人骨は全部で32体発掘されたと作業員が報告をくれた。彼らが何故か置いて行ったガラクタは、納屋の片隅に無造作に放り込まれた。人骨が取り除かれるとすぐに保水層生成重機ガープ・ホージがやってきた。調査は打ち切られ、私たちの誰もがそのことに異を唱えなかった。人骨を気味悪く思う気持ちよりも、保水層生成重機ガープ・ホージの順番を逃さない事の方が重要だった。次を待っていては栽培燃料ジョゴの作付けサイクルが始まってしまう。

 保水層ガープの完成からしばらく私たち家族はがむしゃらに働いた。家族の間ですら会話がなくなった。朝は、昨日の疲れを振り払うことから始めなくてはならず、夜は、眠るためだけに残されていた。人骨の事など思い出す暇もなかった。意識は――肉体の疲労を堪えている以外は――栽培燃料ジョゴ収穫への僅かばかりの期待と不安に揺れた。栽培燃料ジョゴ農業地帯プランテーナへ入植したどの家族も同じ不安を共有していた。入植管理局の繰り返す希望に彩られた説明だけでは、安心を得るどころか不安が募るばかりだった。

 一年目、予定の収穫高を満たす量の栽培燃料ジョゴを私たちは得る事ができた。生産目標が始めから低く設定されていたことを知らない者はいなかったが、それでも農業地帯プランテーナの家族たちは大いに喜んだ。実際に収穫が行われるまで、この不毛な土地に作物が実るなど誰も信じていなかった。

 二年目、土着の病疫が発生し、農業地帯プランテーナの七割以上の作物が死んだ。ヴヴに適した種ではないと御託を並べた役人は全治二ヶ月の怪我を負うことになり、その報復として、疫病の補填額を二割減らされた。

 三年目、収穫高は一年目の八割まで回復した。入植管理局のもたらした外界の農薬がヴヴの病疫をすぐさま駆逐した。農薬の価格が法外だと取引を拒否した農業地帯プランテーナの一家族が首を吊って死んだ。彼らが今期に収穫できた栽培燃料ジョゴは両の手のひらにも満たなかった。入植管理局による補填が行われるはずもなく、彼らは追加の借り入れよりも死を選んだ。彼らの農場プラントはすぐに新たな入植家族で埋まった。

 四年目、収穫高が前年の180%を記録すると、私たちはようやく希望を見出すことができた。ヴヴへの入植希望者は年々増えているらしく、輸送機に充填する栽培燃料ジョゴの需要も増していた。

 五年目、ようやく生活に余暇を見出すことができた。それは、驚くべき発見だった。最近では、家族の食卓で笑いが起こることも珍しくない。

 人骨の王を飾ったガラクタは、とっくの昔に処分してしまった。それでもなお32の番号札は、依然として納屋の入口に掛けられていた。私は毎朝、番号札が揺れる様を見つめた。それが持ち主の首に掛かっていた時には気がつかなかったが、番号札の裏面にはオゼルと小さな文字で焼き印が入れられていた。持ち主の名前にしては、その記述はシステマチックであるように感じられた。

 発掘された人骨について入植管理局は一切の説明を寄越さなかった。最初こそ不気味に感じていたが、私たちはすぐに人骨のことを忘れた。他の農地で人骨が出たという話も聞かなかった。もっとも、手持ち無沙汰にシャベルで土をさらわなければ、人骨が見つかることもなかっただろう。保水層生成重機ガープ・ホージは大地を根こそぎえぐり、粉砕し、新たな保水層ガープを作り出す。例えこの地に千の骨が埋まっていようとも、保水層生成重機ガープ・ホージが動いた翌日には、私たちはその存在に気がつくことなく新しい大地を踏みしめている。

 しかし私はその存在に気がついてしまった。

 夜、眠れずに、刻々と色の変化するヴヴのパラノイアじみた月明かりを寝室に招き入れる時、栽培燃料ジョゴの畑の下に埋まる人骨のことを思い返した。それは冴えた夢に似て、確かな現実として振る舞いながら次の瞬間には幻となって消えた。月明かりの下でなら、私はいつでも渇いた大地の上に立ち、人骨の王を見下ろすことができた。私は人骨の王を前にして、一言も言葉を発さなかった。彼も――あるいは彼女も――また、無言だった。

 

 ヴヴの市街を訪れるのは久しぶりだった。ヴヴと農業地帯プランテーナの間に出来た巨大複合入植企業コングロマリットの拠点が生活物資の販路を確立して以来、ヴヴの市街を訪れる用はめっきり減っていた。

 旧統治局のアーカイブは実にお粗末なもので、第一次入植時の記録は意図的に削除されたと思われるほど綺麗に失われていた。受付の女は数年前に一度訪れたきりの私をまだ覚えていて、端末ポータルを自由にいじらせる代わりに、延々と世間話を続けた。最近では、ヴヴ人の浮浪者しか話し相手がいないのだと、ニヤつきながらつばを吐き捨てた。

 図書館の書架を占めるのは入植者が持ち込んだ書物ばかりで、ヴヴの歴史に通ずる資料など見つかるはずがなかった。書架の片隅で埃をかぶったヴヴ語の書物は、お飾り程度の意味しか持たないのだとヴヴ語を読めない図書館員は苦笑いしていた。

 博物館には、入植の歴史を実際以上に華々しく描いた展示物が並ぶばかりで、ヴヴの歴史に関してはパネル一、二枚の説明で終わっていた。学芸員は私の目的を聞くと、まだ生きている古い世代に聞くのが良いとアドバイスをくれたが、そのような人物がどこにいるのかを示すことはできなかった。

 私は途方に暮れつつあった。再び旧統治局を訪れると「生きながら棺桶に寝そべる死に損ない共がいるだろう」と女が助言をくれた。その見返りとして要求されたタバコ代を私は言い値で支払った。

 老齢者保護施設クレードルの担当官は、話を聞くだけ無駄だと私に強く念押した。

 「すべての記憶が覚束ないんだ。過去も未来も、今でさえ、あの連中はごちゃごちゃに混ぜ込んでしまう」担当官は皮肉めいた笑みを浮かべた。

 大部屋に雑然と並べられた老人たちの目はうつろだった。動きが少なく、定期的に目を開いて瞬くとか、うわごとを呟くとか、職員が通りかかると手を動かすとか、その程度だった。体のそこかしこに接続されたチューブを指して、食事と投薬の手間が省けて良いと担当官は自慢げに語った。

 「栄養剤にドラッグを混ぜてある。供給を止めると発狂するからしょうがない」

 「誰かまともに話せる人はいないの?」

 「まともな者から競うように死んでいく。あんたの探している古い世代の人間ほどそうだ。死にかけの者で良ければ紹介できるが、その代わり目覚める保証はない。散々待たされたあげく、気がついたら死んでいた、何てことだってありえる」

 私は、一向に構わないと答えた。

 その老人が目を開くまで二時間以上待った。

 生存を保証する機械の唸り以外、ほとんど何の音も聞こえなかった。私は声を出すのに苦労した。無音が、私に染みついたようだった。

 「昔のことをお聞きしたいんです。この施設に暮らす方は第一次入植者の最初の子供だと聞いています」

 老人は目玉だけを動かして私を見た。垂れ下がる皺の下から、弱々しい眼光が覗いた。老人は百を越して見えるほど年老いて見えた。第一次入植者の子供であるならば、七十もいっていないはずだ。

 「ヴヴの歴史を知りたいんです。どんな些細なことでも良いので覚えている事を話して下さいませんか?」

 老人の口から唾液が流れた。いくら待っても言葉は出てこなかった。

 私は質問を続けたが、老人は頑として口を開かなかった。薬漬けの状態が長く続いたせいで、言葉すら失われたのかもしれない。

 「これをご存じですか?」私は質問の終わりに32と書かれた番号札を取り出した。

 老人は目を見開いた。奇妙な色合いに色づいた眼球の濁りに、生理的嫌悪を覚えずにいられなかった。

 「オゼル」と老人は口元をまごつかせた。

 「オゼル?」

 「オゼルの呪い。悪魔。血……」

 「オゼルのことを知っているのね。オゼルとは何?悪魔とは?」

 「俺は何も悪くない。悪いのは親たちだ。俺は犠牲者だ」老人は突然息をぐっと吸いこんだが、口を大きく開けたまま動きを止めてしまった。老人を見張る機械がアラートを上げた。

 「咳き込む力がないんだ」と駆けつけた担当官は小馬鹿にするように老人の頬を叩いた。

 その場を辞そうと立ち上がると、担当官は眉をひそめた。

 「もう話は済んだのかい?ログを見たが、こいつが起きたのはつい先ほどのことじゃないか」

 目玉だけを動かし老人は再び私を見た。体が小刻みに震えている。「オゼル」ともう一度口を動かした気がしたが、泡だった唾液が流れ出ただけだった。

 「聞きたいことを聞けましたから」

 私は足早に施設を後にした。ヴヴの市街を離れてからも老人の匂いが衣類に染みついた感覚が消えなかった。

 

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