第6話

 番組の中継はあちこちで話題になり。


 そして、彼女たちの快進撃が始まった。


 過去を持たない存在である彼女たちは、既成政党のように守るべきものがない。

 前述のように、従来の政党はこの話題に関して長い経緯を持ち。

 内部の分裂を防ぐために迂闊な事は言えず。

 そして少なからず矛盾した言動、その記録の数々がある。


 彼女は唯それを突いていけば良かった。

 新人だけが持つ特権として。防御を考えず、攻撃だけに集中して。


 そして、議論に強い若い女性はとにかく見栄えが良い。絵になるのだ。

 温厚に、ユーモアさえ交えて話す彼女に対し、討論で劣勢になった老人達がヒステリックな声を張り上げたら最高だ。

 視聴者達は、無条件に彼女の味方をしてくれる。


 もう一つ、彼女たちのやり方が巧妙だった点を挙げておこう。

 それは対立ではなく協調と対話を求めたことだ。


 議論で見事に相手をぶった切ってみせるその印象とは裏腹に。

 その主張は、「あなた方の考えをそのままに、改憲の論議に参加してください」というものだったのだ。

 彼女たちは議論に参加しないという判断を批判したが、相手の思想信条、政治的な立場そのものを否定することは無かった。


 対話と議論の要求。

 それは民主主義におけるマジックワードだ。


 具体的な中身があれば、せめて理由つけて議論を拒否することも出来ただろう。

 しかし生憎、彼女たちの主張は空っぽだった。白紙の意見に対して頭から話し合いを拒否するなど、民主主義自体の否定に等しい。

 少なくとも、理屈の上ではそうなる。

 だから誰もが、彼女の前に道を譲るしかなかった。


 やはり話題の多くは第九条に集中した。

 何度も何度も繰り返される同じ問いかけに、彼女は丁寧に答える。


「私たちは、現在の憲法を尊重しています。そして第九条は、日本に平和をもたらすために大きな働きをした。私たちにとって有益なものだった。それを認めたいと思います」

 ですが、と彼女は言う。

「果たしてこのままで良いのか。そんな疑問を持つ人々も増えている。いずれどこかで、私たちは九条の改憲を必要とするでしょう。今から話し合いだけでも始めておかないと、何か起きたとき議論不十分のまま、なし崩し的に話が進んでしまう可能性が高い。それは全ての人にとって良い結果をもたらさないでしょう」

 だから。

「長い時間をかけて議論をしたい。その準備に参加して貰いたいと願っています」



「最近の国会って、漢字の読み間違いとか、発言の内容を人格的な問題にするって内容ばっかりでしょ」

 すっかり回数の減ったログオンだったが、それでも僕は時々彼女と話をする時間を持つことが出来た。

「そうだね。なんであんな下らないことしているのかって思うよ」

 そんなことばかり繰り返す政治家達は馬鹿に見える。そんな感想を漏らした僕に対し、彼女は異なる視点を教えてくれた。

「だけどあれってね、有権者のせいなんだって」

 

 現在の野党支持者達。

 彼らが野党を支持する最大の理由は「首相の人柄が信頼できない」だ。


 有権者は首相の人柄が信頼出来ないことを問題視している。

 だからその点をアピールするよう意識的に、あるいは無意識に要求してしまう。

 支持者達の希望だ。野党側はそれを無視できない。

 だからなんだかよく分からない「人間として信頼できるか」みたいな話題が中心になってしまい、そして与党も対抗して同じ話をすることになるのだという。


 まったくもって馬鹿馬鹿しい限りだと僕は思う。

 はっきり言ってしまえば。

 与党だろうと野党だろうと、政治家なんてもの自体が信頼できない存在なのに。


「そもそも変でしょ~ 国会って、これからこの国をどうするのか。それを話し合う場なんだよ。なのに人格攻撃や、過去の失敗の追求ばっかり。民主主義って他人との妥協点、合意点を探す制度であって。他者の考えを貶めて排除するものじゃないのに」

 そうだねと同意する僕に、そんなことばかりしているから世の中は政治に失望して行ってしまうのだと彼女は語った。

 だから国会、政治家。

 現在社会において、それら言葉にプラスの印象はないのだと。


「そういう点も改善できないかな~って思ってるんだ。なんだかマイナスの話ばっかりしているから、建設的に未来を語る存在ってイメージを持てるようにしたいんだけどね」


 僕はちょっと気になる点を聞いてみた。

 確かに人格攻撃も良くないのだろうけど。

 過去に失敗した人は、指導者として相応しくないという考え方もある。

 だから、それを問題視するのも当然かも知れないね、と。


「そうかな~ 決めつける必要無いんじゃない?」

 巨人の瞳が僕を見つめる。

「一度失敗したから、次もまた間違うとは限らないよ。私はそう思うケド」

 彼女は、そう言ってくれた。



 戦術、という側面はあるにせよ。

 それでも彼女達は徹底的に同意できる部分を探したものだった。


 徹底的に改憲に拒否する議員に対してはこう言った。

「ではもし現行憲法百周年の記念式典を行うとしたら、参加は出来ますか」


 流石に相手は頷かざるを得ない。

「その点は合意出来るわけですね。では、そこから始めたいと思います」と。

 それに対し、カメラの前で拒否の回答を出来る議員などいるだろうか。

 そしてただそれだけで。

 視聴者は彼女の勝利と判定した。


「凄いね」

 何度目か分からないその感想を僕は漏らした。

「今の時代ってさ、世襲以外で政治家になるなんて不可能に近いのに」


 僕としては賞賛を交えての言葉だったが、彼女はあっさりとそれを否定した。

「うーん。そうでもないらしいよ。議員を目指すだけなら、比例代表制には結構抜け道があって。日本ではそれがあんまり活用されていないだけなんだって」


「どういう意味?」

「日本の選挙制度は小選挙区と比例区の二本立てでしょ。このうち小選挙区は各地域で行われるため、地元との関係が重視されるの」

 日本において主要都市圏以外の自治体は疲弊しきっている。そのため、選挙の勝利に直結するのは経済的なプラス効果だ。個別の特殊な争点が無い限り、その点で結果を出す、あるいは期待を持たせることが絶対条件となる。

「私たちにはそんなの無理だからね~ 比例区だけにしたんだ」


 比例区の選出は日本全国から投票を掻き集め、その数に応じて党ごとの議席を割り振る方式だ。こちらでは、特定地域に対する貢献度はそれほどの差を生まず、国全体に関わる施策、政治思想などの分野で勝負することができる。

 

「でもさ、国会議員って国全体のことを考える立場じゃ無いの? 地元に利権をもたらす人が有利って、なんか変な気もするけど」

 比例区方式だけを使用したほうが正しいようにも思えてくる。

「うん。それもそのとおりなんだけど。地方の意見を国に伝える、っていうのも国会議員の大事な仕事なんだって。国会議員は国全体のことだけ考えれば良いってなったら。米軍基地とか原発とか、特定の地域に負担が掛かる内容について『国家のためだから仕方が無い』って理屈が加速しちゃうでしょ」


 なるほど。


「それでね。比例区方式方だと小規模政党が乱立するのが普通なんだって」

 比例区では国家全体に関する問題に論点を絞ってアピールすることができる。

 そのとき他に無い独自性を主張すれば、底堅い支持を期待できるようになると彼女は言った。


「特定の国が嫌いだとか、戦争に参加すべきだとか、ベーシックインカムや北欧型福祉国家の主張とか。極端な主張は大規模な支持を得られないけど、一定の割合で必ず賛成する人はいる。だから『一人でいいから国会議員を持ちたい』という考え方なら、むしろ当選する確率はかなり高い」


 独自性の高すぎる主張は、それだけでは現実に国家を運営できない。

 だからこそ、党の規模は小さくなければならないという。


「例えば私たちの政党から立候補するのは三人だけ。あんまり議席が多いと、国防とか外交とか福祉とか、色々難しい問題について意見を表明しないといけないでしょ。だけど大した影響力が無いからこそ、そのあたりは曖昧にしても許される。全部棄権しますは流石に言い過ぎだったけど、改憲の問題について専門的に考える議員が三人ぐらいいても、それはそれで認めてくれる人が居ると思うんだよね~」


 そうだなぁ、と僕は答えた。

 政治家達が何をしているのか。彼らの「仕事」が一体なんなのかも知らないし。

 自分の知らないところであれこれやっているのだろうが、見えない部分って評価はしづらい。そう考えると、明確に「この仕事をします」というアピールはなかなか悪くない。


 ああ、そうか。裏方で地道にやっても評価されないっていうのは、多分、政治家の世界でも同じなんだろうな。


「現代社会で有効なのは、一点突破型の戦術なんだって」

 それは日本のみならず、世界的な傾向らしい。

 メインとなる強烈な主張を武器に、論点を明確にして支持基盤を築いていく。

 そして、可能ならばそれ以外の話題については全て沈黙を保つ。


 現代社会は複雑で、誰にも解決出来ない難問ばかりだ。

 そんなとき、解決出来ると主張すれば嘘を見破られ、出来ないと認めれば能力の欠如を問われる。

 沈黙だけが、失点を防ぐ唯一の方法だ。

 その点についても、少数政党は極めて有利だった。

 議員数が多くなれば、目指す目標、アピールすべき対象が拡大してしまう。

 小さいからこそ、内部の意見対立を最小限にし、純粋で単純な政治目標を設置できる。


「私たちの主張は、他の党のそれとも両立できるでしょ。与党でも、野党でも。モチロン、無党派層でも。小選挙区では自分たちの支持する政党に投票しつつ、それでも改憲自体には賛成という意思を示すために比例区で私たちの党に投票する、そんな行動を期待してるの。二票あるんだから、それを別々に使うのって心理的なハードルは低いし」

「どれぐらいが目標なの?」

「比例区の議員数って、大体百七十人だから。六十人に一人が投票してくれれば三議席、なのかな。若い女の子が党首っていうだけで、百人に一人ぐらいは投票してくれそうな気がしない? 純粋に主張に同意してくれる人と合わせれば、勝算はあると思ってる」


 確かに、非現実的な話とも思えない。

 各種の報道で取り上げられている今となっては、尚更だ。


「そこまで行かなくてもさ。はっきり言っちゃえば前評判ゼロだから、議席一つ確保しただけで勝利を主張出来るし。極端な話、全員落選でも他の党が改憲の方針表明をするようになれば行動した価値はあるとは思ってるんだけどね~」

 なるほどなあ。

 彼女たちの目的が「改憲の議論をスタートさせる」ことにあるなら、議席の有無すら問題にはならないということか。

 クエスト達成条件の裏技を聞いたみたいに、僕は感心した。


 別れ際。

 僕はふと、さきほどの話のうち気になった点を聞いてみた。

「だけどさ、そういったやり方が増えていったら。なんだか極端な主張をする人たちばかりが政治家になりそうな気もするけど」


「うん。それも世界的な問題なんだって。過激な主張をする少数政党が乱立して、安定的な政権運営が出来ない国が増えているみたい」

「じゃあ、日本もいずれそうなるのかな」

「うん、多分」

「だけど、それって正しいことなのかな」


 僕の質問に、彼女は少し考え込む。

「そうだね。あんまり良くないかも。だけどそれは未来の話。制度上の問題が広がって駄目そうになったら、また法律変えればいいんじゃないの? 私たちの主張って、そういう内容だし」

「そういうもんかな」

「うん。ウジウジ考えても仕方ないよ。まずは行動。それがきっと、正解だよ」

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