この地獄で生きるために

今日は無性に学校に行く気分ではなかった。元々学校が嫌いだが、昨夜読書をやめられず翌日の今までずっと本を読んでいたから頭がぼやけて今から眠りにつきたかったからだ。

色々理由をつけて自分を納得させた僕はこのまま布団をかぶったが、母親に叩き起こされて結局学校へ登校した。


学校へは電車で行くので、それまでは駅まで歩くことになる。駅まで歩きで10分といったところだが、道中同校の生徒と一緒に登校することになるのでそれがとても嫌だったりする。

誰も僕のことを知りもしないだろうが、陰口を叩かれている気分になってとても居心地が悪い。

そもそも学校の制服自体が嫌いだ。自分と関係無い学校の制服は好きだが、自分と同じ制服を着ている生徒を見かけるととっさに身構えてしまう。自分に近付いてくる奴にロクな奴はいない。


学校に行くのが嫌で学校をサボろうにも、近所にある店はスーパーかコンビニしかない。後は飲食店もあるだろうが、サボって長時間いるには不向きが店ばかりだった。そうなると嫌でも学校に行かざるえない。


駅に着き、定期を見せて駅のホームで電車を待っていると続々と同校の生徒が集まってきた。内心引き気味になり、ホームの端に避難する。イケてる連中が高いテンションで雑談する様は僕を不安にさせる。早く電車が来ることを願った。


数分の時間が経過し、ようやく電車が来た。僕は即座に電車に乗り席に座る。安堵するのも束の間、同校の生徒達が隣に座ってきた。しかも女子だった。

あの可愛らしさとか弱さを餌に時に男を支配しようとするあの女子だ。その癖弱い奴には本性をあらわにして迫害してくるので、僕はこの類いのものは苦手だった。

僕は現実から逃避するためにスマホを取り出しイヤホンを刺して耳を塞いだ。大音量で音楽を流すことでどうにか平静を保つことに成功した。


そして僕はいつの間にか眠りについていた。



僕は夢を見ていた。将来働いている自分の夢だ。

僕は接客の仕事をしていた。どうして人嫌いの僕が接客なんて仕事をしていたか疑問に思ったが、夢に疑問を抱いても仕方なかった。


夢の中の僕は上司に怒られていた。理由は元気がないとか、仕事を覚えてとかその時によって様々だが、大体似たり寄ったりだった。

夢の中の自分はすみませんと謝罪しつつ、内心では帰宅してから何の本を読もうか考えていた。我ながらふてぶてしい。


職場での僕は休憩時間誰とも話さず車のなかで黙々と本を読んでいた。その車内が自分の気の許せる範囲とも言えるようだった。

集団生活に馴染めず皆といることが苦に感じて一人でいることを選び、人から何を言われても別のことを考えている。今の自分と何も変わらなかった。


そのことに特に絶望はなかった。この夢に何も疑問はなかったからだ。



気がつくと隣にいた女子はいなくなっていた。周囲を見渡しても同校の生徒はいない。どうやら僕は寝過ごして本来降りるべき駅を降り過ごしたのだ。

今から引き返せば三時限目には間に合うだろうが、急にどうでもよくなり、少し道草することにした。


降りた駅の周辺は先程の駅とは違って本屋や喫茶店があってなかなか退屈しない。僕は一応制服を脱いで上をTシャツだけにして行動した。下の制服は脱ぎようがなかったけど、黒いズボンと思えばあまり不自然には見えなかった。

本屋に入り、今の時間で読む本を物色する。部屋がもう少し広かったら書庫のように本棚で埋め尽くしたかったけど、現実問題それは難しかった。どこか部屋を借りて書庫を作りたいと思った。


本を購入すると喫茶店に入った。中の雰囲気は良かった。とりあえずパスタとコーヒーを注文した僕は料理が来るまで購入した本を読んでいた。パスタは味が濃厚で大変美味しゅうございました。


パスタを間食して腹を満たしたからか、急激に眠気が襲ってきた。ここで眠っても良かったが、そうするといつ帰れるかわからないから我慢することにした。気を紛らわすために本を読んだ。


本は良いものだ。現実がどんなに酷くても本を読んでいるときは心が平和になれる。クラスメートの下らない話も、周囲の同調圧も、教師の説教も、この場では無縁だった。

できるならずっとここにいたい。苦しいだけの現実には帰りたくなかった。


しかし、この世界で生きるには苦痛と向き合う必要があった。それがどんなに苦しくても、居心地が悪くても、周囲に合わせて感情を凍らせてでも、この地獄に身を置かなければならない。

もしこの地獄で生きていられるなら、僕は本が読めるからだろう。本さえ読めれば僕は生きていられる。その日が最悪だったとしても、寝る前に良い本に出会えたならその日は最高の日に上書きされる。

そういったささやかな幸福を知ることが、この地獄で生きるための術なのだ。



午後二時、あれから電車で引き返した僕は学校にいた。後は六時限目しかないが、とりあえずそれだけ出席することにした。


僕が教室に入ると皆の視線がこちらに集まった。一瞬の緊張、しかし相手が僕だとわかると興味を失ったように周囲から雑音が戻った。中には僕に冗談を言ってくる奴もいた。皆このことに慣れているのだ。


六時限目の授業を受けていると今日見た夢を思い出した。決まった時間に仕事を始める。しなければいけない仕事がある。集団生活。決まった時間までいないといけない。そう思うと学校と仕事は仕組みが似ているように思えた。

思えばそれは当たり前のことだった。社会で活動するために学校に通うのだから仕組みが似ていても不思議ではなかった。僕たちは生まれた時からその仕組みに嵌められていて、人生を定められていた。

それが最善だし、生きやすくするための知恵でもあるのだろう。しかし、結果その環境の中で適応性できるものと適応できないものが生まれ、適応できるものはその環境と世界が楽園となり、できないものは地獄と化すのだろう。


ならば、僕のような人間は定められていない部分で幸福を感じればいい。僕もいつかこの世界と折り合いがついて多少は生きやすくなっているのかもしれない。笑顔で人と接することができるのかもしれない。それまで、自分だけの幸福を糧に生きればいい。


僕は今から読み残した本を読むことが楽しみになった。



おわり

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