知らないお姉さんが家に居座っています
高校の授業が終わり部活動に属していない俺はそのまま帰宅することにした。最寄り駅の電車を15分ほど待ち電車に乗りふたつ先の駅まで移動。そして降りる駅の自転車置き場へ行き自分の自転車を見つけまっすぐ帰る。
自宅まで自転車で大体20分といったところだ。それまでスーパーやホームセンター、コンビニに本屋、カードゲーム専門店なんてものもある。もし俺がカードゲームをしていたなら毎日通っていたに違いない。俺はコンビニに自転車を止め、肉まんふたつとオレンジジュースを購入した。
そのあとは寄り道をせずまっすぐ自宅へ帰宅。家の敷地内に自転車を止め、玄関の扉を開ける。二階の自室へ向かうところで隣の部屋からテレビの音が聞こえた。
今日もさやかは部屋に引きこもっていたようだ。
自室に入りカバンと買い物袋を置き制服を脱ぎ出したところで自室の扉が開いた。
「あ、おかえりーサトル」
さやかが部屋に入ってきた。階段を上る足音で気付いたのだろう。俺はひとつ溜め息を吐いて返事をした。
「ただいま、さやかさん」
「もう!いつもお姉ちゃんと呼んでって言ってるでしょ?」
そんなさやかの叫びをスルーして買い物袋からオレンジジュースを取り出し一口飲んだ。するとさやかが眼を光らせて買い物袋に手を取った。
「あらー、愛するお姉ちゃんに肉まん買ってきてくれたの?嬉しい!」
「それ俺の・・・・・・」
言葉を言い終わる前にさやかは肉まんふたつを口に頬張りすぐに完食した。
「おいしかった。ありがとう、弟よ」
「いや、弟じゃないし」
楽しみにしていた肉まんを食べられげんなりした。
しかし、
この人、いつまでここにいるのかな?
+
あれは3年前だった。
中学3年生だった頃、部活も卒業し受験モードだったあの頃、家に帰ると知らないお姉さんがリビングにいた。
誰だろうと思い顔を見てみると
「おかえり、サトル」
と言ってきた。知り合いなのだろうか?しかし俺には覚えがなかった。
母に訊くと不思議そうな顔で自分の姉だと言われた。
俺が生まれたときから一緒だったそうだ。
俺は軽く困惑し、意味がわからないでいるとそのお姉さん、さやかが抱き着いてきてそのあと遊ぶことになった。
そうしてさやかの正体がわからないまま3年が経過した。彼女は現在21歳だが、大学に行く素振りも見せず仕事にも行かず、基本的に家から出ようとしない。それは一般的に引きこもりと呼ばれるものだった。
+
「なぁ、お前は誰なんだ?」
俺はこれを毎日訊いている。
「サトルのお姉ちゃんですよー」
しかし返ってくる言葉はいつも一緒だった。
そして俺は毎日のようにさやかの膝に乗せられていた。
「なあ、俺そろそろ18歳になるんだけど、重くないの?」
「弟はいくつになっても軽いものよ」
だから弟じゃねぇって。
「赤の他人がこうしてるのはマズイと思うんだ」
「血の繋がった姉弟だから良いんだよ」
「いつまで引きこもるつもりだ」
「サトルが一人暮らししたら私も付いてくるから大丈夫」
「俺も恋人が出来るかもしれないだろ?」
「サトルに恋人なんて作らせないから。一生寄生するから」
最悪だこいつ。
さやかはとにかく姉というスタンスを崩すつもりはないようだった。
しかし、俺の姉じゃないということはどこかでちゃんと生まれ、ちゃんと生活し、関わった人がちゃんといるはずだ。その人と出会えれば何か手がかりになるのだが、なかなか難しいところだ。
+
その手がかりは意外にもすぐ見つかった。
休日、俺が映画館に行こうと外出の準備をしていると珍しくさやかが付いてこようとしていた。普段家から出ない彼女だが何か見たい映画があるようだった。普段なら無視して行くところだが何か彼女に関わる手がかりが見つかるかもしれないと期待し、一緒に自宅を後にした。
「陽射しが強い・・・・・・外界ってこんな過酷だったっけ?」
「普段エアコンの効いた部屋に引きこもるからだ」
しかしここで帰られても困る。俺は近くの自販機でスポーツドリンクを購入しさやかに渡す。
「これでも飲んでおけ」
「私コーラが良いー」
「贅沢言うな」
引きこもりの分際で。
「ウソウソ、ありがとサトル」
さやかは頭を撫でてきた。
「だから俺はそろそろ18歳に」
「あれ、さやかじゃない?」
俺の言葉を遮るように声が響いた。その先にはショートカットの女性が一人立っていた。
「そ、ソノさん・・・・・・」
さやかの表情は焦りに歪んでいた。
「アンタ今までどこ行ってたのよ。携帯にも繋がらないし。あれ、誰その子」
「どうも、弟のサトルです」
挨拶した。
「弟?アンタ弟いたっけ?」
「あ、あはは、そうよ?」
その言葉は何故か疑問形だった。
「嘘おっしゃい」
さやかはデコピンされた。
「いったぁ~、何すんのよ!」
「詳しく話しなさい」
ソノさんとかいう人は、くすりとも笑っていなかった。
+
「ごめんなさいサトル君、こんなバカに付き合ってもらって」
ソノさんは頭を下げて謝罪していた。
ソノさんによるとさやかは昔から人に暗示をかけることが出来て色んなイタズラをしていたようだ。
暗示と言われてピンと来なかったが、要は言われたことに疑問を持たなくなることらしい。
そして例の3年前、さやかは大学受験の年にもう何もしたくないと言い出し適当な優しそうな家庭を見つけ暗示をかけ家族に成り済ました。それが俺の家族だったわけだ。
その後のさやかの自由っぷりはよく知っていた。小遣いは好きに貰え、家に引きこもり、好き勝手過ごしていたのだ。
「さやかちゃ~ん、反省してますか~?」
「はい、してます。すみませんでした」
「よろしい」
ソノさんはさやかにめっちゃ叱ってた。恐らく今回が初めてじゃないんだろうなぁ。
「ほら帰るよさやか」
「はい・・・・・・」
ソノさんがさやかの手を掴んだとき
「ちょ、ちょっと待って!」
俺はそんな言葉を発していた。
このまま会えなくなる気がして。
「どうしたの、サトル君?」
俺は何を言えばいいか分からず、とにかく繋ぎ止めるための言葉を紡いだ。
「今日は映画を観る予定だったんです、それに俺の家族の暗示も解かないといけないと思うし・・・・・・だから連れ帰るのはそのあとでも良いですか?」
ソノさんは俺を凝視した。
「サトル君、この娘はあなたたちを騙してたんだよ?あなたはたまたま暗示にかからなかったけれど、もしかしたら良いように搾取されてたかもしれない。それはわかってるつもり?」
「はい、わかってます。それに、俺が不満に思っていたのは正体を明かしてくれなかったことだけだから」
もしかしたら俺は気付かない内にさやかを家族のように感じていたのかもしれない。
暗示とは関係ない、別の感情で。
ソノさんは少し考える素振りを見せて俺から距離を取ってさやかに耳打ちしていた。
「惚れられてるけど、良いの?」
「はぁっ!!?」
何を言っているのかこちらからは聞こえないが、さやかが何故か驚いていた。
何を言ったんだ。
二人は少し話をして、それからさやかがこちらに寄ってきた。
「じゃ、じゃあこっちは予定済ませて、それからソノさんのところに向かうから」
「そ、じゃあまたね」
最後にソノさんはこちらを見た。
その意図を汲み取ることはできなかった。
+
映画館に向かう途中、こんな話をした。
「その、サトルは怒ってない?」
「何が?」
「私が・・・・・・騙していたこと」
さやかは気にしていたようだ。
「さやかが騙していたことは以前から知ってたし、もう今更だ。それに俺たちを傷付けていたわけじゃない」
「でも、お小遣いいっぱい貰ってたし、いっぱいワガママ言ったし、サトルの肉まんとか勝手に食べちゃうし」
「家族ってそんなものじゃないのか?まあ、さやかが家族のつもりじゃなかったなら俺は残念だけど」
「え?」
さやかは驚いていた。
「それに」
俺は口にした。
「また会えるよな。これからもまた・・・・・・」
心からの言葉を。
俺は気付かない内に、この姉を好きになっていたようだ。
それが家族愛なのかはわからないが。
「・・・・・・うん、会えるよ。また、会いに行くから」
それから俺たちは手を繋いで映画館へ向かった。
普通の姉弟のように。
おわり
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