第4話
「立憲主義とは、全ての権力は憲法の制御下にあるべきだ、という考え方です。それはとても大切なことなのだけど。実は、立憲主義には一つの前提があるんですよね~」
今日も新作の動画がアップされていた。
「それは従来の枠組みでは解決できない事態が生じた際、速やかに憲法を改正する、あるいは新たな既定を付け加える機能があることです。少なくとも、憲法を変える必要性を議論しないとヘン」
いつものように出されたボードには、「昔の人ってカミサマなの?」と書かれていた。
「だってそうでしょ~ どんな素晴らしい憲法も人間の作ったものなんだよ。七十年も経てば、当時の人々には想定外の事例がいっぱい出てくるに決まってる。だけどずっと昔に作られた憲法には、それについてどう対応すべきか書いてはいない。何も書いてないってコトは、それに関する権力のコントロールを放棄しているってコトになっちゃう」
政治的ビーンボールに等しい内容を、彼女は笑って明るく語った。
「時代にあった内容に改めるからこそ、政治家達に対して、それにきちんと従って適切に処理しろって言えるんだよ。七十年前に書かれたルールだけで現代の状況に対処しろって言うのはおかしいの。それって憲法を一種の聖典、一切の改訂を許さない宗教文書と見做す考え方で、いつまでも続けてなんかいられない」
最後のボードは「憲法は私たちのモノ」だった。
「私たちは憲法は大事なモノだと教えられました。それは正しいと思うけど。だから大事にどこかにしまいこんで、学者や専門家がときどき眺めるだけのものにしてしまった」
呼吸を切り、きっぱりと断言する。
「憲法は使うモノ、私たちが触れるべきモノです。それを当たり前にしたい。そう考えて私たちはこの党を立ち上げました~ 私たちの主張に興味があるのなら、他の動画も見てくださいね。それじゃ、まったねー」
週に数回のペースで。
彼女はゲームにログオンし、僕達はそこで語り合った。
「どうしてこんなこと始めようと思ったの?」
その問いに対して、彼女はこう答えた。
「これまで何十年間も多くの人が疑問を感じながら。誰も触れることすら出来なかった課題なんだよ。それを自分達が解決するのって、なんかワクワクしない?」
「でも、上手くいくかなんて分からないよね」
解決出来なかったのには理由がある。この話題は細部に行くに従って人々の意見、その隔たりが大きくなっていくだろう。
改憲の話し合いを始めるだけでも難しいことで、ましてそれを最後まで纏め上げることなんて出来るのだろうか。
「うんうん。難しいと思うよ~ だから、必ず上手くいくなんて思ってはいないんだけど。それでも、やる前から諦めても意味無いしね」
羨ましさを感じながら、僕はチャット欄に文字を打ち込む。
「上手くいくかどうかも分からないのに、よく出来るね。凄いよ」
「あれれ? 挑戦を続ければ何時か上手く行くんだから、途中で投げ出すなとか言ってなかったっけ」
誰がそんなことを? 訝しむ僕に、彼女のキャラが指さすゼスチャー。
「え? 僕?」
「うん」
記憶をひねくりだしてみる。
えーと。あー、それは。
「竜のウロコだっけ」
「そうそう」
それはゲームのレアアイテムだった。。
二日間続けてもドロップしないそれに皆のテンションが下がりまくったとき、僕がそう言ったのだと思う。多分。
それはさしたる考えがあったわけではなく。
単に、どうしてもそのアイテムが欲しいがための発言だったのだが。
「結構大事な考え方だと思うよ~」
だけどあの時。僕はアイテムのドロップ率を知っていた。
だから、繰り返せばいつかそれが手に入ると信じる事が出来た。
彼女は違う。
それはこの世に存在するかどうかも定かで無いもので。
手に入る保証なんてどこにもない。
「今日はこの辺にするね。それじゃ、まったねー」
彼女のキャラがログアウトする。
消えていく、優しい顔をした巨人。
似合ってるな、と僕は思った。
「繰り返しますが、私たちは憲法をどのようにすべきかという直接の議論には参加しないつもりです。それは私たち以外の各党や、識者が自由に発すればいいと思ってるから」
彼女は今日もボードと共に画面に立つ。
「もちろん、平和憲法の理念は大事です。それを守るスタンスも大事だと思っています。だけど改憲はイコール悪で、それを求めるのは軍国主義者。そういった決めつけは現在の国民感情から乖離していると思うんだよね~」
いつの間にか僕は、すっかり彼女の意見に同調するようになってしまっていた。
「私たちは、各党がマニフェストとして、改憲案を示すことを望んでいます。そこがスタート。より多くの人が意見を出し合って、建設的に新しい憲法を作る。そういった社会を目指したいと思っているんですね~ だから協力し、参加していただければありがたいです。それじゃ、まったねー」
ネットにおける最大の価値は、希少性にあるという。
碌に資金の無い彼女たちが使える広告媒体は最小限でしかなかった。
ある意味僕は幸運だったと言える。
彼女たちのネット広告を閲覧できる可能性は、決して高くはなかったのだ。
しかし、だからこそ。その希少性に触れることの出来た人は。
まだ知らない多数の人々に、広めたいという欲求を抱かずには居られない。
いかつい党名に似合わぬ明るくノリの良い動画。
冗談めいているが、意外にも真面目な主張。しかもそれを女の子が語る。
そのギャップはなかなかに強烈で。
いつしか、改憲の党はネット上で話題になっていった。
そう。流行るのはいつだって面白い見世物なのだ。
そしてある日。
トップページのニュース欄に「改憲の党」の文字が現れた。
ニュース動画をクリックすると、女性キャスターが語り出す。
「選挙の日も近づく中、ネットで話題の最新政党を追いました」
まったくTVは周回遅れだと僕は思う。
ネットでは一ヶ月近く前から話題になっているというのに。
残念ながらその取り上げられ方は、好意的なものとは言えなかった。
揶揄を含んだ言い回しは、彼女たちのやっていることを子どもの遊びのように扱い、コメンテーターは「もう少し真面目に取り組むべき話題だと思いますね」と顰め面をした。
メインキャスターは苦笑いしながら「一つの問題提起ではあります。若い世代がこういったことに興味を持ち、勉強すること事態は評価したいと思いますね」と上から目線。
その夜彼女と会ったとき。僕は番組に対する怒りを抑えられなかった。
「あいつら、結局何もわかってないんだよな」
既成のメディアや政治家達は、内心でネットの住民を馬鹿にしていることが多い。幼稚で程度の低い集団であり、自分達の語る高尚な内容を理解できないと決めつけているのだ。
そんな連中がネットに流すコンテンツは大抵が失敗する。
視聴者側が、見下されていることに気づいてしまうからだ。
しかし彼らはそれを理解せず。
ネットの住民が愚かだから自分達が受け入れられないのだと勝手に断じ。
更には自分達が受け入れられない事実そのものを、僕たちが「幼稚」で「程度が低い」証拠だと言い出し始めるのだ。
まったく、本当に馬鹿なのはどっちだろう。
「高度で難しい内容を、高度なままに面白くするのがネットの流儀なのにさ」
だが、不満たらたらの僕よりも彼女はずっと冷静だった。
「色々理解はして貰えないケドね。でも、ここは結構大事なんだって。TVしか見ない老人は多いし、その影響力自体は馬鹿にならない。興味を引いたってコトは、上手くやって見せればTVは喜んで私たちを映し続けるし。それに、日本のネットってなぜか貧乏なんだよね~」
資金をクラウドファンディングで集める彼女たちにとって、資金力のあるマスコミが言わばタダで広告を打ってくれることは大きな意味があった。
だからチャンスを待っているのだと彼女は語り。
それは、意外に早く訪れた。
二日後。
忙しくなりそうなので次回はオンできないという謝罪と共に、討論番組への参加が決まったとのメッセージが送られた。
「来たよ~ キタッ! 生放送だからねっ! 私の勇姿を見ておいて!!」
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