第5話

 彼女が招待を受けたのは、民放で流される公開討論番組だった。

 当初の話とは違い、生放送なのはネット中継のみではあったが、それでもニュースには取り上げられる。

 彼女たちにとって重要な場であることに変わりはなかった。


「選挙シーズンも近づく中、今回はネットで話題の新政党、日本国憲法改憲の党を含めてお話を伺いたいと思っています」


 司会の表現は厳密には正確でなかった。

 法律上、政党とは国会議員が五人以上所属する団体のことを指す。

 しかしまあ、そういった部分は彼らにとって些末な問題だ。

 すんなりと分かりやすい表現、ストレートに響く言葉の方がずっと重要なのだ。


「お若い党首さんですね。最近、ネットで人気だとか」

 見栄えの良い単なるアイドル。そんな意味を言外に込めながら、司会が彼女を紹介する。

「初めまして~」

 彼女はいつものように高いテンションで両手を振った。ネット中継の画面の上に、視聴者のコメントが表示される。

「姫、キタ!」

「結構可愛いな」

「なにこいつ、こんなんでやる気あるの?」


 彼女は次いで、手にしたラップトップを掲げて見せる。

「トチるとヤバいんで、資料見ながらのお話になります。許してね~」

 討論に参加するとき、彼女たちが最初に要求したのがそれだった。

 不正確な回答をしたくないので、資料の持ち込みを、要するにPCの使用を許可して欲しいと局側に頼み込んだのだ。

 ネット主体の番組であることが幸いし、さしたる疑問も無くそれは許可された。

 討論の相手は彼女を中身の無い馬鹿だと侮っていたし、TV局側は若い女性がPCを使いながら語るのがいかにも現代風で、見栄えが良さそうだという計算があったのだろう。


 ネットで名の売れ始めた党をTVしか見ない層に紹介するという意図があるためか、最初の話題は僕たちにとっては聞き飽きた内容から始まった。

 こっちは彼女の動画を何度も見ているのだ。


「そうなんです、目標は三十年後です」

「これからの子ども達を含めて、改憲を進めていく。素晴らしいと思いませんか?」

 だが同時に、番組の思惑も感じずには居られない。

 司会者のトークには、「少女による夢見がちな理想論」というイメージを持たせるような意図が感じられる。


「しかし、あまり未来の話をしても現実感が無いとは思いますね。それに現在の状況を考えれば、そんな先に改憲の時期を設定するのはなんとも遅すぎる」

 まずは与党系の議員が口火を切った。

「ええ。でも、近い将来に期限を設定しても共感は得られないでしょう? まずは議論をスタートさせることだと思うんです。だとしたら多くの人がごく自然に受け入れられる、そんな期限設定が大事だと思うんです。百周年って、すごく良いと思いますけど」


 与党系議員は特にそれを否定しなかった。

 改憲の議論をスタートさせる。

 その事自体は彼らにとって異論のある内容では無い。

 肩を竦めるような雰囲気ながら、それはそれで良い、という態度を見せる。

 

 だが、七割を占める野党系の参加者達は容赦が無かった。

 彼らは彼女達の主張を、基本的に与党側に利するものとして考えている。

「あなた方のマニフェストは改憲についてだけで、それ以外の方針については全く明らかになっていないが」

「そうですね」

「どういった方針なのか教えて貰えないだろうか」


 国政に参加するならば、各種の政治方針を明らかにしなければ話にならない。それが常識というものだ。

 だが、彼女はにっこりと笑って答える。

「各党に改憲を賛成して頂くためには、中立的な立場が必要だと考えています。ですので、その他の政策には党として特に意見を持ちません。全て棄権するか、あるいはネット調査で最も優勢な意見に従う、などの方法を考えています」


 流石に会場は騒然とした。画面上のコメントが一気に増える。

「笑える」

「改憲一本槍かよ」

「どーせ、どの党もマニフェストなんて守らないしな。出すだけムダ」


「馬鹿馬鹿しい。国会議員の役割は多岐に渡っているんだ。改憲についてしか仕事をしないというなどという議員があってたまるものか」

 色を成した議員に対し、彼女は涼しく答える。

「衆議院の定数は四百五十人以上。対して、私たちの党からの立候補はたった三名です」

 一呼吸を置いてから、爆弾発言を投げつける。

「全体の一パーセントにも満たない議員が、改憲の仕事に集中してはいけないのでしょうか。憲法の改正って、そんなに簡単なコトじゃないと思うんですけど」

 

 広がるどよめき。それを全く無視して、彼女は続けた。

「どちらにしても、その是非を判断するのは有権者です。そうですね。私たちは国民の皆様にお願いをしたいと思います。本来行うべき他の仕事が、少し疎かになるかもしれません。だけど、私たちにはこの役割に集中させてくださいと。この件に関して全力を尽くすことは、約束しますから」

 口をあんぐりとあけた議員は、かろうじて声を絞り出した。

「そんな勝手な話が・・・・・・」

「ええ、勝手ですね」

 そう言って彼女は微笑む。

「ですが社会情勢がここまで変わって、国民の中にも問題視する声は少なくないのに。改憲について議論の糸口すら掴めない状況を放置する、という態度も勝手だと思いますよ」

 相手が反論を思いつく前に、無邪気な顔のままで痛烈な攻撃を加える。

「繰り返しますが、それが良いか悪いか。あなたと直接言い争っても意味はありません。私たちが向き合っているのは有権者ですから。私たちがの主張が正しいか否か、審判についてはそちらに委ねるつもりです」


 画面が文字で埋め尽くされる。

「そもそも、議員って仕事してんの?」

「ド正論」

「すげーな」

「いや、投げっぱなしすぎんだろ」


 司会者の姿勢が変わった。

 TV局。

 彼らもまた、面白い見世物を求めて止まない。

 それを自らのカメラに納めることが出来るなら、悪魔にだって魂を売るだろう。

 彼らはそういった存在だ。

 

「これは斬新な意見ですね。ですが確かに、国会議員がどのような仕事を果たすべきか、その評価をするのは有権者です。そういった視点は重要かも知れません」

 彼女をサポートするような発言に不快感を覚えたのか、別の議員が割って入る。


「そもそも、憲法改正をそんなに急ぐ必要などない!」

「私たちの提案では三十年近く先ですよ。急いでますか?」

「年数の問題じゃ無い。なぜ改正する必要があるのかという話だ!」


「いや、急ぐかどうかは年数の問題だろ」

「逆ギレ、キター」

「議員、その発言は非論理的です」

 ネット上の容赦ない突っ込み。


「現行憲法には、九条以外にも細かい不備の指摘が幾つもあります。普通の国だったら、微調整としてとっくに改正が行われているような。幾つか例を挙げましょうか?」

 彼女はPCを見ながら、例として幾つかの条文をあげた。

 サービスとして、手元の画面を背後のスクリーンに映して見せる。

 視聴者に分かりやすいように、あらかじめ作り込まれた資料。


 この手配もまた、彼女たちの作戦だった。

 憲法のことなど碌に知らない視聴者に対し言葉だけで語る議員達。彼らが使用できるのは、事前に用意された紙のボードぐらいのものだ。

 それに対し、彼女たちは状況に応じて次から次へと新しい資料をTVの画面に提供することが出来る。


「ですが日本では、憲法の改正そのものが九条の変更と同一視されてしまう。単に不明瞭な文言を修正しようと提案しただけで、九条改正に向けた陰謀、しかも戦争を望む動きとされてしまうんです。それっておかしくないですか?」

「事実、そういった動きがあるからだ!」

「そうでない人も居ますよね」

 そう言って彼女はPCをチェックし出す。


「そちらの党でも、九条以外の改憲について前向きな発言をされた例はあります」

 背後のスクリーンに議員名と日付、そして発言の内容がスライド形式で映され、彼女はその趣旨を簡単に述べて見せる。


「この方々は、戦争を望んでこのような発言をされているのですか?」

 相手の議員は言葉に詰まる。そしてこう答えざるを得ない。

「勿論、正しい考えから改正を望む声はあるだろう。誰もが戦争論者ではない」

 彼女はにこりと笑う。

「だとしたら、一般の人々の中にも正しい考えから改正を望む人たちがいる。それは認めていただけますね?」


「詰んだな」

「オモシロイな、この子」

「さすが姫」


 沈黙した相手に対し、彼女はとどめを刺した。

「今、改憲の必要性を発言している人々がいる。だから国会においてもその必要性について議論をしましょう。私たちはそう提案しているだけです。何か問題ありますか?」


 余談ですが、私たちは九条を改正すべきという意見を示したことはありません。

 彼女がそう補足して、あっさりとこの話題は終わった。


 憲法の守護者を自認する政党に対しては、こんな調子だった。

「従来からの主張ではこうおっしゃっていますよね。国民の大多数が共感しているのは、与党では無くあなた方の党の憲法観だと」

 次々と表示される資料で発言の根拠を示した後、彼女は続けた。

「だとしたら、同時に改憲案を示せば国民はあなた方の案を支持するはずですよね? なのになぜ、各党がそれぞれ案をしめすべきだという提案に否定的なのでしょうか」


 最初に見せていた、大人しく緩そうな雰囲気をかなぐり捨て。

 簡潔に鋭く、理論的に語るその姿は。

 本当に格好良かった。

 

 後日、彼女は語った。

「結構楽だったよ。ほとんど想定問答集通りの質問ばっかりだったし。何かあってもフォローして貰えるしね~ 受験の方が大変じゃないのかな」と。


 既成政党はこれまで憲法について様々な発言を行ってきた。

 必ずや矛盾せずにはいられない数々の発言を。

 そしてその発言は全て記録に残っている。

 いつ、どこで、誰が、何を。そしてどんな風に。


 彼女たちは、あらかじめ各党別の発言とその矛盾点に関する記録情報を洗い出していた。出席者の名簿から相手側の発言を予測し、カウンターとして繰り出すべき内容を準備。予想外の発言に対しては、バックに居る三人が連携して情報を検索。適切な答えを見つけて、彼女に回答案を示す。同時にリアルタイムで説得力のある資料を編集し、それを画面に表示して見せる。


 彼らは自分達が二十歳そこそこの女の子と対峙しているのだと思っていた。

 だが、それは違う。彼らはネット上のデータベースと、それを活用するエンジニア達を相手にしていたのだ。

 その点を理解できない各党の議員は、無様に反論を封じられていった。


 とある議員などは、自分自身の過去の発言。その整合性すら説明出来ぬままに撃沈された。離散集合を繰り返した党の議員は自分達のルーツすら思い出せず、彼女から逆に説明を受ける羽目に陥った。


 機関銃陣地に突進する騎兵隊のように死屍累々を築き上げた挙げ句。

 一番高齢の議員が彼女のPCを指さし。

 唯一人、イイ線行っている指摘を苦々しげに言った。

「君はそれが無ければ全く議論できないのだろうな」


 彼女は変わらぬ笑いでそれに応えた。

「イマドキ、ネットで情報収集するのは当たり前ですし。憲法について議論するときは、暗記が必須なんてルールはおかしいですよね」

 小首を傾け、後で聞いたらこれだけは彼女自身が思いついたという反論をキメて見せる。

「それとも暗記できる専門家しか、憲法について議論しちゃダメですか?」


 それは決定的だった。古い考え方、そして古いやり方にしがみつく老人達と、それに対決する新しき世代。

 そのイメージは、理屈など寄せ付けない程に絶対的な差だ。

 

 しかしまあ、ちょっと本音を言えば。

 苦虫を噛み潰す彼らに対し、僕は少しだけ同情したのだ。

 レアアイテムのドロップ手順を台無しにしたド素人が、「初心者がゲームを楽しんじゃいけないんですか」と偉そうに言い放ったとき。

 僕はきっと彼らと同じ表情をしていただろうから。


 ここは自分達の遊び場だ。素人が偉そうに口を挟むなと。

 彼らはそう叫びたかったに違いない。

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