第3話
懐かしさのあまり思わず取った行動だったが、実のところ返事が来ることを期待してはいなかった。
嘘では無い。二時間ほど遊んであれこれシステムが変わっていることを確認した後で僕はそのゲームを投げ出してしまい。
続く三日間、自分がメッセージを送ったことも忘れていた。
別のゲームが一段落したとき。デスクトップに置かれたなんだか見覚えのあるアイコンに気がついて。ああそうだと思い出してそれをクリックしてしまった。
全く以て予想外のことに。
彼女からの返信メッセージが届いていた。
日付は昨日。
「久しぶり~ 元気? 動画見てくれたんだ。嬉しいよ~」
変わらない書きぶり。以前はチャットから発せられるテンションとリアルのギャップがからかいの種になったものだったが、動画を見る限り、彼女はどうやら内面と外見の間にあるバランスを上手く取って成長したらしい。
「たまにオンしてるから、見かけたら声かけて。それじゃ、まったねー」
その日から。
僕は他のゲームの片手間に、例のゲームにログインだけはするようになった。
それにしても古いゲームは軽くて良い。昔は最高レベルのグラボが必要と言われたものだったが、今では他のゲームと同時起動してもさしたる邪魔にはならない。
とは言え、さすがに最高画質でFPSをやるにはマシンパワーが不足気味だったけれど。
最近人気のMMO。イベント期間中のアイテムドロップを狙って戦闘中に、彼女からのメッセージが届いた。うーん。タイミング的には大丈夫だろ。そろそろ勝てそうだし。僕が抜けても、代わりの誰かが入りそうだ。
「ごめん。急用。落ちます」
えー ひでぇ
溢れる批難のチャットを無視し、僕はそそくさとログアウト。
片隅に置いたウィンドウを全画面に拡大する。
「久しぶり~ 元気だった?」
「久しぶり。まだこのゲームやってたんだ」
「うん。今でも結構面白いと思うよ」
「微妙に色々変わってるね」
そんな調子で会話は始まり、やがてちょっとモンスターでも退治しますか、という流れになっていった。
久しぶりのプレイで感覚の戻らない僕に、彼女は最近主流のコンボをレクチャーしてくれた。そういえば彼女は昔から物覚えが良く、一度教わった手順はほぼ完璧にこなせたものだった。そうではない僕は何度も連携を失敗してしまう。
その上すっかり旧式と化した僕の装備は各種の数字インフレについていけず、戦闘力としては全くの役立たず。
あの頃は最強装備だったのになぁ。そんな愚痴を言いながら、度々彼女のフォローを仰ぐことになった。
もうずっと昔のように思える日々に戻ったような。
それは僕の心を、少しだけ暖かくしてくれた。
ゲームが一段落したところで、僕は動画の件を聞いてみた。
「凄いじゃ無い。あんな活動してるなんて」
「うん。大学のゼミで誘われてね~」
少し歳の離れた卒業生達。
彼らの話を聞いて興味を持ち、動画の作成に協力することになったらしい。
「政治家でも目指すの?」
「どうだろ。まだ被選挙権ないけど。でも一応党首だしね」
「党首? ホントに?」
「あ~、動画全部見てないなぁ~」
笑いと怒りを示す絵文字を付け加えながら、彼女は僕を詰る。
「なんと党首サマなのだ。えへん」
驚く僕に説明が加えられた。
「党首って誰がなってもいいんだよ~ 資格については、それぞれの党が勝手に決めるコトだから」
彼女たちの党は選挙に向けて立ち上げたばかり。
つまり現職の議員は一人もいない。
そう考えると、誰でも立場は同じなのだという。
「ほら、主張の内容が内容でしょ。真面目な顔しておじさんが説明したって、反感を買う可能性が高いし。女の子が明るく説明した方が受けるんじゃないかって」
確かにそうだよなぁ。
あれが真面目なおじさんのトークだったら、僕も最初の五秒で見るのを止めていたと思う。
「それで幾つか動画を作ったんだけど。私が顔と名前を売るなら、票を取るのに有利そうだからそのまま党首にしちゃった方が良いだろうって。だから後半の動画だと、ちゃんと『党首』の肩書きと名前出してるんだよ~」
動画を全部見ていないことを白状し、謝罪しながら僕は彼女の話を聞いた。
比例区の投票では、党名及び党の代表者氏名が記入された票は有効とされる。であれば、名の知れて好感度の高い党首であればあるほど得票率は高くなる。
あの動画はなかなかテンポ良く、ぶっちゃけた口調で漠然と抱いていた疑問に答えてくれていた。閲覧したら結構記憶に残りそうだ。投票するときに彼女の名前を思い出す人がいてもおかしくはない。
「名前を売った方が勝ち。それが選挙の鉄則なんだって」
「じゃあ、アイドルか何かに党首をやらせればきっと有利だよね」
なぜ他の党はそうしないのだろう。僕はそんな疑問を抱く。
「ふつーの党がやったら色々問題あるんじゃない? でも私は立ち上げ時点から党首だから。もともとこういうスタイルですって開き直れるでしょ」
「なるほど」
従来の支持者からの反感と、党内の軋轢。
それらを考慮すれば、既存政党にそんなリスクが犯せるはずもなかった。
それは、生まれたばかりの党だけが持つ自由だったのだから。
「選挙まであんまり時間ないから。また次の動画作らないと」
「頑張って。応援する。今度はちゃんと動画見るよ」
「絶対だよ~ それじゃ、まったねー」
そう言って彼女はログアウト。
少し迷ってから、僕はそのままゲームを継続することにした。
次回までに、もう少し装備を整えておきたかったから。
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