森羅万象にさだめる期限法

ちびまるフォイ

終わりのないのが終わり

「これで私達も晴れて夫婦ね」

「ああ、改めてこれからもよろしく頼むよ」


役所に届け出を出すと職員はにこやかに受け取った。


「受理いたしました。お二人の結婚は20年になります」


「はっ? あんた失礼な人だな! なにを勝手にそんな……」


「あなたこそ何言ってるのよ。変なこと言わないで。

 結婚が20年なんて当たり前じゃない。期限法も知らないの!?」


「期限法……?」


「すべてに期限が定められるんだから、結婚だってそうじゃない。

 結婚20年も知らないで私と結婚するつもりだったなんて意識が低すぎない!?」


「ええええ!?」


結局そのまま受理してもらったが、残り20年の生活となる。

期限が決まっているのが悪いことだけではなかった。


「あなた、最初の3年は熱々で過ごしましょうね」

「それ先に言っちゃうんだ」


終わりが見えていることでペース配分も決まってくる。

とはいえ、20年後にはまた独身に戻るからなんとかしないと。


結婚生活も慣れてきたころ妻に尋ねた。


「そういえば、結婚式に来ていた高校の友だちとはどうなんだ?

 最近はあまり二人ででかけてないようだけど。

 俺に気を使わずに女友達だけで旅行してきてもいいんだぞ?」


「あら、あの友達とは期限が切れたから終わったの」


「期限が切れた!?」


「言ってなかった? あなたの友達もいないから

 てっきり友達期限を知っているものと思ってたわ」


「結婚したから友達がいなくなったものかと思ってたけど、

 そういうことじゃなかったんだな……」


「ねぇ、それよりあなた。イヌと猫で飼うならどっちがいい?」


「俺までこの状況を飲み込めてないんだけど!」


期限法はどこまでもどんなものにも期限を付けていた。


「……あれ? スマホが使えなくなった」


「それも期限なんじゃない?」

「これも!?」


「ああ、古いスマホだものね。まだ当時は期限法のこと言われてなかったのよ。

 今は購入するときに2年で期限が切れるって必ず言われるわ」


「ええ……結構高いんだよなぁ……」


買いに行くとまた期限2年のスマホを買うことになった。


「お客様、こちらのスマホは2年使っていると

 自動的に内蔵電池が焼ききれてすべて使えなくなりますので

 次のご契約の際は必ず期限前に起こしください」


「なんでそのシステムにしたんですか!」


家電製品をはじめ服も写真すらも期限が決まっている。

どんどん新しいものを買わなくちゃいけないからお金が足りない。

消費生活に荒む心の中、癒やしてくれるのはペットだけだった。


「わんわん!」


「おおよしよし。やっぱり思い切って飼ってみてよかったなぁ。

 こいつが家にいるだけで世界が平和になった気がするよ」


「この子が来てくれてから家でも会話が増えたものね。

 期限10年なのが本当に残念だわ」


「……10年?」


「この子の期限よ」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 10年たったらどうなるんだ!

 この子は生きているんだぞ!? 捨てるってのか!?」


「ペット期限は10年。それ以上を超えると保健所か殺処分よ」


「行き着く先が同じじゃないか!!」


10年もまだ残っているからその間に解決策を探そう。

当時はのんきに考えていたが毎日の楽しさに忘れてしまい、

あっというまに別れの10年目がやってきてしまった。


「あなたがわざわざ行かなくてもいいのに。

 頼めば保健所の人が回収しに来てくれるのよ」


「いいんだ……自分でこの役目はやりたいから……」


最終的に選んだのは保健所だった。足取りは重い。

真っ白く不気味な施設を見てケージを持つ手が震えた。


「このまま……拾い手がいなかったら……お前は死んじゃうのか」


「くぅーーん」


「ダメだ! そんなことはさせない! 無責任すぎる!

 ペットは買い換える家電と一緒じゃないんだ! 命なんだ!」


保健所には行かずに橋の干に小さな小屋を用意してペットを置いた。


「ごめんな。家に持って帰るわけにはいかない。

 でも、必ず引き取り手を探してやるからな。

 期限のある保健所に置いていくよりもいいだろう」


家に戻ると狂ったように引き取り手を探した。

橋の下に隠したペットが本当は気になって仕方がない。

どこかにいい引き取り手はいないものか。


期限切れのペットを引き取ってくれる人を探すのは容易なことではなく

1年間探し続けてやっと見つけることができた。


「それじゃ、例の場所に」

「はい」


事前に連絡をとってペットを指定の場所に置いていった。

まるで密売でもしている気分だった。


「たしかに受け取りました。この子はこちらで大切に育てます」


「ありがとうございます。これで辛い生活をさせずにすむ」


ペットの引き取り手が見つかって肩の荷が降りた。

ほっとしていたとき、家に警察がやってきた。


「あの……なにか?」


「警察だ。期限法違反で逮捕する」


「あなた!? いったい何をしたの!?」


「この男は期限が切れてもなおペットを所持していた。

 それにより法律違反となった」


「ちょっ……待ってくださいよ!」


手錠をかけられてそのまま牢獄へと直行した。

期限法により時間管理が染み付いた人たちは手際がいい。


「よぉ、あんたも期限法違反をしたのかい?」


暗がりから声をかけたのは同じ牢獄の男だった。


「あなたも……そうなんですか?」


「ああ、わしは子供を期限になって手放す時期になっても

 あまりに可愛いのでこっそりあっていたら法律違反ってなったんだ」


「そんな……」


「まあ、いつまでも親が関わってしまうと自立できなくなるからなぁ。

 この長い監獄生活で嫌でもその考えに納得できるようになったのさ」


今の状況に耐えるにはどこかで自分の考えを曲げて納得するしかない。

この男を見ているとそう思えてきてしまった。


「で、あんたの懲役は何年なんだい?」


「あ……たしか20年」


「ははは。よかったじゃないか、ギリギリだ」


「ギリギリってどういうことですか?」


「あんたの寿命は残り21年。つまり外に出てから1年は生きられるってことだ。

 わしは残りの寿命が10年で懲役は残り15年。

 獄中でおっ死んじまうのは決まっているのさ」


「寿命!?」

「背中に書かれるんだよ」


男が背中を向けると15年と数字が書かれていた。


「いや、どう考えてもあなたは15年で死なないでしょう!?

 なにか悪い病気でもあるんですか!?」


「兄ちゃん、面白いことを言うねぇ。期限法さ。

 すべての人間の寿命もちゃんと終わりが決まっているって話だ」


「どうしてそんな……」


「みんな死ぬのに生きていることが当たり前になっているだろう?

 そして死ぬときは安らかに、なんて願っていやがる。

 だから期限を決めて生きることに感謝を忘れず、

 死ぬときは国の力で安らかにしてやろうって話なんだろ」


「そんなの建前じゃないですか!」


「ま、本当は高齢化しすぎないようにってことだろうな」


「それで……それでいいいんですか!?

 知らないやつに自分の生きる寿命を決められてそれでいいんですか!」


「兄ちゃんは若いなぁ。この年になると嫌でも死を意識するのさ。

 いつ死ぬかわからない恐怖におびえるより、こっちのがどれだけマシか」


やがて同室期限も切れて男とは別れてしまった。

15年後、ひとつの牢獄に空きが出たがもう誰も男のことを気にすることはなかった。


20年後。


「もう戻ってくるなよ」


「ありがとうございました……」


20年ぶりに解放された外は大きく様変わりしていた。


「あと1年の命か」


街は面影がないほど発展していて居場所なんてどこにもない。

妻との結婚期限もすでに来ているので帰る家も待つ人もいない。


ここからが新たなスタート地点となる。


「どうせ1年しかないんだ。最後まで楽しんでやる!!」


この1年は神様が俺に与えてくれた最後の猶予期間なんだろう。

俺はもう将来への貯金をやめて今の楽しさのために使い倒した。


旅行へ行き、欲しいものを買い、美味しいものを食べる。


毎日が誕生日のようにハッピーな毎日を過ごした。

その最終日は静かに終わろうとしていた。


「これが最後の夜か……」


薄暗い天井を見上げて自分の人生を振り返った。

もう貯金は残っていないけれど思い出だけは残っていた。


自分の命すらも消費される社会の部品のひとつのように感じていたが

それでも部品なりに楽しい人生だったと思う。


「おやすみなさい……」





翌日に目を覚ますと、どこも同じニュースをやっていた。



『期限法の期限がついに切れました。街の人は大いに喜んでいます!』

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