第2話
一体何年ぶりだろう。
ええと、そうか。
もう五年も前になるのか。そんなにも時間が経っていたことに愕然としながら、僕は次の動画をスタートさせる。
「はーい。日本国憲法改憲の党です。動画見てくれてありがとー」
明るい声と共に両手が振られた。
「はい。じゃあ今回はこの話題で行くね」
ボードに書かれた文字は「なんで三十年も先なの?」だった。
「そーだよね。私たちのスケジュールだと、改憲の時期はほぼ三十年先になっちゃう。それって普通に考えたら長すぎて、あんまり常識的な提案とは思えない」
そう言いながら、彼女はうんうんと頷いてみせる。
「えーっと、この点については二方向からの意見があると思うんだけど。まずは『それでは遅すぎる』という改憲派の方々に説明しましょうか」
次のボードは「急がば回れ」だった。
「もう散々思い知ってるでしょ。あと何年とか十年とかの区切りでやろうとすると、この話って絶対進まないよ~」
うーん。確かに。
少なくとも年単位のスケジュールでは反対派を納得しないだろうな、と思う。
十年ならなんとか・・・・・・いや、駄目か。
「大事なのは、とりあえず改憲に関する議論を世の中の当たり前にすることだと思うんだよね。現状でそれを可能にするには、時間の余裕は有り過ぎるぐらいでないとダメ」
彼女は画面に向かって身を乗り出した。
「そもそもさ。改憲を急ぐべき理由って何? それを言う人って、大抵がお隣のアノ国とか、コノ国との関係を想定してるんだと思うけど」
随分と怖いことを彼女はさらっと言ってのけた。
「それって多少は時間の余裕はあると思うんだ。普段から議論を重ねておけば、いよいよキナ臭くなったときスケジュールを前倒しすることで十分間に合うと思う。それにね」
彼女はいたずらっぽく笑う。
「私たちが改憲について議論している、それ自体が結構な抑止力になるんじゃないかな。ヘンなコト始めたら、一気にそういう方向で改憲が進んじゃうんだから。意外に三十年、それで持っちゃうかも知れないよ」
そういうものなのだろうか。
ああ、だけど。
例の国なんかは、そんな妙に気の長い搦め手の方が有効な気がしないでもない。
「では次は、改憲なんてとんでもないという方達」
これは難しいだろうと僕は思った。こちらの層は説得できないだろうと。
だが彼女は笑ってそれを否定する。
「だけど良く聞いてみると、ほとんどの人は『今の政権での改憲』を嫌がっているだけなんだよね~ 議論する必要性自体は否定しないけど、迂闊に始めるととんでもないことになっちゃう。そんな危機感を持っているから、及び腰になっているだけで」
彼女は次のボードを取り出す。
そこには「考える時間も教育の時間もたっぷり! あなたの案を出そう」と、今までにもましてテンションの高い色使いの文字が書かれていた。
「たまたま議席が優勢になった政権で、なし崩し的に改憲が行われるのって良くないよね。経済政策や国防の問題で優秀でも、改憲の方向性については信用できない指導者だって居るだろうし。だけど逆に考えてみて。改憲の時期が決まっているのなら、そのとき選挙に勝つ政党は、国民に対し最も適切な改憲案を提示した党になるはずでしょ?」
い、いやまあ。そういう考え方も無いわけでは無い。
だが。やはり何かタチの悪い詐欺話のような気もする。
「三十年後。社会の中心は今の小学生、中学生世代になってる。まだ生まれていない子ども達も投票に参加できる。彼らに対して教育をする時間はたっぷりあるよ~ 自分達がきちんとそれをやっていけば、そう悪くない改憲案を主流にできるんじゃないかなぁ。それとも皆さん、そういった自信は無いですか?」
彼女は挑戦的な視線をカメラに向けた。
「大事なことなので繰り返します。私たちの主張は『議論をすること』です。議論の結果、最終的に変更をしないという結論だってそれはいい。例えば・・・・・・現行の憲法をそのまま口語体にしたような案があってもいいんじゃないかな。結構、支持を受けそうな気もするんだけど」
そして彼女は可愛く指を組んだ。
「もし憲法を変えるならそれは国の未来のために行うコト。だとしたら、古い人たちが選ぶより子ども達が選択したほうが自然だよね。そう考えると、三十年後っていうのは悪くない考えだと思うんだ」
いや。三十年後だと、今の子どもたちは既に大人になっているのでは。
心の中でそう突っ込みを入れる。
「後は何よりもイメージ戦略だね。眼を吊り上げながら『カイケン! カイケン!』って叫ぶのってなんだか格好悪いし、同意も出来そうにないケド。百周年を祝う場にしちゃえばなんだかポジティブに感じされるし、ごく自然に参加できるようになるでしょ?」
そうであるような。そうでないような。
ああだけど。少なくとも百周年を祝うイベントは絶対開くだろうな。
それ自体を否定する人はあまり居ないような気もする。
「そういうイメージって大事だと思うんです。法律を時代に合わせて変化させるのって、普通の事でしょ? なのにただ憲法だけが。変化させたい。そのために話し合いをしたいと言っただけで、なんだか悪いことをしているみたいに言われてしまう。だからもっと前向きに。百周年を祝う準備をしつつ、次の時代を考える機会にしてみませんか」
彼女はそこで言葉を止め、時計に視線を向けるような仕草をした。
「ちょっと長くなっちゃったかな。今回はここまで。良かったら他の動画も見てくださいね。それじゃ、まったねー」
はあ、と僕は息を吐く。三十年後かぁ。
なんだか無茶苦茶な気もしたが、言われてみるとそういう考え方もアリのような気がしてくる。
時期を思い切った未来に設定されたせいで「皆でそこに進もう」という前向きな話に変化したように思えてしまうのだ。
それにしても凄いな。僕は改めてそう思った。
僕の記憶の中に居た彼女は、もっと引っ込み思案で。
こんな風に堂々と意見を述べるタイプではなかった。
彼女と学校でそれほど親しかった訳では無い。
連絡先のアドレスも知ってはいないぐらいだし。
関わりがあったのはゲームの中だけだ。
当時クラスで流行っていたオンラインゲーム。
僕はブラウザを起動し、公式ページにアクセスしてみた。
「無料でプレイ」の文字をクリックすると、何年かぶりでゲームが再インストールされていった。
PCを変えていたせいで、IDとパスワードは記録されていない。
思い出すのは一苦労だった。
流行は遙か以前に過ぎた古いゲーム。
ログオンすると、かつて八か九あったサーバーはたった一つに統合されていた。
システムからのメッセージが表示される。
「フレンドリストが更新されています」
操作方法を思い出しながらリストを呼び出すと、かつて二十人以上居たはずのフレンド達は、ほんの数人に減っていた。皆、引退してしまったらしい。
無料なんだから、IDだけでも残しておけばいいのに。
さみしくなってそんなことを考える。
ああ、もちろん。
黙ってフェードアウトした僕が言えた義理ではないのだが。
数少ないリストの中に、彼女のキャラクターネームはまだ残っていた。
最終アクセス時間は非開示の設定になっていたが、少なくとも名前はある。
僕は彼女に向けたメッセージを作成する。
「久しぶり。動画見たよ。面白かった。あんなことやっているなんて、知らなかったよ」
そんな内容をたどたどしく綴る。
そして、次の一文を追加した。
「僕に出来ることがあったら、応援するから」
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