第7話
新戦術。言ってしまえば彼女たちが行ったのはそれだった。
これまで得票のために見栄えのよいキャラクターを利用すること、タレントやスポーツ選手などの有名人を起用するのはごく一般的な手法だった。
ネットでの選挙活動も。排外主義や極端な左派政策など、エッジの利いた主張で特定の支持者層を取り込む手法も。改憲という政治的テーマも。
だが、こういった形でそれを組み合わせたのは彼女たちが初めてだった。
その鮮やかさが支持を産み、支持が強まることが更なる勝利を呼び込む。
平成後期以降。
大規模選挙で圧勝した例には、共通のパターンがある。
それはスパイラル効果によって自己イメージを際限なく増大させる手法だ。
直感的に感じられる「正しさ」。
一度それを身に纏ってしまえば、後は区々たる議論の中身など関係ない。
人々は正しい側を応援し、正しい側の欠点に目を瞑り、間違った側を非難し。
そして「正しい側」の勝利を宣言する。
例えどんなことが起ころうとも、最初から決まった勝利者へ栄冠を与えようと、最大限の支持をしてくれるのだ。
彼女たちは、その勝ちパターンに入り込んでいるようだった。
ゲームの世界でも時折こういった状況が発生する。
今までありふれた存在でしかなかった職業やスキルが決定的なコンボを形成することが発見され、フィールドを席巻してしまうことが。
もちろんそれは対抗策が編み出され、ゲームシステムに調整が加えられるまでの短い期間だけだ。しかしそれまでは、無敵の強さを発揮することが出来る。
批判する声も小さくはなかったが、彼女らは怯まなかった。
どのような時代であれ、自分たちの憲法がどうあるべきか考えること、そしてそのための議論をすることは無駄では無いと彼女たちは主張した。
憲法第九条の意義と理念を延々と難しい言葉で語る相手に対しては。
「おっしゃっていることが分かりません」
そう言い放った。
「私に分からないぐらいですから、視聴者の方々に話が伝わったとは思えません」
そしてこう続ける。
「憲法について深い知識があるのならば、今の憲法が持つ欠点を修正した案を示し、その内容を人々に分かりやすく伝えるべきなのではありませんか? それが、専門家という人々の成すべき役割だと思います。難しい言葉で煙に巻いて、何の意味がありますか?」
憲法を時代に合わせるために、必ずしも改憲は必要ではないという意見には。
「それは国民が憲法を改正するよりも、時の政権が解釈を変えるやり方が正しい。そう言っているも同然です」
そして歴代の「憲法解釈」による変遷を並べて見せた。
「政府見解なんてもので、憲法の根幹が修正されるのは問題です。ですがそこで考えなければいけないのは、国民の多くがそれを許容している事実だと思います。それは考えが足りないから? 政治に興味が無いから? 情報が不足しているから? 私は違うと思います。改憲が決して不可能な状況では、そうしなければ現実の世界情勢に対応できない。国民の多くは冷静に、そう判断しているんです」
そのような恣意的な変更を常態にさせてしまったのは、改憲の議論、そのスタートすら拒否する政治勢力のせいだと彼女は論じる。
「改憲が不可能なままでは、このまま永遠に『解釈の変更』による対応を続けることになる。それは却って危険です。本来のやり方に立ち戻るべき。今すぐは無理でも、それを目指すべきではないでしょうか」
感情的な判断で国の根幹が歪められてしまう。そんな懸念も出された。
「これから、子ども達に教育をしましょう。誤った選択をしないために、それをする時間を十分に取って。そして各政党、あるいは政治家個人が自ら考える改憲案を示せば、それが自らの政治的スタンスを雄弁に語ってくれます。国民の多くが支持する方針を打ち出せる政治勢力は、選挙においても有利になる筈です」
そしてこう付け加える。
「失礼ですけど。まさか、あなた方の党が改憲案を出しても、それは国民の支持を得られるないと、そうおっしゃるのですか?」
ただ話しあおうというだけでは、論点にもなっていない。そんな話題だけで国政を語るのはおかしいとの主張もあった。
「だとしたらなぜ今まで誰もそれを言い出さず、行動もしなかったのでしょうか」
自信を持って彼女は語る。
「選挙において何を論点とするのは自由ですし、その是非を決定する権利は国民の側にあります。人々が私たちの主張を必要だと考えれば当選しますし、そうでなければ落選する。ただそれだけです。その前に政治家が要・不要を判断するのはおかしいと思います」
挑発的な言葉も交えながら、やはり彼女たちは直接対決の時、決して最後のラインを踏み越えないように注意を払っていた。
従来通り、各党が持つ政治的主張、その中身は決して非難せず。ただその主張のままに改憲案を示して欲しいと語り続ける。
「各党がこの議論に参加し、それぞれが改憲案を提示することに賛同する。それがまずは私たちの党の目標であり、それを目指して行動しています。各党がマニフェストに改憲案を載せ、言わば国会の総意として改憲の意思を示す。それにご協力いただければ幸いだと考えています」
一緒になって話しあい、考えよう。
民主主義にとっての聖なる言葉を唱えながら。
空っぽの主張に無限の可能性を載せて。
彼女たちは進軍してゆく。
「完全に論破しちゃ駄目なんだって」
そう彼女は言った。
「私たちは他の党に同意させることが目的だから。叩きのめすんじゃなくて、こっちの言うとおりにした方が得だと納得させないと。それにこっちがあくまでも融和的に対話を求めているのに。相手がキレまくっていたら、印象悪いでしょ~ それは選挙に対して非常にマイナスだから、相手から折れる可能性が高いだろうって」
有名になるに従って資金も順調に集まり始め。
それを利用してさらなる一手を打つ。
彼女たちの計画は功を奏し、全てがプラスの方向に回り始めていた。
やがて、一部の党で彼女たちの主張を取り込む事で防衛しようという動きが始まった。
元々改憲案を有している与党、そして野党の一部にも。
残念ながらそれに伴って。僕が彼女と「会える」時間は減っていったのだけど。
元々、国民の多くがいつか解決すべきと感じていた話題だ。
同時にどこかモヤモヤしていて、影のある、触れたくない話題でもある。
彼女達はそれをストレートに、明るく、正面から語って見せた。
ある意味、彼女たちは無責任な解決策を提示したとも言えるだろう。
三十年後。それだけ時間があるのならば、状況はどう変わるか分からない。
今議席に座っている人たちは、そのほとんどが引退している筈だ。
その日までの間、賛成派は「改憲を決定づけた」と主張でき、反対派は「自分たちの世代での改憲を阻止した」と主張することができる。
だとしたら強固に反対して批判を食らうよりは、とりあえず同意の姿勢を見せてこの選挙を乗り切った方がいい。そんな計算が働いてもおかしくはなかった。
徐々に変化していく姿勢。
彼女たちの主張が受け入れられ始めたという点で、それは成功だったけれど。
だけど僕は、その背後にある敵意を感じ取っていた。
イメージという実態の無い怪物が際限なく膨らんで行くとき。
人がそれに立ち向かうのは困難だ。
彼女たちが行ったのは一種のチートで。
だからこそ、人々の敵意を招かずには居られない。
人間はただ自分が負けたというだけで、相手を深く憎む生き物なのだ。
「こんなこと言ったら、怒られるかも知れないけどさ」
ある日、僕はそう聞いてみた。
「話し合いで物事を解決しようって、正しいと思われているけど」
それを言ってしまえば彼女に嫌われるかも知れない。
そう思いつつ、僕の指はキーボードの上を走る。
「本当にそんなこと、出来るのかな」
子どもに対する体罰は禁止です。それは良い。
だけど僕にとって理解できないのは。
子どもに体罰を繰り返す大人にどう対応するかという話になると、警察を呼んで逮捕するとか、刑務所に入れるとか。そういう解決方法しか存在しない現実だ。
子どもが子どもに暴力を振るったら?
暴力を振るった子どもには丁寧にお話をして、行動を改めさせるそうだ。
僕は大人というものは分別がついて理性的な行動が取れる人間のことだと思っていたのだが、世の中の常識においては話し聞かせて行動を改めることができるのは子どもだけで、どうも大人がそれを行うのはとても難しいことらしい。
だけど、それって。
結局は嘘ってことじゃないか。
大人だろうが子どもだろうが。
人間は結局、言葉だけでは動かない。
それがこの世界の現実だ。
僕の問いに、彼女は暫し沈黙する。
そして。
「本当はね、私も自分の言っていることを全部信じている訳じゃ無いんだ」
彼女の言葉は、優しかった。
「話し合ってもわかり合えない人なんて、どこにでもいるじゃ無い。大人はさ、自分たち自身が話し合いで物事を決められず、すぐ実力行使を始めるのに。なぜだか他人に対しては話し合いが重要だとか言って」
他国との対話。その重要性を主張する政治家は、なぜか自国の首相と話し合って問題を解決することができない。愛と世界平和を歌うアーティスト達は。なぜか決まってバンドのメンバーと喧嘩する。
使い古されたジョークで、彼女は僕を笑わせようとする。
「でもさ。確かに話し合いを求めても無駄になることはあるけど。だけど話し合いで解決できるようになることもあって。試さずに諦めたらその可能性すら無くなっちゃうでしょ。失敗を承知で可能性に賭けるのも、やっぱり大切なんだと思う」
うん、そうだね。
そう答えながら自分の内面に沈む僕に。
彼女はとっておきのネタを出してくれた。
「そういえばさ~ 大人はウソつきって話だけど」
「なに?」
「私たち、結構順調に行ってるっぽいじゃない?」
うん。かなり良い感じだと思う。そう僕は言った。
このまま行けば、想定よりもずっと多い支持を得られるかも知れないね、と。
「そしたらこの間の会合でさ。『これだけ票が取れそうなら、もっと候補者を増やしておけば良かった』とか言い出して」
僕はくすりと笑う。
「なんか言ってること、違わくない?」
「そーゆーことはしたくないし、趣旨にも反してるって自分で言ってたんだよ~ それなのに。どゆこと?」
「まったく。大人は信用できないね」
そう言って、僕たちは笑った。
愚かな僕たちは、その事実が示す意味も考えず。
まるで無関係な第三者みたいに。
笑いながら大人達を批評していた。
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