピードで国道と思われる道路へ出た。

「助かった、ありがとう」

「どういたしまして」

 美女はハンドルを握り、時速80キロで運転していた。

「ところでお名前は?」

 どうやら俺は魔が差してしまったのだろう、隣で運転している美女に名前を聞いてしまった。

「ええ?ああ、私はアキよ。よろしく」

 少し困惑していたが普通に教えてくれた。

「ああ、アキさんですか。よろしく」

「こちらこそ」

 どうやら俺を助けてくれた美女はアキという名前のようだ。

 アキの返事と同時にガソリンスタンドから大きな悲鳴が聞こえた。

 考えたくもないが、その悲鳴はおそらく冷静さを失い、半狂乱となった魔女の声だろう。どうなったのかは察しがつく。

俺とアキはしばらく会話の無いまま、車で真っ暗の道路を走っていると、助手席に乗っている俺の顔がガラスの反射ではっきり見えた。

 そういえば、女性になったのは知っているが、どんな顔なのかは知らない。いや、聞かされてもいないし、確認する暇もなかったから無理もない。

 そう考えながら窓に映る俺の顔をぼんやり見ていた。

 仮想空間での俺の顔は、ツンとした顔立ちで、おそらく学園ドラマだと色んなイケメンに告白されること間違いなしの美女だった。現実世界の俺とは真逆だ。

 そんな美女が見知らぬガソリンスタンドのど真ん中で、しかも裸で横たわっていたら、女性だろうとビックリするだろうし、助けたくもなる。いや、助けないとしたら余程の変態だろう。

 自分で言うのもなんだが、こんな美女が現実世界では32歳の将来性のないサラリーマン男性だと隣で運転しているアキが知ったらどう思うのやら。

 いや、そのアキという人物も、現実世界では女なのか男なのか分からない。今はそんなことを考えるのはよそうと思った矢先、車内にラジオから流れるノイズが響き渡った。

「うっ、なんだ」

 俺とアキは思わず耳をふさいだ。

「こ~んば~んわ~」

 ノイズが止んだと思いきや、今度は車のセンターコンソール、いわゆるカーナビやラジオ等のスイッチがある場所に、半透明の画面が現れた。

「今度は一体なんなんだ?」

 俺は思わず口にすると、画面から黒いスーツと歪んだ一つ目模様の変なマスクを被った何者かが映し出された。

「みなさ~ん、元気ですか~?」

 なぜ伸ばして発音するのか謎だが、その何者かはマスクの下でにやけているのか小さく笑い声が聞こえる。

「な?なんなんだ?こいつは」

「静かに」

 アキは運転に集中しているせいか何も言わずに黙っている。

「みなさ~ん~、ただいまを持ちまして~、この仮想空間に存在するゲーム世界は私、ノーマンがハッキングいたしましたー」

は?何言っているのだ?コイツは?

「これより、自発的にログアウトは出来ず、ゲーム世界でのゲームオーバーは死を意味しまーす」

 自発的ログアウト出来ない?ゲームオーバーは死を意味する?どういうことだ?

「ここから出る手段はただひとーつ、私の用意したゲーム世界をクリアし、私の居る所まで来られれば、解放しましょう。だたし、期限は7日。それを過ぎれば、ククク・・・、みんな、大体分かるでしょ?」

 何が言いたいのかサッパリだ。

「あるほど、7日間のデスゲームという事ね」

 アキは小声で言った。

 ノーマンの一方的な説明を終えると、画面は一人でに消えた。

 正直ノーマンは何が言いたいのか分からなったが、どうやらアキは何が起きたのか理解していたのか、少し険しい表情で運転していた。

「なあ、何が起きたんだ?」

 俺は思わず聞いてしまった。

「どうやらゲームはもう始まっているようね」

「何がだ?」

「どうやらこのゲーム世界はノーマンという奴にハッキングされたみたいね」

 ゲーム世界をハッキング?ホワぁイ?なぜ?

「仮想空間にはネットワークのように全世界のユーザーが何万とあるゲーム世界で遊んでいるの。中にはゲーム世界をハッキングして内容を変えたりしてヘラヘラ笑う馬鹿な奴もいるのよ」

「あーなるほど」

 俺は何故か納得してしまった。

 昔からいるバカな奴が、仮想空間が出来た事でハッキング等の迷惑行為を働いていると言う事か。全く、いい迷惑だぜ。

「その馬鹿な奴は普段どうなるんだ?」

「そういう不正行為を行ったアバターはエージェントに捕らえられ、ペナルティを与えられるわ」

「例えば?」

 俺は聞いた。

「例えば、ある期間ログイン禁止とか、スコア全て没収とか、一番ヤバいのが永久にログイン禁止&アバター作成禁止かな」

「そんなに厳しいのか?」

 俺は思わず口にした。

「そうよ、法律に引っかかる場合があるから現実世界に戻ったら警察に捕まるパターンもあるわよ」

 なるほど、仮想空間にも現実世界のようにキチンとしたルールがあるのだな。

「だけど、今回は迷惑行為というよりテロ行為だわ」

「と、いいますと・・・」

 俺は嫌な予感がした。

「あのノーマンはどうやら複数のゲーム世界をハッキングした上、その世界に迷い込んだアバターのログアウト権まで奪っているのよ。これはかなりのハッカーに違いないわ」

「なあ、なんでそんなに詳しいんだ?」

 俺はアキの方を向いて聞いた。

「ゲーマー歴5年を甘く見ないでくれる?」

「ゲーマー歴5年?どういうことだ?」

 アキはため息をつき、

「私はこの仮想空間が出来てから存在しているユーザーよ、大体の世界は知っているわよ」

「な、なるほど・・・」

 どうやらアキというユーザーはこの仮想空間が出来た当初から遊んでいるようで、どうりで事態を把握するのが早い訳だ。

「あのゾンビたちはシティ・オブ・デットという世界のクリーチャーで、あの魔女はマジック・クラフトという魔法使いの世界のユーザーで、どうやらこの世界はポリス・シティという街の犯罪を警官達と共に解決してスコアを稼ぐゲームよ」

「これまた随分色んな世界が混ざっていますな」

「まあ、そうね。簡単に言うと、ノーマンは複数の世界を融合したようね」

 なるほど、それでガソリンスタンドに場違いな魔女がいた訳だ。

「それじゃあ、そのハッキングされた世界に居たアバターたちがこのごちゃ混ぜになった世界に連れてこられたと言う事か?」

「その通りのようね」

「アキさんはどこの世界に居たのですか?」

 俺はアキがどこの世界で遊んでいたのか聞きたくなった。

「私?私はシティ・オブ・デットの世界で遊んでいた所、あのガソリンスタンドに転送されたの。そしたら、あなたが裸で倒れていたからビックリよ」

「その節はどうも、ところで、そのシティ・オブ・デットの世界とは一体どんな世界なのですか?」

「シティ・オブ・デットの世界はまあ、簡単に言うとゾンビやクリーチャーを倒してスコアを稼ぐ、いわゆるシューティングアクションよ」

 アキは自慢げに言った。

「なるほど、それでさっき銃や手榴弾持っていたのですね」

「まぁね、銃は金かスコアを出せば購入できるし、強い敵を倒せば倒すほど稼げるからね」

「あの、アキさんはどんな武器を持っているのですか?」

「見たい?」

 アキは目を光らせながら俺を見た。

「ええ、是非」

 アキは手から画面を表示させ、武器のリストを見せた。

 ええっと、ハンドガンは・・・グロック26に、コルトパイソン、他は殆どリボルバーで、見た目とは裏腹に渋い銃が好きなようだ。

 で、先ほど使っていたマシンガン、名前はMac10、それにグレネードランチャーか、なるほど、

「あ、そのグロック26という銃あるでしょ?」

「ええ」

「それ貸すから、取り出していいわよ」

「いいのですか?」

 俺はアキに銃を使っていいと言われ少し困惑したが、

「流石に丸腰じゃ危険よ、取っといて」

 俺はアキに言われるがままに画面に表示されているグロック26という銃に手を伸ばし、取り出した。

 アキが貸してくれた銃は想像していたより軽く、1キロもない。

 おそらく俺がまだ仮想空間に来たばかりだという事を考量してくれたのだろう。扱えるかどうかは変わらないが、とりあえずアキに色々世話になっていた。

 どうやら、アキにであった事は不幸中の幸いという奴だろう。出なきゃ真っ先にゾンビに食われ、俺はどうなっていただろうか?

 そんな事を考えていると、アキは車を減速させ、

「そろそろ街に入るわ、準備はいい?」

 アキは俺の方を向いた。

「ええ、足引っ張らないよう頑張ります」

「その調子よ」

 アキは車を停車させた。

 どうやら街に入ったが、大量の車が火を上げ、行き止まりとなっていた。

「ここからは歩くしかなさそうね」

 俺は正直降りたくなかったが、アキは行き止まりと分かるやシートベルトを外し、車を降りた。

 俺はしぶしぶ車を降りると、街は火の手が上がり、目の前には車が山の様に積み上がり、火が激しく上がっていた。

「ひどいな」

「こんなのまだ序の口よ、立ち止まっていると奴らが来るから行くわよ」

 そう言うと、アキは左右に広がる道を見て、どちらが安全か確認していた。

 銃を貸して貰ったとはいえ、グロック26の装弾数10発しかなく、しかも射的経験のない俺はゾンビに命中するかどうかすら怪しいし、アキはそんな俺を護衛しながら進まないとならないので、今大量のゾンビを相手にしている暇はないだろうし、おそらくいとも簡単に食われるだろう。

 そう考えた俺はとにかくアキを信じてついて行くしかなかった。

 アキは俺たちが乗っていた車から見て左の道へ進んだ。

「あの、どこへ目指すのですか?」

 俺が聞くとアキは振り向いて、

「まずはショップよ、食糧や武器を調達しないとならないから」

 とアキはスタスタと歩いて行った。

 俺たちが進んでいる道にはゾンビと遭遇する事はあったが、アキは基本的に相手にせず、道をふさいでいるゾンビだけマシンガンで頭を撃ちぬいたり、足を打ち抜き、這いずりゾンビにするだけだった。

「あの、倒さないのですか?」

 俺は思わず素朴な質問をしてしまった。

「うん、全部倒していたら弾がいくつあっても足りないから」

 アキはあっさり答えた。

「それにしてもショップは随分遠いのですね」

「そう?あの交差点を抜ければすぐよ」

 アキは先にある信号機を指さした。

 どうやら俺は怖いのだろう。何故ならゾンビが徘徊する街なんぞ現実世界では明らかに有りえない事だし、そこを歩くなど夢にも思っていなかったからである。

 恐怖を押し殺し、ひたすらアキについて行った。

 何も考えず、ひたすらついて行くと、交差点のところに一つだけ綺麗な店があった。

「あった、ここよ」

 随分分かりやすいところにあるものだと思った。

 アキはその綺麗な店に入ると、店の中は品物がなく、もう店じまいをしてもいいのではないかというくらいスッカラカンだった。

「店主―、居ますかー?」

 アキは店に入るや店主と思わしき人物を呼んだ。

「あー、はいはい」

 店の奥からハチマキを付け、丸ぶち眼鏡のオッサンが出てきた。

「あーアキちゃん。ごめんねー見ての通り食料も武器もポーションも全て売り切れなんだ」

 なんてこった・・・。

「ええ、本当ですか?」

 アキは少し落ち込んでいた。

「そうなのさ、ノイズが走って、なんだと思いきや、いきなり買い占めて行った集団が居て、売り切れちゃったのさ」

「そ、そんな~・・・」

 悪い報告にアキは膝をついた。

「あ、あの。銃でもなんでもいいので、売れ残りとかあれば・・・」

 俺はアキの様子を見てダメもとで聞いてみた。

「何言っているの?レイ?」

「ちょっとダメもとで・・・」

「ダメよ、ないものは無いわ・・・」

 アキは立ち上がると、店主は何かを思い出したかのように、

「ああ、そう言えば確か一つだけあったな、ちょっと待ってて」

 店主は奥へ行くと、箱を下す音が聞こえてきた。

 そして、音がやむと、黒い小さなガンケースを持って来た。

「これで良ければ」

 店主はガンケースを開けると中にはアキから借りたグロック26より立派な銃があった。

「あの、これは?」

「これはH&KUSPという銃だ、これでよければ半額で売るよ」

 俺は店主の言葉に驚きながら、

「いいのですか?」

「ああ、付けでもいいよ」

 正直、今俺には金がない。なぜなら自殺する為に仮想空間へ来たが、俺はゾンビに食われて死ぬというカッコ悪く、グロテスクな死に方はしたくない。それならまず、このデスゲームをクリアしてやろうと思っていたのだ。

 そして、俺はこう答えた。

「わかった、金なら何とかするからその銃。売ってくれ」

 俺はこれまでにないほどはっきり言った。

「ほう、面白いね君。アキちゃんと来たようだけど友達?」

 店主はアキの方を見ると、

「友達というよりさっき出会ったばかりよ」

「なるほど、それにしても肝が据わっているね。男みたいだ」

 その言葉に俺はギクッとしたが、アキは、

「何言っているのですか~、もう・・・」

 どうやらアキは気が付いていないようだ。危ない、危ない。

「それより、店主さん。その買い占めた連中はどんな方だったのですか?」

 俺はなんとなく、買い占めた連中が気になり、聞くと。

「ああ、確か体格が大きく、ゴブリンのようなアバターだったよ。まあ、お腹も立派だったけどな、アハハハハハ」

「ん?ゴブリンのような姿?」

 アキは店主に聞いた。

「そうだけど?」

「また面倒な奴らが買い占めたのね」

 アキの表情は怒りに満ちていた。

「なあ、知っているのか?」

 俺はアキに聞くと、アキはこれまで見せた事ないような表情で、

「知っているも何も、有名な迷惑ユーザー達よ、名前はボブ。ボブ軍団よ」

「なんだ?そりゃ?」

 俺は頭からクレスチョンマークを出現させていると、

「ショップの品を売り切れになるまで購入したり、女性アバターを連れ去っては弄ぶ悪質な軍団さ」

「また随分派手なことする連中ですね」

 俺は店主に言うと、

「ボブ軍団が来たら大人しく品を全て渡さないと何されるか・・・」

「店主のせいじゃありませんよ」

「そう言ってくれてありがとう」

 するとアキが立ち上がり、

「ボブ軍団はどこへ行ったの?」

 鬼のような形相で店主に言うと、店主は何かを思い出すような素振りをし、

「確か、この世界で頑丈な建造物は知らんかと言っていたけど」

「で?なんて答えたの?」

 アキに問い立たされると、

「わしゃこの世界の事は何も知らないからな、知らんと答えたよ」

「そう・・・」

 普段のアキに戻った。

「なあ、アキさん。ボブ軍団が行きそうなところは検討着きますか?」

「ええ、多分警察署よ、あそこなら立て籠もるには十分だし、武器も沢山あるからね」

「ならば警察署へ行きましょう」

 俺は今何をすべきかなんとなくわかっていた。

「ほう、勇敢だねー、あんた。嫌いじゃないよ、そういう女性」

 この店主、俺が男だと知ったらさぞかしショックだろう。

「まあ、ここからそこまで遠くないし、行くわよ」

 俺はアキと店を後にしようと入り口のドアを開けると、固い柱のようなものにぶつかり、床に尻餅ついた。

 俺とアキが見上げると、それは柱ではなく、体操服にブルマ姿の体格のいい金髪の女性で、額に赤い角があった。

「誰!!!」

 俺とアキはただ黙ってその女性を見ていた。

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