第12話

 彼女の死から一ヶ月が過ぎた。


 資金の使途に明確な不正は認められなかったとされ。

 不倫の憶測記事がそれ以上追求されることはなく。


 死した彼女は再び聖女に祭り上げられ。

 誰もが他人にその責任を転嫁した。


「やはりネット上の情報というものは不正確で危険だと思うんですね。感情的な声を際限なく増幅する、そういったネット特有の性質、彼女はその被害者かも知れません」

 自分達も嬉々として憶測を振りまいていたTVは、ここぞとばかりに自分達の発する情報の正確さと信頼性をアピールしていた。


「やっぱマスゴミだな」

「自分達が煽ったんじゃねーか」

 ネットの人々は。

 自分達を不正確な情報によって焚き付けられた被害者と定義し。


「彼女の死を無駄にせず、私たちは進んでいきます」

 彼女を使い捨てにした改憲の党議員達は、そう言って涙を流した。


 混乱の中、誰があの缶を投げたのか。それは謎のままとされ。

「判明したとしても罪に問うのは難しいでしょうね」

 評論家は涼しげにそう語った。

 混乱と興奮の中、「皆」がやったことだから、と。


 何もかもが有耶無耶にされ。

 嘘と忘却が降り積もり、全てを覆い隠していく。



 僕は独り部屋の中。

 世界の全てを呪っていた。

 政治家を、マスコミを、群衆を。

 そして、何も出来なかった自分を。 


 あの日。あんなメッセージを送っていなければ。

 どこかで彼女の行く道を変えていれば。

 彼女を引き留めていれば。


 あるいは。

 あの瞬間。もし彼女の隣に立っていたのなら。


 唯それだけで、彼女が死ぬことは無かったのに。


 なぜ僕は何もせず。

 全てを放置してこの部屋の中に座り込んでいたのか。


 暗く、湿って饐えた部屋。

 絶望の中。膝を抱え。

 全てを呪いながら僕は泣いた。


 泣き続けることしか、出来なかった。



fin

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