第23話 二人の男と二つの龍



 二ツ龍物語 23 二人の男と二つの龍



 雨を跳ねのけ龍は馳せ。その背でユーリ=ペルーンは掴んでいた鬣を離した。

地上間近で発射された少年の一方で、龍はドラゴンへと突き進む。

飛び出した少年はまるで水切りのように地上すれすれを掠め、

バランスを失って転がりながらも尚進み、泥塗れで立ち上がる。

剣を抜き、切っ先を黒い鎧の兄へと向けた。


「ヴォロフっ!!」

「ユーリ。いや、ユーリ=ペルーンか。ここまで来たか。あんな連中を引き連れて」


 少年の怒声に応え、手綱を握ったまま悠然とヴォロフは言う。

馬首を巡らせれば逃げる事も出来ように、男は弟と向かい合う。

面頬の下の表情は読み取れない。ユーリは殺意と興奮を抑えながら言う。


「……そうだ。殺しに来た。アンタの負けだ、兄さん」

「おお、怖い怖い。そうだな、負けかもしれんなぁ」

「ならば、手向かいせず」


 降り注ぐ雨に濡れ、兜の縁から水滴を滴らせながら徒歩の騎士は剣を構えた。

今にも飛び掛かりそうなユーリに、ヴォロフはやれやれと肩を竦めた。


「そう凄むなよ。なる様にしかならん。話をする時間位くれたっていいだろう。

おっと、今更説得できるなんて思っちゃいないさ。話しても解らんものは解らん。

ただな……」

「何だよ。今更何だってんだ。ふざけんなよ……ふざけんな!!」


 ユーリの激高を受け流し、ヴォロフは山羊骨を模した面頬を上げる。

やつれ、憔悴しきった顔がそこには在った。瞬きもせず、体を不安定に揺らし、

時に上空のドラゴンを見上げながら、ゆっくり言葉を吐きだす。

今にも笑いだしそうだった。


「俺はマジさ。マジだったからやった。信じて、信じ切ってこの有様だ。

ペルーンはきっと良くなる。お前たちともうまくやれるかもしれない。そう思った」


 もしも、弟が兄を信じていれば。不幸な事故さえなければ。

龍がヴォロフの考えについて協力的であり、民がもう少しだけ賢かったなら。

或いは、後ほんの少しだけ幸運と力量に恵まれていれば結末は違ったかもしれない。

だが、そうはならなかったと言葉を結ぶ。


「兄さんが捨てたんだろ。お前が捨てたものがお前を殺しに来たんだ」


 吐き捨てるように言う。だから、そこまでの話であった。

問答は無用とばかりに盾を構え、ユーリが騎馬へと突っ込んでいく。

ヴォロフは右腕を持ち上げた。そこには金無垢の指輪が光っている。

そこに少年は何事かの意図を認めた。

次の瞬間。真っ白く燃え上がる業火が少年を掠め、泥濘を焼く。


 真横に転がり間一髪で避けたユーリの目前で、

悠々とヴォロフは下馬し腰の刀を抜き放った。

ドラゴンの指輪の力であった。陽炎のように黒い鎧の輪郭がぼやけている。

少年の記憶では兄は虚弱な男であった。しかし、瞬時に認識を改め相対する。


「何だ、って顔してるな。これが俺の力だ。俺たちの力だ。

龍の力を借り受けたのはお前だけと思うなよ」

「おのれ、往生際の悪い!!」


 罵声を受け流し、ヴォロフはユーリを迎えるように手を広げた。

豪雨の中、黒い鉄の影が揺らめく。男は遂に耐え切れず笑い出した。

そして、泥濘を踏み閃光のような踏み込みで突っ込む。

刃の煌めきが少年の盾を紙屑の様に裂く。ユーリは盾だった木片を投げ捨てた。


「俺だって死にたくねぇよ、愚弟。お前とは違ってな。お前みたいな命知らずとは違って」

「我が身可愛い軟弱者がッ。借り物の力で偉そうに」


 血走った目で男が叫ぶ。得物を振るいながら黒い甲冑は少年の腰を睨んだ。

逃げる一方のユーリが間合いを離すや、ヴォロフは指さして嘲笑う。


「知ってるぞ、お前童貞なんだってな。だから何でも自分一人でやろうとする。

力を借りて何が悪い!!ひ弱な人間、望みがあればこうもなろう!!」

「子供の尻に隠れる男のいう事か!!どいつもこいつも巻き込んで、大勢死なせて!!」

「お前が言えた事か、ユーリッ!!民兵共とて民だろう。死ぬぞ、大勢死んでしまうぞ!!」

「ペルーンがペルーンで無くなってまで生きる価値などあるものか!!」

「だからお前は童貞なんだよ!!」


 罵声を引きずりながら黒い甲冑はだんびらを一閃する。

またも剣戟を紙一重で避けたユーリに、ヴォロフは苛立たし気に吐きつける。

切っ先を少年に向け、顔を狂相に歪めていた。


「変わる事を過剰に恐れすぎている。だからこうなった。

だから俺も仲間達も失敗した!!お前らのせいだ!!忌々しい反動め!

お前の協力さえあれば。お前たちさえいたなら、もっと上手くできたのに!!」

「女々しい男!!絶ち切ってやる!」


 一瞬の隙を突いて、今度はユーリが太刀を振るう。

ヴォロフは剣を掲げて剣戟を受け止める。少年は大きく息を吸った。

一度、二度、三度、四度。息の続く限り一気呵成に尾噛刀を振るい続け、

只管にヴォロフの剣目掛けて打ちかかった。火花が輝き、僅かに鋼の欠片が跳ねる。

反撃。男は得物を振り下ろす。少年が殆ど背を向けながら転がり避ける。


そして、指輪の剛力に耐え切れずに地面に叩きつけられた刃が半ばから折れ飛んだ。

くるくると刀身が宙を舞い、泥濘に突き立つ。雨粒が滴っていた。

身を起こし、肩で息をするユーリが視線を正すと、指輪の力を明滅させながら、

雨の中、悄然と立ち尽くすヴォロフの姿があった。


「指輪の火が……ドラゴンと言えど力は有限か」

「僕の勝ちだ。煽られて力を使いすぎだ。昔っからケンカに弱い戦下手」

「流石は俺の弟。よく見ている」

「……兄さんだって。勝つ気は無かったんだろう」


 ヴォロフは問いかけに答えない。ふらつきながらユーリ=ペルーンは歩み寄る。

見れば、黒鋼の足鎧は半ばまで泥に沈んでいた。もはや歩くこともままなるまい。


「死ぬしかないのか」

「そうだ、兄さんはペルーンを裏切った。民を裏切った。その報いは受けなきゃいけない」

「嫌だな。実に嫌だ。嫌で嫌でたまらない」


 捨て鉢めいて言いながらも、男はどしゃりと音を立てて泥の上に尻を落とした。

弟の視線を感じながら、ヴォロフはその顔を振り仰ぐ。


「そういう訳だ。ユーリ、最後まで俺の自殺に付き合って貰うぞ。

兄殺しに僭主殺しを背負っていけ。そうすれば俺の後始末も多少は楽になるだろう」

「兄さん、何時からそういうつもりだった?」

「今更馬鹿言うなよ。幾つも考えてた可能性、その一つに行き当たっただけだ。

戦の勝ち負けで立場は逆になったろうし──和議の可能性もちらとはあった」

「……だが、そうはならなかった。だから」

「そう、このお話も最早これまで。恰好つけて終わらせよう。

後は全部お前が持っていけ。連中を引き連れて死ぬまで荒れ地を這い回ってろ」


 覚悟を、とユーリが言う。おう、とヴォロフが応える。

男はゆっくりと立ち上がると半ばで折れた重い剣を後生大事に振り上げる。

ユーリは地を蹴った。刃筋を立て、男の首にドラゴンスレイヤーが半ばから食い込む。

勢いよく降り抜くと、確かな手ごたえがあった。どしゃりと頭が落ちる音が聞こえる。


ユーリ=ペルーンは面頬を上げ、天を仰ぐ。

止みかけた雨雲の隙間から、太陽の輝きが覗いていた。



 /



 見上げれば曇天。背中には泥濘。

オークに一撃を食らってひっくり返ったエイブリー=ホワイトホースであった。

辺りからは雨音に重なって剣戟と断末魔の悲鳴、怒号が混じった一種の音楽が聞こえる。

朦朧としていたのは数秒。それから鎧越しに受けた打撲がズキズキと痛みだす。

まだ死ぬ事は無さそうか──そこで誰かが腕を握って半エルフを無理矢理引き起こす。


「副官殿!!」

「さっきの君か。……皆は?戦況はどうなってるの?」

「しっちゃかめっちゃかでさ。泥塗れの取っ組み合い。

倒れてると小刀でやられちまいますよ。冒険者連中も列がバラバラに」


 オークの打撃を避け、から竿で痛打を返しつつ言う。

隊の紋章やら、揃いの印が無ければあっという間に同士討ちだった、

と民兵の男は結んでエイブリーの答えを待った。


「雨で視界が悪いのに乱戦……このまま押し切れるかしら。全く、ユーリの奴。

無茶をしないって言ってたのにやっぱり飛び出して。」

「副官殿、そしたら指揮官はあなたでがす」

「そこまで見えてたろうから余計に腹が立つ!」


 乱戦にもつれ込む事も。タイラーが死ぬであろう事も。自身は突撃する事も。

そして、戦場に残された半エルフら冒険者たちが兵らの指揮を執る事さえきっと。

後で張り倒してやる、と怒鳴り散らしながらもエイブリーは指示を飛ばす。


「鎧武者は引き倒して、泥に張り付けて、隙間からナイフ。

複数で取り囲んで、反撃貰いそうならスッと逃げて。やる事は変わらな──」

「副官殿?」

「龍だ。ウーちゃんがドラゴンと戦ってる」


 見上げれば、細長い影が飛ぶトカゲと鷹同士の喧嘩のように交差している。

紫電が閃き、炎が吐き出される様はまるで魔法使いか何かの決闘の様だった。

ぽかんと口を開けていた男がエイブリーに顔を向ける。


「……どうしやす?こっちに来るかも」

「どうもこうも。破れかぶれよ。ここで勝つ。死なない為に。

この雨なら、押してる限り恐怖も広がらない──と思う。私の一党と君らに頑張って貰うわ」


 彼方の龍から視線を外し、エイブリーは再び武器を握りしめる。

状況は既に背水の陣だ。逃げ出す事も出来ない。勝利か、しからずんば死か。

あの少年もまた自分達を信じたのだろう、であればやる他あるまい。

覚悟を決めながら、半エルフの娘は彼方の龍と少年にぼやく。


「うーちゃん、ユーリ。必ず勝ってよ。命預けたからね」


 天においては赤い翼が横殴りの雨の中を駆けていた。

雨を裂きながらドラゴンは飛ぶ。その後ろをウー=ヘトマンが追う。

両者の速度差は明白であり、みるみる内に蛇体は離されるが、龍は焦りもしない。

雷電が閃く。鱗の傍らを掠め、帯のような稲妻が眼下の木立を撃った。

照準さえ完全であれば、避ける暇も無くシャロムを焼き尽くすだろう。

無論、魔法である。周到に準備した自己の領域に敵を引き込んだ結果だ。


 しかし、狙い定めねばならぬという点にシャロムが付け込む隙はある。

魔法であるという事にドラゴンが付け込む隙がある。

若きドラゴンは古い蛇にその速力と魔法で以て戦うのだ。

古い巣穴から這い出た蛇に相対し、今や赤いドラゴンは挑戦者となった。

加速する思考と戦の興奮の中、シャロムは手段を模索する。


 速度はそのままに上昇、急旋回。翼の骨と付け根がミシミシと音を立てる。構わない。

左右に体を振り回しながら、ドラゴンは知識を回す。選択、短い詠唱、そして照準。

僅かな先を魔法の矢弾が走り出す。斜め上方からウー=ヘトマン目掛け急降下。

マジックミサイル数発ならば致命傷にならぬ。ならば数多叩きつけるまで。

矢玉の嵐を伴ってシャロムは砲弾のように突き進み、浮かぶ龍と交差する。


 背中に苦痛の咆哮を聞く。やったか、とは思わない。

龍の類は息の根を止めるまで安心は出来ぬ。そして龍はまだ生きているのだ。

魔法の矢玉は小手調べ。龍殺しの剣が無いならば接近戦とて選択肢の内。

どうすれば殺せる。どうするのが一番適切か。シャロムは高速で演算する。

──至近距離での最大火力。娘の選択は、奇しくもその恐れる剣の主と同じものであった。


 詠唱を開始する。下方からの突撃を開始する。

愚かにも、ウー=ヘトマンはとぐろを巻いたような姿で中空に在る。

その体に噛みついて炎を吹き込んでやろう。シャロムは決断した。

角ある爬虫類の顎が魔法の陣で飾られて、蛇体の半ばに食いついた。


 ──どうだ、とシャロムは考える。

思考する。やれる、この調子ならば龍を破れる。

そうすれば自分の勝ちだ。今から取って返してあの小僧を殺すのだ。

食い破った腹から吐息を注ぎ込んで──そこで違和感を抱く。


「小娘」


 と、いう声を聴いた。


「今、自分は勝ったと思ったろう」


 嘲笑うような声であった。蛇体が一瞬にして身を食むドラゴンに巻き付く。

ウー=ヘトマンの顔が娘の容を取っていた。長い長い蛇体の先に、娘の顔が乗っていた。

異形の龍は赤いドラゴンを締め上げる。その顔が笑みを作ってシャロムを見下ろしていた。


「何故、と思ったろう。予想が通らないのは何故だ、とも思ったろう」

「どうして──」

「私が平然としているのか。生きているのか、そう思ってるだろう。

技術が通らないのは何故か。知識が通らないのは何故か。謀が悉く破れたのは何故か」


 無数の問いを娘の顔が積み上げていく。積み上げながら締め上げ、

ドラゴンの骨を軋ませ肉を押しつぶしていく。

混乱の最中、シャロムは絶叫めいてウー=ヘトマンに問うた。


「お前、お前。最初から、最初から最後まで」

「間抜け、勘違いするな。お前や人間どもと違って遠くまで見通そうと思わん。

大地のはらわたを掘り返し、財宝や飾り物を集めようとも思わん。

が、私の巣を叩いた。私とペルーンの盟約を侮辱した。

だからお前もお前の仲間も殺す。この土地に龍は二つも要らん」


 ウーは冷厳と告げた。シャロムは身をよじり死の抱擁から逃れようともがく。


「お前!!止めろ!!私の土地が、私の城が!!私のヴォロフが──!!」

「お前の物など何一つないよ。最初から最後まで。

さようなら、さようなら。赤いドラゴン。お前はここに来るべきではなかった」


 告げると、娘の顔がドラゴンの喉笛に食らいついた。

鱗を砕き、肉を千切り、吹き上がる炎に髪と肌を焼きながら尚食い破る。

ウー=ヘトマンが蛇体を伸ばすと、支えを失った赤いシャロムの体が傾ぐ。

赤いドラゴンはそのまま泥濘へと墜落し、肉と潰えた。


 龍はその死を最後まで眺め、全ての者に聞こえる咆哮を上げた。

雨が止む。雲間からは太陽が覗く。ウーが見下ろした大地にはちっぽけな戦場があった。



/



 泥塗れの少年はヴォロフの首を下げてゆっくりと雨上がりの戦場を歩く。

彼方には泥沼に膝まで浸かり、未だ戦闘を繰り広げる残党の姿が良く見える。

ユーリ=ペルーンは面頬を上げた。何か重い物を引きずる音に振り返る。

ドラゴンの死体をくわえたウー=ヘトマンだった。


「ユーリや。大将の仕事だ。目出度い席だぞ、しゃんとせよ」


 少年は促され、兜を脱がせた兄の首を高く掲げた。

僅かなためらい。しかしながら、告げるのならば両軍とも戦闘に疲れ切った今しかあるまい。


「聞け、オーク共よ!わが兵らよ!」


 果たして。未だ戦闘を止めない連中も散見される。ウー=ヘトマンが鼻息を吹く。

そして大きく息を吸い込み、胸を膨らませる。


「とっとと戦闘を止めんか馬鹿共!!ペルーンの大将の宣下なるぞ!!」


 龍の咆哮には魔法の力もある。耳を塞いで轟音を防いだユーリを別とすれば、

電のような一喝に疲れ切った連中、戦を続けている連中、諸皆動きを止めて顔を向けた。

それを確かめて、ユーリ=ペルーンは断ち落とした首を片手に音声を上げる。


「敵軍の主はこの私が討ち取った!!これ以上の戦は無用である!!

赤いドラゴンも我が盟友たる龍が滅ぼした!!これ以上手向かいするな!!」


 その叫びは何処まで届いたろうか。しん、とした静けさだけが少年に答えていた。

勝利を喜ぶ歓声も無ければ、ふざけるなという怒喝もない。戦の終わりは静かであった。


 放棄された武装が泥濘の上に山を作り、その脇を兜を脱いだオーク達が歩いていく。

軽症の兵は包帯を巻かれ、手や足を失った者も悲鳴を上げながらも手当を受けている。

両軍の戦死者の遺骸を集めるよう捕虜に命令しつつ、ユーリはぼんやりと青空を見上げた。

すると、そこから一人の娘が真っ直ぐに落ちてくる。


ウー=ヘトマンだ。見まごう筈もない。その娘は全く驚いた風もないユーリを認め、

落下速度を急速に減じると、音もなく彼の目の前に降り立った。


「ユーリや、どうした。驚かんな。それにもう少し喜んだらどうだ?」

「……正直、勝てると思ってなかった。実感がまるでない」

「ま、一先ずそれでよかろ。お、エイブリーの奴がこっちに来るぞ」


 半エルフの娘は重い足取りであった。それから兜を脱ぎ捨て、

武器を放り出し、雨でぐしゃぐしゃになった顔を晒しながら少年目掛け駆けてくる。

ああ、これは怒ってるな、とユーリは思う。そのままの勢いでエイブリーは少年に抱き着き、

すぐに身を離して眉を吊り上げてあれこれと怒鳴り始めた。


 疲れ切った少年の耳から耳へと非難の言葉が通り抜けていく。

ふと、彼方を見やる。薦被りが手を振りながら、銀髪の娘とやって来るのが見えた。

心配やら恐怖やらを吐き出し続ける半エルフに、僅かに謝罪を述べてから向き直る。


「やほ、少年。生きてたッスね」

「お前……まぁいいや。今はそんな気分じゃない。それより、何で書記の子と?」

「昔馴染みでね。北に帰る前にチミらに挨拶にでもと」

「へー……それじゃあ取り立ては先になるな」

「あ、サボってたと思ってるね。ま、いいさいいさ良いって事ッス。

今度改めて戻って来る。何かと入用になるだろーし。ま、きちんと話はしとけッス」


 けらけら笑って去っていく乞食を捨て置き、小柄な書記が一歩歩み出る。


「ご無事で何よりです、貴族様。ペルーンの新領主就任をお喜びいたします」

「まだ仮、とも着かないよ。まずは家に戻らないといけないし……」

「しかし現実は待ってはくれませんわ。戦の間に状況を調べておりましたの。

勿論、我々の報酬やら被害の整理、保証のお話などもございますし。

ストロングウィルとしては、ペルーンの将来性などについてもお話したく」

「……見ての通り疲れている。ここぞと捩じ込みたい気持ちは解るがね」


 詳しくは落ち着いてから、と矢継ぎ早な提案を受け流した少年に、

銀髪の娘は目を細めながら微笑みを浮かべた。


「慧眼ですわ。では簡潔に報酬以外の意図を。

皇国、及び我々としては今後もペルーンへの援助の意志はございます。

また、勝ったにせよあなた方だけでは収集がつかないでしょう?」


 ドラゴンの巣の始末もありましょう、と銀の娘は続けた。

主を失った以上、かのドラゴンの住処を捨て置くわけにも行かない。

皇国としては利用価値がある、と言う言葉を聞いてユーリは皮肉げに笑う。


「利に敏い。援助かはたまた僕らの管理か。……君、何処まで持っていくつもりだ」

「皇帝陛下と皇国全体に利益となる限度、ですわ」

「出来るだけ旧に復して貰いたい所ではあるんだがね。まぁ、そうは行くまいが……」

「戦を終えた以上、立て直し、栄えて頂かないと困ります。

このまま滅ばれては得られる益も無くなりますから。貴族様次第ですよ」


 それに、上手く行けば手本ともなりましょう、と書記の娘は結ぶ。

全てはここから。終わりは新しい始まり。ふと、傍らを見回すと二人の娘が在った。

後ろを振り返れば、民兵共が冒険者を巻き込んで勝利を祝い始めている。

何とも気楽な風情ではあったが、少年としては喜ぶばかりでもいられない。


 戦は終わった。されどペルーンの時間は終わらない。

一先ずの区切りと少年は龍と副官に向き直り、大きく息を吐きだした。



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