普段の行い
俺には行きつけの本屋があった。その本屋は品揃えはまあまあだが、自宅の近くだったし気軽に注文もできて便利な店だ。
ある日ある限定版の漫画を注文していて、それを楽しみに仕事帰り本屋に寄ったら店員のミスで取り置きしてなかったそうだ。
また注文して後日取りに行けば良いものの、俺は愚かにも短気を起こして店員に怒鳴り付けた。次第に店長まで出てくることになり、周囲の客からは何事かと思われたことだろう。俺は急に恥ずかしくなり、無愛想にも急に話を断ち切って帰ってしまった。
後日、謝りに行くとそこには俺の名前が書いてあった箱があり、貼ってある伏せんには「〇〇様用、絶対に忘れないように」とメモが書いてあった。少しだけ申し訳ない気分になり、しかし少しだけ特別扱いされている気分になれて気がよくなった。それから注文をしても店員が忘れることはなくなり、俺は欲しい本を欲しいままにしていた。
今思い返せば、店員の表情は少しぎこちなかった。
ある日、本屋で立ち読みしていた俺は隣に女子高生たちがきゃっきゃっと騒いでいるところに遭遇した。しばらくは気にしないようにしていたが、一向に離れることもなく、次第に音量は大きくなっていた。
我慢できなかった俺は「静かにしろブスっ!」と暴言を吐いた。すると女子高生たちの目付きも変わり「誰がウルトラハイパーブスだってっ!?」と言い返してきた。そこまで言ってない。
それから言い争いになり、苛烈になってきた争いは店員が仲裁することで鎮火した。俺は「あんな迷惑な客を二度と来店させるな」と店員に言って聞かせた。店員は笑顔とも言い難い曖昧な表情をしていた。
それを期にあまりその本屋に立ち寄らなくなっていた。そして行かない内に仕事で転勤を命じられ単身赴任することになった。隣の県なので帰ることもできたが、その本屋へ寄ることはほとんどなくなった。
その間本を買い続けていたが、限定版は変わらずその本屋で取り置きしてもらっていた。その内戻るだろうから、戻ったときにまとめて買おうと思っていたのだ。
そして久しぶりに地元に戻ったある日、その本屋に行くと店のなかは何もなかった。俺がいなかった間に潰れていたのだ。最近不況の影響か、この本屋も例外ではなかったらしい。
しかし問題はそれじゃなかった。今まで取り置きしてもらっていた本はどうなった?それを確認しようにも会社そのものが潰れていて連絡しようがなかった。
店員の善意で取っておいている希望もなかった。俺は今まであの本屋に厳しいことを言ってきた。もはやクレーマーの域にまで達していたであろう。散々迷惑をかけてきた俺にかけてくれる情けはなかった。
あの時もっと優しくしておけば、もっと普段の行いがよかったら。後悔は尽きない。ただひとつ変わらないのは、俺の楽しみにしていた限定版は二度と帰ってこないことだった。
おわり
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