第8話

 選挙シーズンが大詰めを迎えようとする頃。

 すっかりご無沙汰となったゲームに、彼女がログオンしてきた。

 嬉しさと同時に、心配の言葉が口をつく。

「久しぶり。でも、ゲームなんかやってていいの?」

「久しぶり~ ちょっと息抜き」


 それに、と彼女は答えた。しばらくメディアの露出は控える予定なのだと。

「もうあんまり出過ぎるな、って言われたの」

「なんで?」

「ボロが出ると困るから」


 急速に高まった人気は、同じように激しく失われ易い。

 今の様子なら、議席三つは安全圏内。

「だったら、むしろこのままトラブル無く進行したほうが良いんだって。出来ることなら、このまま選挙の日まで雲隠れしたいぐらいだって言ってたよ」


 この辺りの感覚について。

 彼女たちは本当に選挙という物を理解していたし、従来の失敗例からも深く学んでいたと言わざるを得ない。


 もっと多く、より多く。

 マスコミの注目を引きつけるために、次々と新しく、過激な発言を続け。

 限界点を超えてしまい、最後の勝利を失った政治家達は決して少なくないのだ。


 だけど。

「他の政治家が聞いたら、怒り出しそうだね」

 まるでテスト前で、本当に勉強をしない秀才の発言みたいだと僕は言った。

「そうだね~」

 そう言って彼女のキャラが笑う。


 これもまた少数政党の強みだった。

 一般的な政党は、一人でも多く当選させたいと望み。

 また、その努力をしなければ内部からの離反を招く。


 登れぬ頂を目指して転落した敗北者達。

 彼らの行動にも、またそれなりの理由があるのだ。

 全員が当選を期待できる状態となり、これ以上メディアへの露出は不要。彼女たちにとって正しいそんな判断は、通常の政治家にとっては全くの非常識だ。


「投票には行くよ」

 僕はそう言った。

「ホントに? ありがとう」

 彼女が無意識に告げたその言葉に、僕はカチンと来る。

「当たり前じゃんか。疑うのかよ」


 理不尽な僕の怒りを彼女は受け止めてくれた。

「ごめんね。嬉しいよ。ありがと」


 多分それは。意趣返しなどでは無かったと思う。

 彼女はただ、純粋に。


「じゃあさ。今度、ちょっと手伝いに来てよ。いきなり色々やることも増えたから、人手は欲しいんだって」


 今でも思う。

 なぜ僕は、彼女の差し伸べた手を握り返さなかったのかと。


 だけど。現実では。

 僕の頭は真っ白になり。


「ごめん」

 いつの間にか、画面にはそんな文字が表示されていた。


「そっか、残念~」


 そこから後は会話にならず。

 今日はもう落ちるね。そう言って彼女はゲームからログアウトした。


 独りになった僕は。自分の世界を見渡した。

 散らかった、もう何年も掃除していない部屋。

 廊下から聞こえる物音。

 放置した食器を母親が片付ける音。


 すっかり暗くなってから。

 僕は玄関へと向かった。

 両親は息を潜めて、僕の動きを伺っている。


 ちょっと出かけてくる。

 昔はあんなに気軽に言えたその一言を口にできないまま。

 僕は深夜の町に足を踏み出した。


 誰も居ない道を進むと。

 やがて選挙の会場となる学校が見えてきた。


 彼女と共に過ごした中学校。

 

 行けるんだろうか、あそこに。

 同級生や、近所の人たちだって来るかも知れないのに。

 今更。


 やってみせるさ。

 それでも僕は。

 なんとか、そう呟いた。

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