第11話

 会場には幾つものライブカメラが設置されていた。

 秋葉原の駅近く。本来何の関係も無いのだが、彼女たちがネットを中心に選挙を戦ったという連想から、その場は選ばれたらしい。

 

 付近は黒山の人だかりだった。

 カメラには殺気だってプラカードや垂れ幕を掲げる集団が映し出されていた。

「国民を欺いた改憲の党を許すな!」

「不明瞭な資金収支の徹底解明を!!」


 街頭宣伝車を包む人々の姿は、僕に中世の処刑台を連想させた。

 ネット中継の画面に、視聴者の無責任な書き込みが上書きされていく。

「ファンだったのに」

「↑あんな売女がいいのかよ」

「どんな言い訳するのか期待」

「顔は悪くないよな」

「でも悪党」

「なに? まだファンやってんの?」

「コロ セ コロ セ コロ セ」

 読むに堪えない罵詈雑言がそれに続いていく。


 なぜだ?

 僕はその風景に慄然とする。

 党の方針転換を決めたのは彼女では無い。

 だが彼女だったとしてもそれが何だと言うのか。


 従来の方針を変えた政党は幾つもあったじゃないか。

 不信任案に賛成するはずだった議員達。

 風見鶏のように裏切った彼らは、口を拭って涼しい顔をしている。

 なのになぜ彼女だけが。


 不倫?

 それは確かに非難される余地のある行為かも知れないが。

 彼女が例え本当にそれをやっていたとしても。

 それがこれまでの政治的な主張とどう関係すると言うのか。

 彼女がなんの嘘をついたと言うのか。


「ふざけるな」

 僕はそう呟いた。

 何を言っていやがる。

 彼女は誰と付き合っているともいないとも。

 そんなこと、一度だって語ったことは無いのに。


 だが僕の見る会場で。

 そしてネット上で。

 自分たちは傷つけられた。騙された。

 だからそれを償えという声が、どす黒く渦巻いていた。



 時間が訪れて。

 設置された街頭宣伝車の上に彼女が立った。

 ブーイングと怒りの声が飛び交う中、マイクを持つ。

「このたび私たちの党について様々な報道がなされ、皆様にご不安をお掛けしていることを、まずはお詫びします」

 謝罪から始めるしかないよね。

 そう語った打ち合わせ通り、彼女は演説を開始する。

 彼女は以前と同じように。

 物腰こそ柔らかいが、あくまでも毅然とした態度で。


 だが、群衆は何も話を聞こうとはせず。

 彼らの立てるがなり声が、彼女の言葉を掻き消そうとする。


 二人で必死に考えた演説は。

 誰にも届かないまま、人々が上げる叫びの中に飲み込まれていった。


「謝れ!」

「そうだ、謝罪しろ!!」


 いつしかそんな声が湧き上がり。

「あーやまれっ! あーやまれっ!」

 自然発生的なコールが広がっていく。


 自らの前に広がる悪意の海。

 恐怖無しに見ることなど不可能な、暗く深い影。


 だけど。

 それでも彼女は立ち向かった。

 立ち向かってしまった。


「謝りませんっ!!」


 コールとコールの間を縫って。

 その声は会場に響いた。

 一瞬だけ、全てが静まりかえる。


「いろいろあったけど、私たちの、私の主張してきたことは間違っていない。今でも、そう思っています!」


 今度こそ決定的な怒号が広がった。

 会場では、意味のある言葉もう何も聞こえない。

「ナニ言ってやがるこいつ」

「ふっざけーーーんな!!」

「コ ロ セ」

 ネット上の書き込みで、画面が見えなくなる。


 このままでは放送にならない。そう判断した放送側が、直接彼女のマイクから音を拾い始めた。急に彼女の声がクリアになる。


「お願いです。話を聞いてください」

 会場の叫びは静まらない。

「力ずくで黙らせようとしないで! 私たちはいつだって話しあうことが大切で」

 多分、その声は届いていなかっただろう。

 だがその仕草に反応して群衆の一部が動き出し、街宣車に近づいていく。


 警備についた警官隊が前に進み壁を作る。

 接近を防ごうとしたその動きが、更に群衆を刺激してしまった。


 車に向かって物が投げられ始める。

 それでもまだ、彼女はマイクを握っていた。

「お願い!」

 何の力も持たない言葉が空しく響く。


 そして次の瞬間。

 彼女のこめかみに、中身が入ったままのビール缶が当たった。

「あっ・・・・・・」

 間の抜けた声がマイク越しに響き。

 彼女はぐらりと体勢を崩した。


 バランスを取ろうと手すりに伸ばした手が空を切った。

 そしてその小さな身体が落下する。


 壁を作る警官隊と街宣車の狭間に。


 悲鳴と興奮の声。そして。

「落ちた!」

「オイオイ、アイツ死んだわ」

「すげーっ!」

「ザマーミロ!」

 残酷な文字が、画面を埋め尽くしていった。


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