第9話

 またしても彼女たちの作戦は当たった。

 過熱気味であった注目。そして報道の量。

 それに対し「国政選挙の論点は様々ですから。私たちの話題ばかりではなく、他に議論すべき問題も考えてくださいね~」そう呼びかけ、一時姿を消したのだ。


 それは選挙というモノが何かという哲学を失ったまま。「選挙報道」という名目で単に視聴率を追いかけるマスコミへの皮肉であると共に。

 人々が漠然と感じていた違和感への答えでもあった。


 だからその呼びかけは、むしろ彼女たちの評価を高めた。

 自分たちの議席を確保することに汲々とするのでは無く、この国の将来を真剣に考えているというイメージを振りまくことで。


 選挙終盤で報道から身を隠し、失点を防ぐ守りの態勢を取りながら、それを気づかせぬ見事な策略。

 繰り返しになるが。

 当時の選挙参謀は、本当に優秀だったのだろう。


 彼女はすっかりゲームに姿を見せなくなっていたけれど。

 僕は「投票したよ」とメッセージを送っておいた。

 結局、何度も迷った挙げ句。

 駅前の期日前投票所に。終了時間ぎりぎりに混ざり込んで。

 他人と顔を合わせないよう、下を向きながら投票用紙を箱に入れた。


 選挙当日の夜。

 流れる速報は与党の実質的敗北を告げていた。

 しかし、僕の興味はそこにはない。

 やきもきしながら見ていたが、案ずるまでも無かった。

 早い段階で改憲の党、その三人に当選確実の報が流れる。

「やったね。おめでとう!」

 返事は遅れるだろうと思っていたけれど。

 数時間後、あっさりと「やったぜ!」の返信が戻る。


 だけど、それだけだった。

 たった一言のメッセージだけ。

 彼女はゲームには現れず、その一言だけで去って行った。


 もちろん、彼女の状況は分かっているつもりだったけれど。

 なんだかそれは、一言の返事も返ってこないよりずっと。

 僕を孤独な気分にさせた。



 選挙が終わった後。

 当たり前のように、改憲の党の三人は政治家となり。

 メディアに登場するのは、徐々に彼らの役割となっていった。


「そうですね。一つのキャスティングボードを握る存在として」

「各党の垣根を取り払った勉強会を」

「与野党のバランスが危うい現状では、出来ることも多いと思っています」


 やたらと真面目に話される内容はあまりにもマトモで、あの選挙の高揚とは違ったものに変化しており。なんだか騙されたような気分になる。

 興味もないままに、僕は彼らの語る話を聞き流していた。

「近いうちに、支援してくれた方々への感謝を述べる場を設けたいと思います」

 


 悲鳴と共に敵が倒れる。

 僕は周辺を警戒し、物陰に隠れてからマガジンをリロード。

 ぎりぎりで間に合った。続いて突入してくる二人を三点バーストでなぎ倒す。

 だが、三人目に照準を合わせようとした時。

 画面が乱れ、PCが一瞬止まる。


 僕のキャラが撃たれて転がるシーンがリプレイされた。

 苛立たしげに舌打ち。

 脳はほぼ空っぽのまま、僕は機械的に次の武器とキャラクターを選択していた。

 今が何時なのかも分からない。少なくとも、日は暮れているだろう。


 選挙から一ヶ月近くが経過していた。

 彼女はまだ、ゲームに現れない。


 忙しいのは知っている。

 主要メディアの露出が減った代わりに、彼女は各地で支持者に対する講演などを受け持っているらしい。

 だけど、そのスケジュールをずっと眺めても僕には意味が無い。

 なんだか嫌になって、ホームページにアクセスするのも止めてしまった。


 自分を包む感情がなんなのか、理解も出来ないまま。

 僕はゾンビのようにマウスを動かし、ボタンをクリックし続ける。


 会心のヘッドショットを決めた瞬間。右下のウィンドウに、プレイヤーがオンラインになったことを示す青い色がついた。


 僕は反射的にエスケープボタンを押す。プレイ中の離脱はレーティングが低下するとの警告を無視してそのままログアウト。


 右下のウィンドウを最大化。

 だが、自分から動き出すことは出来ず。

 ぐずぐずと画面を見つめていると、やがて彼女からのメッセージが届いた。


「久しぶり。今、オンになってる?」

 僕は長い息を吐いた。最初になんと言おうか色々と考えてはいたのだが、そんなものは全て頭から消えていた。

「うん。居るよ」

「ごめんね。ずっと忙しくて」

 

 胸につかえていた何かが消えていく。

 我ながら、なんて単純なんだろうと呆れながら。


「何かあったの?」

 僕に見えているのは、メッセージウィンドウの文字だけだ。

 それでも、彼女の様子が普段と違うと、何故か直ぐに分かった。

「うん。ちょっと話しても良い?」

 そして彼女は選挙後の日々を語り出した。


 選挙の後、彼女は各地の支援者と交流する仕事を与えられた。

 今後の党の支持層、その中核を育てるためと言われてのことだったという。

 最初は頑張ってそれを進めていたが、地方都市を回る彼女へのサポートは徐々に減っていき。それに反して彼女の負担はどんどんと重いものになっていった。


「それは仕方ないって思ってたんだ。皆忙しいんだし。だけど」

 クラウドファンディングは順調のはずなのに、予算やスタッフが削減されていくのはおかしい。彼女がそう言っても聞き入れては貰えなかった。

 組織が拡大中の今、資金を投入する分野は無数にあるのだと。


 何かおかしいと感じていく中で、それは起きた。


「内閣不信任案が出されそうなんだって」

 選挙での敗北以後、首相の求心力は低下していた。

 議席が減少する中、与党の一部が離反する動きが始まる。


 与野党の数が拮抗する中。

 改憲の党の三議席が大きな意味を持つ可能性が見えてきたのだ。

 それは彼らにとって大きなチャンスであると同時に、危険な賭でもあった。


「うちの党、結構名前売れたじゃない。だから、協力するならそれなりのポストを用意するっていう話になっているみたいなんだけど」

 しかしそれは支持者を裏切ることでもある。

 改憲の党に投票した人々は、むしろ与党支持者の側にこそ多いのだ。

 しかも、彼らはこれまで中立を宣言していた。

 その約束を反故にして政治的な地位を求めるとすれば、党方針の大転換だ。


「中でも意見が割れてるの。三人のうち一人は、元々今の与党が大嫌いだし。だけど私は反対。今まで言ってきたこと、話してきたコトがみんな嘘になっちゃうじゃない」


 だが、彼女の意見は無視された。

 話し合いの結果で用いられなかったのならば仕方ない。それならば納得もできると彼女は言った。

 しかし彼女は。

 話し合いの場に参加することを認められなかったのだ。


「なんでこんなことになっちゃったんだろう。皆、仲良くやっていたのに」


 断言するが。

 彼女は感受性の低い人間では無かった。

 知性においても他人に劣るところなど無かった。

 少なくとも僕なんかよりはずっと上の存在だった。


 だから、もう既に分かっていたのだろう。

 ただ、理解したくなかったのだ。

 彼女が彼らの潜在的な敵となってしまったことに。


 傍から見ている僕には、余りにも簡単に分かることだった。 

 選挙中、彼女の人気は絶大だった。

 もし数年後。被選挙権を得る年齢になったら。

 本当に彼女が改憲の党のリーダーとなりかねない。


 本来、党を立ち上げたのは政治家となった三人だ。

 年齢も経験も、知識も、実際の行動力においても自分達の方が遙かに上なのに。

 ただのお飾りでしかなかった女の子が党のリーダーと目されていく。

 それは、彼らにとって許されることでは無かったのだろう。


 そう。

 人間はただ自分が負けるかも知れないというだけで、相手を深く憎むことのできる生き物なのだ。


 不器用に僕は、彼女の話を聞いた。偽りの希望を与えて慰めることも、真実を告げて彼女を傷つけることも出来ずに。


 何時間そうして彼女と話をしていただろう。

 やがて彼女が、驚いた様子で告げる。

「ニュースっ! 見て!!」

 何が起こったのか分からぬまま、僕は言われたとおりサイトにアクセスする。


 そこにあった速報記事のタイトル。

「改憲の党。野党連合への参加で合意」

 動画がスタートし、女性アナが原稿を読み上げる。

「政局が動く中、注目の改憲の党が旗幟を鮮明にしました。果たして、政界の台風の目に踊り出ることが出来るのでしょうか」

 マイクと録音機を向けられた男性が映される。

「日本の政治を変化させるべき時なのだと思います。だとすれば、中立のままで良いのかという疑問が芽生えました。これまで支持してくれた方には感謝を述べつつ、彼らの期待にこれからも応えることを約束したいと思います」


「なんで?」

 彼女の嘆きに、僕は何も返すことが出来ない。

「私、何も聞いていないのに・・・・・・」


 何が起きているのか。何が起きようとしているのか。

 全てが分かっているのに、僕はただ無力だった。


「ごめん、ちょっと確認してくる」

 駄目だ。僕はそう言いたかった。

「話を聞かないと」

 行ってもどうにもならない。もっと深く傷つくだけだと。

 僕はそのことを知っていた。


 でも。

 僕には彼女の腕を取って止めることは出来ない。


 彼女が消えた画面を、僕はじっと見つめる。

 聴き慣れた、始まりの街のBGMに包まれたまま。

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