第24話 ある夢の終わり、人の世の続き



 二ツ龍物語 24 ある夢の終わり、人の世の続き



 記 シャルヴィルト=ストロングウィル。

親愛なる友へ向けて。私的な手紙であるから形式張らずに書く事とする。

そちらの様子は如何だろうか。こちらは特に変わりも無い。

強いて言えば、弊社の周囲が多少なりと賑やかになり、

人通りも増えたぐらいか。全く、人間の生命力とは凄まじいものだ。

さて、本題に移る。例の小領主の話だ。そろそろ金貨の利息分を取り立てるという話。

貸しを作る事で関係を継続させる意図は解ったが、やっている事がまるでタカリだという自覚はして頂きたい。人類側との顔繋ぎと種族特性を満足させたいのは解るが。


 ともあれ、経過は概ね良好である、と先ず述べておこう。

旧領主側の粛清と追放を最小限に収めた結果とは言える。

紙幣の発行停止と回収、設備の廃棄は反発も買いはしたけれど。あれは強引に過ぎた。

辻褄合わせというか屁理屈を捏ねたと言うか。各方面への説明には苦労したぞ。

特に貴族共や役人共からの苦情の多い事ったら!何時もの事だが面倒この上もなし。

貴君が言う類型(モデルケース)の一つとしたい意図は此方も理解しているが、

多少の流血暴力沙汰は収まらない。まぁ、人類社会も落ち着いては来た。

今回の一件の様に、問題が少しは解決していってくれると大変に嬉しいね。


 何が言いたいかと言えば概ね貴君の願望は達成されつつあるという事だ。

かの少年たちとその民の努力に精々感謝したまえ。後、利息は良識的にするように。

まぁ、これとて私や君にとっては数ある事例の一つでしかないと言えばそうだ。

が、その中で生きる者達についてはそれこそが現実であるのだからね。

彼らの生にもまた祝福のあらん事を。


 それでは、最後になって申し訳ないが、良いように私たちを使ったツケは払うように。

また、パレードなどと称して馬車を乗り回したり、方々に迷惑をかけ過ぎないように。

自分自身の立場を重々承知した上で、今後とも難しい舵取りも頑張ってくれたまえ。

皇都の気楽な友人より親愛を込めて──と、そこで銀髪黒衣の娘は筆を止めた。


 机仕事にも草臥れたらしい。軽く筋を伸ばしてから立ち上がると、

執務室の窓から外を眺める。晴れ上がった空には雲が流れ、暖かな日差しに目を細めた。

今頃は手紙の名宛人も彼方へと馬車を走らせているだろう。

ガラガラと土埃を立てながら沢山の馬車が行きかう通りを眺めてそう連想する。


 面倒な性格で、悪い奴でもあるのだが。まぁ、多分、きっと、今更悶着を起こしはすまい。

これまでの苦労を今一度偲びつつ、人が良くも銀の龍は再び職務へと意識を振り向けた。

今日も相変わらず訪れる忙しい一日を予期する。刻々たる日々は繰り返しである。

何時までも、何時までも、飽きもせずに韻を踏みつつ時は螺旋のように巡るのだ。

そう。時計は回る。嵐は過ぎ、炎は去り。再び芽吹きの時は訪れつつあった。



/



 ひげ面のユーリ=ペルーンが馬上に揺られながら徒歩の兵の背を眺めている。

一際丈高き彼が捉えるのは民兵隊をその前身とする新式の歩兵隊であった。

彼らは長槍や鉾槌、弩で武装し、揃いの模様のお仕着せ。加えて多少の装甲という格好だ。

種族と居住地ごとに分けた分隊の中には、オークばかりで隊伍を組んでいる物もあった。

中でも、領主を先導しているのは最古参ばかり。互いに気心も知れた間柄だ。

すい、と旗の様に長い体を風に吹き流していたのは相変わらずの龍。

彼女が興味深そうに領主に顔を向けた。


「ユーリ、ユーリや。今回の閲兵はどうであった。私にも教えてくれ」

「やっと思い描いた形が出来た、かな」

「説明になっておらん。龍には人間の戦の工夫なぞさっぱり覚えられんのだから」


 ウー=ヘトマンはと言えば何時もの調子で言う。

龍と言うのはこれなのだ。必要が無いから覚えない、と言うが如し。

居直りつつも尋ねようとするだけ以前より改善はしたのだが。

分厚い胸板一杯に溜息を吸い込んで、領主は告げる。


「いいかい、ウー=ヘトマン。出来るだけ解り易くするからちゃんと聞けよ」


 長い付き合いで慣れたもの、ユーリは馬上で兵らにも聞かせるように語りはじめる。

あれから現状に至るそもそもの経緯は戦後処理と再建過程の混ぜ合わせの結果だ。

戦いには勝った。されど捕虜が消滅したり建物が更地になった訳ではない。

特に旧オーソドク配下のオーク共はほぼ全員兵団で抱え込む事となり、

人余りの為に傭兵産業が勃興しもしたのであるが──ともあれ。


 その成果と言うのは規律ある兵と、組織された多数の小隊とその編成の確立であった。

揃いの服は敵味方の判別を容易にし、規律ある槍兵の群れは相手を容易に拘束し、

弩兵、鉾槍持ちは向かってくる敵勢を押し留める。かように目的を明確にし分業させる──

言うは易し、行うは難しの典型例である所の発想を何とか形に出来たのだ、と

ユーリ=ペルーンは述べた。


 尤も、これとて当初からの意図でそうなった訳ではない。

構想に当てはめたというよりは、次々生じる軋轢と問題を繕い続ける中で、

どうにか現在の形になりおおせた、というのが実際である。


「なるほど。そうか。嬉しそうだな。漸く落ち着いて来たという訳だ」

「まぁ、まだまだ足りないところだらけけど」

「市場は商いの傍らに乱闘騒ぎ。新たな家来は異種の上にかつての敵で喧嘩が耐えぬ。

麦の世話も忙しく、相変わらず貧しく、作業と役人は次から次へ増えていく。

兵隊崩れに民共が迷惑し、出戻った出稼ぎ傭兵をどうするかの協議に終わりなし」

「戦が終わってめでたしめでたし、じゃあなかったよ」

「当たり前だ。龍だってその位の事は解る。ナマ物水物は絶えず動くものだろう」

「兄上は立派な人だったんだな、と。今更ね」


 しかし、その男はもう居ない。彼が殺した。で、あれば仕事に立ち返る他無い。

現状は不完全で、猥雑粗雑で、何もかもが不足と言えば不足で未完成だ。

為に、土地を切り開き耕し、種を撒き。また、多くの道具もこれから作らねばならない。

何処にもない場所ではなく、ここではない場所ではなく、それこそが今だった。


「まだまだ貧しく、争いも絶えない、と。出来る事は出来る、出来ない事は出来ない。

いやはや、本当色々困ったものだ。時間が幾らあっても足りやしない」


 これが出発点であり現状。思わず苦笑いを浮かべたくもなる。

そして問題や揉め事は今後とも起き続けるだろう。やるべき事は尽きない。

胸に思い描いていた理想と地に足を付けた現実と言うのはやはり異なっていた。

元よりそんな事はユーリにも誰にも分りきっている。

気分一新、またも陽気な気分を作って地を歩くより他あるまい。


 と、彼方から大きな馬車が土煙を上げて走って来るのが見えた。

あれから何度も見たことのある旗印が翻っている。いやに豪華な仕立てだ。

道を譲るでも無く真っ直ぐに突っ込んで来る馬車の姿に警護の兵が目頭を押さえた。

見覚えがある、見覚えがあるが理解したくはないとでも言うように眉間にしわが寄る。


「ホ、馬鹿が車でやって来た。領主殿、面倒事の到着でがす」


 そんな兵士のぼやきを証明するように、面前で急停車した馬車の扉が勢いよく開かれる。

わざとらしい程豪華な赤絨毯を異種の従僕が素早く広げるや、

ゆったりとした足取りで金髪の女が馬車を降りて来る。

認め、ユーリも下馬し、兜を脱いだ。


「いよぅ!!少年、久しぶりッスね!!」

「閣下もお変わり無きようで。突然の来訪故驚いてしまいました」

「やー、今更水臭いッスよ?利息取り立てに来た借金取り相手に」

「……まぁ、そんな事だろうとは思いましたが。例によって急ですな」

「丁度良い、と言って欲しいッスね。アチキは早すぎもしなければ遅すぎもしなぁい。

例の秘密基地の進捗だって知りたかったし。格好良く素敵に仕上がってるッスか?」

「ああ、例の大使館というか商館と言うか良く解らない奴。協約違反ではないので?」

「手前で決めたルールの穴ぐらいキチンと承知してるッスよ」


 曰く、大目的である両世界の再建と平和共存が成るのであれば可、

という実に大雑把極まりない説明を述べる。

何時もの通り全てを語るつもりもないらしい。閑話休題。

その女は掌をひらひらさせてユーリの疑問を雑に打ち消すや、

懐から取り出した紙切れを押し付ける。


「ホレ、今回の請求書ッス。あくまで利息分だけの。

何をすべきかは解ってるっしょ。成すべきを成しなさいな」


 個人にとってはそれなりで、領主としては些細な金額だ。

応えず、くるくると巻き直してから紐で結び、ユーリは懐に収めた。

それから馬首を巡らせ、兵隊たちの隊列を逆向きに。

先頭はユーリ。その後に兵隊。更に後ろが馬車。これで定例の警邏はお流れだ。

と、その女目掛けて一人の子供がはしゃぎながら駆けてくる。

制するでなく、そのまま片腕で器用に抱き上げ、高く掲げる。くるくる回る。


「おーおー、元気がいい事。そうだ小僧っ子、ウチに来ないッスか。面白いもん一杯あるよ」

「お父さんお父さん、魔王が今、僕をさらって連れて行こうと」

「いぇーい、今日からお前は……おおっと。睨まれたから今日はここまで。また遊ぼうぜ」


 放してやると子供は元気よく仲間たちの元に走る。女と領主はその背中を見送る。

やや尖り耳の子供がいる、普通の人間の子供がいる、体格が大きい餓鬼大将。オークの子。

まぁ、都の路地の如くに色々な種族がごたまぜになってしまった物だ。

嬉し気な叫び声をあげて戯れ始める子供らの姿を見送って、ユーリ達の一団は動き始めた。

今の話を始めなければならない。進むと街の姿が見えて来た。

午前の日差しの中、住民たちで市がごった返している。

兵隊の列を認めたとて慣れたもの、道を空けども騒がしさは全く変わりがない。


 今日は時折に立つ市の日だ。農夫だの職人だのが手ずからの品を商い。立ち売りも居る。

木組みの粗末な屋台が立ち並ぶ中、人の姿に変化したウー=ヘトマンが

店主から差し入れられた焼きジャガイモを割り、片割れをユーリに投げる。

齧りながら振り返ると、自分は要らないと女が肩を竦めつつ答えた。

そうしていると取っ組み合いをしているオークと人間の姿を認めた。

大方、良くある境界争いか何かだろう。その家族らしい連中が慌てているのが見える。

気の済むまで争い結論を出せば良く、それでも終わらねば領主としての裁定か。


 窓の外に人々の暮らしを流しながら、ごとごと馬車の車輪が音を立てる。

やがて、相も変わらず古臭いペルーンの館が見えて来た。



/



「さてさて、それではユーリ君。何時ものように頼むッスよ」

「はぁ。それでは。今回の利息分はこちらに」

「宜しい宜しい。喜んで受け取るッス──茶番と思ってるッスね?

まー、その通りと言えばその通り。カカシ位の役にしか立たないと評判っしょ」

「解って言ってるだろ」

「当然。アチキを誰だと思ってる」

「薦被りのまじない師だろう」

「この物言い!!全く。相も変わらず正直な事。まぁ、これも計画の内ッス」


 曰く、百年後を見据えた投資という奴を行っているらしい。

自信満々に言い切っている通り、今の所はコケ脅し程度でしかないが。

先ずは楔を打ち込み、そこから根を伸ばして徐々に侵略を行うらしい、のだが。

百年の大計と大見得を切っている割にはやる事なす事どうにも茶番めいて──ともあれ。


「ま、固い話はここまでにしとこう。で、実際、今どーよユーリ君」

「今、とは?」

「今の自分ッス、今の自分をどう思ってるかって。言わせんな恥ずかしい」

「……そうだなぁ。難しいなぁ。兄上が凄く立派だったと良く思うようになった」

「じゃあ、ああなるかい?面倒事はパパっと解決。貸し借り帳尻関係を清算、奇麗にしよう」

「まさか。僕と兄さんは違う。僕は面倒事に振り回されてるのが好きなんだろう。

そしてこの地も、ペルーンと言うものも。必要な事はやるけどさ」


 現状の少なからずはかつてヴォロフらが性急に行った事に由来する。

特に行政人員の拡充と新住民の入植の影響が非常に大きい。

その全てを破却しても立ち行かなくなる事は明白であった。

第一、 追い出そうにも武装した敗残兵が多数生き残っていたのだ。


 さぁ、この現状を如何せん。その試行錯誤の結果が現状である。

一掃する訳にも行かず、ご破算にしてやり直しとも行かない。

全て否定半分肯定半分。自分の行って来た事は後ろ歩きで前進するようなもの、と

ユーリ=ペルーンは苦笑交じりに述べた。


「わおわお、面倒込みで繋げにゃならんとはやっぱり人間は面白いねぇ。

アチキに聞かせとくれよ。それなら未来はどうするつもりッス?」

「さぁなぁ。日々が繰り返して訪れるという事は何となく解るが」

「そりゃ答えになってない。子供らの事だってあるっしょ」

「なら、未来はあの子たちの物だよ。僕も見てみたくはあるが、今が忙しい。

日々に生き、日々に死ぬという話になるんじゃないかな。

僕には僕の土地と、家族と、兵隊に一所懸命であれば十分に過ぎる」


 男は未来に希望を託さない。第一、この世は己だけの物で無し。

精々がちっぽけな片隅に地歩を固めて行く事が望みであった。


「で、閣下は?」


 問われ、女は唇を妖艶に吊り上げて見せた。


「定めの命の者よ。アチキらにも長い長い昨日と、やっぱり忙しい今があるだけさ。

勿論、為したい未来はある。遂げたい本懐はある。

けれども全部決めちまうってな手に余る。残余の部分は人任せ。

あんた等人間の仕事だってまだまだ山の様にある。何せ世界は十分に広いッス」


 誰か一人が支配するには余りに広大で、割拠する余地は十分にあるという訳だ。

女は左腕の掌を差し出し、握りしめたり開いたり。その片腕で掴めるものは一つ。

何事につけ成し得る事には自然に適った限りがある。

それは力の大小、立場の違いに関わりが無いのだろう。


「それに。美しきものは細部に宿る。それ無くば、アチキらは単なる伽藍堂で書割さ。

泣こうが喚こうが人間どもにゃ相応しい仕事をしてもらわないと。ま、金は有難く頂くッス」


 言って、女は差し出されていた袋を恭しく受け取った。

それから、仰々しく新たな一巻きの紙を取り出すと領主に押し付ける。


「じゃあ、新しい取り決めだ。取り立てるからにはチミんとこに潰れて貰っちゃ困る」

「またか。茶番も繰り返せば儀式か何かだな」

「そう、またッス。これも悪魔相手に借りを作った以上は仕方がない」

「内容を一度で作ってしまう事は出来ないのか?手間だろうに」

「アチキ、神様じゃねぇッスよ。で、あれば繰り返し行うものッス」


 繰り返し繰り返し行う事で誓いは固くなる。

大事な事であれば猶更そうだ。これもまた、まじない師の技。

遠くを望む果敢無い幻は定かならぬから、絶えぬように繰り返し行うのだという。

祈る様に、願うように。その形式が借用書でさえ無ければ様にもなったろう。


「そういうものか」

「そうそう。古くなった約束はとっとと新しくしておく。ほら」

「たかが借金に大げさな。単なる証文だろう」

「たかが借金。されど借金。まぁ、物事には相応しい形があるって事」


 そして、領主は新しい書類に新しいインクで署名を記した。

部屋を出る女と入れ替わりで話は終わりかとウー=ヘトマンが顔を見せる。

冒険者から鞍替えしたエイブリー=ホワイトホースが水差しと盃を持って姿を見せる。

ライサンダやら何やらと武官として任官した冒険者共が足早に報告にやって来る。

急に騒がしくなった執務室の中、傍らにユーリは紙を放り出す。


「さぁ、お話も終わりでしょう?仕事を片付けて頂きますよ」

「……また容赦の無い。まだ昼食も食べてないよ」

「じゃがを半欠。大の男がそれではな」


 無論、龍もだ。さりとて日々に終わりはない。

仕事にするか、食事にするか。他に残余は無い物か。

それじゃあ今からどうしたものか。日々というのは忙しいものだ。

そこまで考え不意に破顔一笑、ユーリ=ペルーン会心の笑みであった。



 /



 ──我が愉快にして堅物なる友へ。貢物は甘味を希望する。

事件はこれにて一先ず落着。これより皇帝陛下との調整に向かう予定。

すぐに準備をして待つ事。何せアチキは早すぎもしなければ遅れもしないッス。

さておき、物語はまだまだ終わらない。知っての事とは思うけど。

壊れたものを繋ぎ合わせ、立て直すにはとてもとても時間がかかるもの。

またも忙しくなるからそちらの人類諸君にもしっかり頼むッスよ。

大体からしてアチキやアンタが奴らの代わりに生きる訳にも行かなかろう。

人のものは人の下へ。そしてアチキは皇帝の下へ!忙しいったらありゃしない。

仕事は当分終わらない。当然出番も役目も目白押し。全く、楽しみばかりの人生さ。

アチキは何時まで生きるのか。チミは何時まで生きるのか。

アイツはコイツはソイツはどうだ。誰も彼もが知りゃしない。さてさて、ともあれ。


 それでは、次は都にて──とそこまで書いて女の筆が止まる。

空高く雲は白き。世はなべて事も無し。その呟きだけが晴れ間の風に乗って消えていった。



 了

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