第22話 馳せる男と鉄の豚



 二ツ龍物語 22 馳せる男と鉄の豚



 剣を杖に、少年は彼方の敵を睨んでいた。

さぁ来い。貴様らの敵はここに居るぞ。思わず歌いだしそうな心持だ。

彼方には敵勢が見える。引き絞られた弓がこちらを狙い、殺意を宿しているのが見える。

偽りも飾りも無い。殺せば死ぬ。ただ単純な事実だけがある。


果たして。ざ、と羽虫が飛ぶような音が聞こえたと思うと青空に細長い影が過った。

背負った盾を引っ手繰る様に握る。殴りつけるように構えた所に矢が突き立つ。

剣を鞘に納めるや、ユーリ=ペルーンは頭上に盾を掲げて脱兎に駆け出した。


 龍と並走しながら揺れる視界に銀龍旗と居並ぶ兵が見える。

身を乗り出しているのはタイラー=マルテル。

野戦築城に拠った兵らは出来る限り厚みを増やした横一列の陣形だ。

流石、という言葉を飲み下しつつ、龍の鬣を引っ掴む。


「全軍、シールドウォール!!」


敵勢の放った矢雨が降り注ぐ中、少年は叫んだ。

膝程しかない盛り土に盾を乗せ、その隙間を別の盾が斜めに塞ぎ、

完成した即席の城壁の直上をウー=ヘトマンと共に飛んで越えたところで矢玉が着弾した。

自陣に転がり込んだ所で大きな鉄槌を手にしたタイラーが駆け寄ってくる。


「坊主、いよいよ始まったな」

「そう言えば、書記の娘が見えないけど」

「昔馴染みと話があるんだとさ。居ても邪魔になるから追っ払ってやった」

「さよか。露払いの矢が尽きたら突っ込んでくる──そら来た!」


面頬を跳ね上げ、剣を抜き放ち、ユーリは自らも盾の仲間に加わり戦列を作る。

円形、長方形、或いは紡錘形。形も素材も不揃いながら、石垣めいた壁が出来上がる。

その隙間から彼方を見れば、敵の陣容が見て取れた。

三列。先頭に冒険者や雑兵、続いて重い弩を両手で携えた鎧たち。

最後尾に最も重装甲の歩兵があり、中でも一際目を引く姿は馬乗りの姿だ。


 山羊の兜を被っている。その隣に赤毛の娘が侍っている。

顔は見えずとも、まごう事も無い。ヴォロフ=ペルーンであった。

それらを守る様に立ちはだかる巨漢はオーソドクか。

轟く太鼓の音が観察を遮った。進めの合図だ。両軍の距離が縮まっていく。


 敵陣を迎え撃つべく、武器を構えて壁が僅かに緩む。

肩に戦槌を担いだタイラーだけが列から外れ、悠然と歩きながら叫ぶ。


「お前ら、盾を捨てるんじゃねぇぞ!!ここが戦場の要だ。死んでも守って貰うからな!!」

「アンタ悠々としてるだけか?」

「そりゃ他にやる事があるかんな。それに全身甲冑って訳でも無い。

壁は盾持ち連中に任せらぁ。坊主も早々にくたばるなよ」

「簡単に言ってくれる」


直後、耳を聾するラッパの音が響いた。

それを合図に敵勢の一列目が、遂に進撃を開始する。

双方に歩兵が主体。機動力に欠ける以上、正面からのぶつかり合いが必定である。


「おお、おいでなすったおいでなすった。来やがれ抜け作共、ここの通行料は高いぜ」


 舌なめずりしながら独り言。タイラーがウーに振り返る。

すると、そこには明滅しながら輝く幾何学文様に陣取り、何某か言上げし続ける龍が居た。

集中を阻害しないよう、ゆったりとした足取りで近づき、戦士は問う。


「雨乞いはどれ位かかる?」

「一当て押し返すまでにやってみせよう。

なぁに、仕込みはとうに済んでおるでな──ユーリ」


 龍の姿のまま、鎌首をもたげたウーが視線を少年に移した。

振り向くことの出来ない背中で外套が揺れているのが娘の瞳に映る。


「そういう訳で動けぬ。死ぬなよ」


 不安など僅かもなく龍は言い放った。答えを待たずに雑兵共の突撃が始まった。

喊声。騒音。土煙に引き抜いた剣や斧、刃物の群れの輝き。

それらが徐々に近づき、敵兵の白目まではっきり視認できるようになり、激突する。

芸も何もない力押しを盾の壁が受け止め、その衝撃を列の厚みが吸収する。

味方が武器を突き出し、敵はこちらに掴みかかる。

崩れぬように隊伍を固め、盾の列は浅い壕を墓穴に変える作業を始める。


速やかに殴り合いに移っている彼方で、敵勢の二列、三列が動き、そして停止した。

怒号と剣戟が鳴り響く最中、ユーリは弩隊が散兵隊形に移るのを見た。

よもや、と思うよりも早く盾を構える。重く鈍い、明らかに弓とは異質な音が響いた。

奴ら味方諸共射掛けおった、と少年は認識するや否や龍へ叫ぶ。


「まだかッ!!重弩相手はそう持たんぞ!!」


 敵勢の狙いはこれではっきりとした。一陣で拘束し、その後ろから弩を射掛けて

壁に穴を開け、しかる後に鎧武者どもをねじ込むつもりだろう。

此方は遠間から射すくめられる一方、敵主力は無傷。

手堅くもじりじりと近づきながらオーク共は射掛けてくる。


頭を使った力業、とでも評するべきか。それだけに地力で劣れば対処出来ぬ。

弩を引き上げてはボルトが放たれる。鈍い鉄色の死がゆっくりと近づいてくる。

崩れるな、兎に角耐えろ、と戦列にタイラーが喝を入れるのを少年は聞いた。


 だが、劣勢は否めない。腕力に優れるオークの弩隊とは恐るべきものであった。

通常であれば巻き上げるような弦を腕の力で引き上げ、盾をも射抜くボルトを放ってくる。

雑兵で防御を崩され、一人、また一人と味方の冒険者が撃たれて倒れる。

大混乱の最中、ユーリは返り血を浴び、刀身に朱が流れた。

瞬間、その赤をぽたりと落ちた大粒の雫が洗った。


 ユーリ=ペルーンは口角を吊り上げる。龍の咆哮が轟き、俄かに雨粒が落ち始めた。

敵勢は尚も進撃を止めない。このまま勝負を決する腹積もりか。

だが、それを遮るように雨足は瞬く間に強くなっていく。

宜しい、策は成った。死体を盾にして重い矢玉を防ぎつつ、少年は龍へと振り返る。


「待たせたな、成ったぞ!!如何とするか!?」


 彼を迎えたのは晴れやかな娘の笑みだった。


「手筈通りだ!」


 ユーリは短く叫ぶ。見る間に勢いを増す驟雨の最中、龍が曇天目掛けて躍進した。

高みからウーは戦場を見下ろす。陣地を枕に只管防戦を続けるのは銀龍の旗。

敵味方に挟まれ右往左往する雑兵共。そのすぐ後ろに迫る鋼のオーク共。

眼下の戦場絵巻を眺めつつ、土砂降りの中、龍は権能を振るい続ける。


盾より硬い龍の鱗は破城の弩なかりせば矢玉も防ぐ。

また、余りに強い弦の力は、故に雨で緩めば使い物になるまい。

馬上のオークが此方を睨み上げているのをウー=ヘトマンはせせら笑って紫電を呼ぶ。

歯噛みするが良い。主導権はこちらが取り戻したぞ──さて、と龍は視線を移す。

その瞳は戦場の傍らにある森の中に注がれていた。


「さぁ、民共。お前たちの怒りを見せてやるが良い」


 土砂降りの雨の中、龍は紫電を呼び寄せる。



/



 秘かに戦が嫌いになったのは何時からだったろう。

焼け出されてからか。それとも、自分を拾った老人が別れも言わず去った時か。

別離であったのか、見捨てられただけなのか。真実は最早解らない。

エルフほどで無いにせよ、遠い過去の記憶は薄ぼやけて定かではない。

まるで眼前にたちこめる水煙のようだ。


 堅実逃避を注視し、曇天を裂く稲光を見上げた。

土砂降りの雨の中、森の中は昼尚薄暗い。

エイブリー=ホワイトホースは周囲を見渡し、落伍者が無い事を確認した。

見れば、すっぽりと全身を包むフード付きのマントを羽織った兵共が

頭からつま先までびしょ濡れになっている。

最も、それは女冒険者やその一党も同じことだ。

雨具の上から尚染みる雨滴の鬱陶しさたるや、思わず毒づきたくなる程だった。


 尤も、今更不平不満を口にする者はいない。

エイブリーは身振りで合図し、一隊を追従させ木立を抜ける。

彼方に敵軍と味方を認め、女冒険者は思わず顔が強張るのを感じた。


 ──自分達にできる訓練、調練の類は全て行ったつもりだ。

無言の兵らの整然さが見て取れる。悪路を物ともしない姿は頼もしくさえある。

だが、今から自分達が投げ出されるのは最前線だ。

おまけに伏兵である以上、喊声を上げる事も歌う事も出来ない。

機械的な足取りで泥濘を踏み、森を抜け。そして彼方の戦場を見た。


 冒険者として、傭兵として生きて来たから女には理解が出来る。

終点であるあの場所には死が待っている。怖い。怖い。恐ろしい。

兵と仲間の手前、保っていた仮面が剥がれて落ちそうになる。


「若殿、失礼。上官殿が待っておりますよ、副官殿」

「そう……そうね。そうよね。待ってるんだもんね」

「……ブルっちまってるんで?」

「残念だけど、そうね」


 あの少年のように勇敢であれたなら。出会った冒険者たちのように命知らずなら。

或いは、在りし日の老冒険者のように才覚にも腕前にも恵まれていたのなら。

このような醜態をさらさなくてもよかったろう。内心を飲み込み、応える。


「死ぬのはあっしらも恐ろしい。戦いも恐ろしい。副官殿もあっしらも同じみてぇで」

「そうね」

「ここにいる兄弟達は全員そうでしょうぜ。なぁ、皆。おっと、騒いじゃいけねぇか」


 数多の訓練と日々を共に越えた周囲を、兵の一人は兄弟と呼んだ。

異議は無い。死と生との狭間を馳せて、有象無象は友となった。

自分を励まそうとしている事もエイブリーには理解できた。

改めて兵、仲間達の顔を見る。皆、口を引き結び、しかし穏やかな笑顔のようにも見える。

女冒険者の肩から力が抜ける。


「何よ、揃いも揃っての臆病者。その癖、死地に飛び込むとか馬鹿みたい」

「違ぇねぇです」

「って事は好き好んで武器を取って、好き好んで戦争やろうって親不孝者ばっかりね」

「そこは今日は死ぬには良い日だ、とかそういう格好いい演説の一つでも」

「馬ぁ鹿。柄じゃないわよ。それにね」


 エイブリーは、長柄を担ぐとゆっくりとした足取りで進み始める。

その後ろに兵と仲間達が続く。民兵たちは一塊となって前進を開始した。


「その日は今日じゃないわ、きっと。あの子を信じてみようじゃない」

「違ぇねぇ。全く持って」


 違ぇねぇ。その台詞が重なり、噛み殺した笑いが雨中にさざめく。

兵らは進む。雨は降る。戦合図の稲光が進め進めと急き立てる。

戦場に近づくにつれ皮靴の脛までも泥が汚す。だが、鉄靴よりは歩きやすい。

オーク共が此方に気づいたらしい。壕の間際まで近づいた連中の側面が此方を向いた。

エイブリーは纏っていた重いマントを引っ掴み、一息に脱ぎ捨ててから叫ぶ。


「あそこは泥濘、装甲兵は動けない。全員、突撃!!奴らの足を掬ってやれ!!」


 号令と共に、エイブリー隊は駆け出した。

目指すは側面。明白な死地に向かって兵どもはひた走る。

泥濘と化した戦場において、軽装の民兵達はその在り方を雑兵から機動力へ変えたのだ。

そして、彼方の戦列の中。ユーリ=ペルーンは会心の笑みを浮かべてその様を見ていた。


「エイブリー達が動いた!ここが踏ん張り所だぞ、冒険者諸君!!」


 土砂降りの雨に負けじとユーリは大喝する。

戦場の姿は最早一変していた。この辺り一帯は激しい雨ともなれば、

膝まで沈む泥濘と化す。そして装甲兵の鉄靴と鎧は板金を組み合わせた複雑な細工。

砂と泥とが入り込み、膝まで沈み込めば兵の足など無いも同然だ。

板金の甲冑は泥に張り付き、装備そのものがオーク共を縛る枷となろう。

対する此方の対策は万全。地勢そのものが強固な城となり、また敵を圧する援軍ともなる。

ユーリ達の仕事と、それから協力者達の知恵、そして空飛ぶ龍の力あっての成果である。


「我らも進む、前へ!!前へ!!前進せよ、紳士諸君!!」


 死と泥と瀕死の呻きを混ぜ込んだ壕を踏み越え、恐れをなした雑兵共は背を向ける。

それを合図にユーリ達は戦列を進め、死の穴を踏破する。

弦が緩み、豪雨に狙い定まらぬ矢玉が頬を掠める。

頬に赤い筋が垂れる。マイ、ターン。こちらの番だ、と冒険者の誰かが叫んだ。

そして、彼方では逃げ散った雑兵が何か大きな物に跳ね飛ばされた。


「我が一族!!我ガ鉄ノ友らよ恐れるナ!!」


 続いて豚めいて耳障りな叫びが雨に、ユーリらに負けじと吠え狂う。

オーソドクであった。体躯に負けぬ巨大な軍馬に跨ったオークの武将は、

進路上の雑兵を跳ね飛ばしながら自陣を鼓舞して回る。


「坊主ッ。あのデカい豚、こっちに突っ込んで来るぞ!」

「指揮官の突撃!?よっぽど自信があるのか……?」

「言ってる場合か!!アイツ、どれぐらいやるんだ!?」

「知らん!!」

「ふざけんな馬鹿野郎!!」

「どっちにしろ殺さないと先が無い──」


 そこで少年の言葉が途切れる。オーソドクは騎乗のまま、ユーリ達の戦列の前で止まる。

何事かと思わず進軍を止める冒険者たちの前で、オーソドクはユーリに目を止めた。

そして手招きする。ユーリが止める暇もない。逸った数名の冒険者が突出。

或いは、その背負った巨剣を飾りか何かと思ったのやもしれない。

それらを降りしきる雨ごと剣風がぶち抜いた。


 その冒険者たちにとって幸運だったのは死に際の痛みを感じなかった事だろう。

一太刀で数名を挽肉に変えるや、オーソドクは馬を翻し自陣に駆ける。


「我ガ一族ヨ!目の前ニ構ウな!!

奇策に頼る敵勢は押し切れン!!防御陣形を取レ!!方陣を取レ!」


 敵を鎧袖一触に叩き潰す様を歓呼が迎え、馬上のオークは雷鳴をも圧する号令を発した。

足を泥から引き抜き引き抜き、固まり始めた敵勢を見てユーリは歯噛みする。

敵ながらオーソドクの見立ては正しい。正しいが故に尚攻めかからねばならぬ。

鋼鉄の兵らに防御を固められてしまえば、再び攻守が逆転する。

覚悟を決めて更なる突撃を命じかけた時、その言葉よりも早くタイラーが飛んだ。


 それは言葉の綾ではなかった。文字通りに鎧兜に身を固め、

両手持ちの大槌を構えた丈夫は槌の片側から白い蒸気を噴き上げて矢の様に宙を駆ける。

敵の戦列を越え、勢いもそのままに頭上に振り被った得物を敵将に叩きつけた。


果たして魔法の技か、それとも魔性の武器のからくりか。

その誰何を鉄叩く音が遮り、剣で留めたオークは目前の鉄砲玉に言う。


「──『大戦』ノ折、こう言ウ技ヲ使う戦士ガ居たト聞く。

さゾ武名轟ク御仁と見受けタが、如何ニ」

「なぁに、ああ言うビックリ人間どもの真似事が出来るだけだ」

「ソウカ!!」


 大剣の腹で一撃を受け止めたオーソドクは応ずるやタイラーを弾き返す。

ましらの様に空中で態勢を整えたタイラーはオークの戦士共の衆人環視の中、着地した。

それから槌を担いで馬上を睨み、獰猛に笑って手招きを返す。


「皆さんご存じ鉄槌タイラーたぁ俺の事!!驚いて死ねオーク」

「覚えよウ!!」


 左右に飛び退く装甲兵を押しのけてオーソドクが騎馬のまま突っ込んでくる。

それを認め、タイラーは側方へと自らを射出。横殴りに馬の腹を鉄槌で貫く。

馬体が傾ぎ、オーソドクが態勢を崩す。

勝利を念じかけたタイラーはそこで信じがたいものを見た。

オークの戦鬼が、手にした大剣を地面に突き立てそれを支えに逆立ちを取った。

そのまま槌の勢いを腕力と体幹で殺し、事も無げに泥中に足を鎮めたのだ。


 オーソドクもまた全身甲冑。他のオーク同様に違いあるまいが、

一見して足取りに変化が見られないのは筋力で以て泥濘を踏破しているが故か。

全ての障害を筋力腕力で解決して憚らぬ怪物にタイラーは辟易しながら罵倒する。


「出鱈目だなこの野郎!!」

「貴様ほドでは無イ」

「言いやがったな、後悔させちゃる」


 更に大槌と大剣が一合、二合とかち合う。

このオーク、馬鹿力だけではない。正確で、速く、その上恐るべき業前であった。

怒鳴り、槌の噴気を用い、足場を物ともせず緩急自在に得物を操るタイラーは、

その実全く余裕などない。これ程か、と賞賛を飲み込んでいる程だ。

周囲のオークはおろか、ユーリ達すら思わず見入る剣戟を繰り広げながら、

しかし、オーソドクが徐々に押し込み始める。


 オーソドクの太刀筋は愚直に回転する車輪のようであった。

縦に斜めに右に左に。単純至極、余りにも早く重く限りがない。

真正面の唐竹割。それを槌の軸でタイラーが受け止める。

金属音が響く。直後、熟練の冒険者は半ばで折れ曲がった得物と、

その向こうで猛々しく笑う武人の姿を見た。


 横殴りに太刀が振り被られるのを目の端にタイラーが写す。

痛みよりも早く衝撃を、続いて回転する視界。

眼下に泣き別れとなった己の下半身を認め、男は声ならぬ咆哮を上げた。

そうか、こいつは殺す。脳裏にはただそれだけが在った。


折れ曲がった槌が、タイラーに応えて蒸気を噴き上げる。

上半分のまま、冒険者は死と引き換えの一撃を敢行した。

降り抜いて身を崩したオーソドクの肩口に槌が食い込み血飛沫が上がる。

されども、鋼の鎧と己が肉体で一撃を受け止め、オークは勝利を叫びかける。


 オーソドクはその時、彼方から飛来する大顎を開けた龍を見た。

ウー=ヘトマンであった。ユーリ=ペルーンが駆っている。

オークは驚愕した。その身に衝撃が走った。見上げると腰刀を手にした少年の姿がある。

龍の顎をも剛力でこじ開けかけていた戦鬼は、少年を認めるや不意に面白げに笑って言う。


「少年、戦場デ見えテ満足ダ。やレ」


 ユーリの短剣がタイラーの作った傷跡を貫き、抉る。龍が鎧諸共腹を食い破る。

血達磨になって墜落する敵将を顧みもせず、ユーリは彼方の騎馬を捉えた。

黒い山羊の鎧。金無垢に輝く指輪。再び態勢を整えたドラゴンを従えている。

ヴォロフ=ペルーンだ。


 あれこそは事態の元凶。兄こそが滅ぼすべき敵。

ここで逃がせば承知した犠牲が無意味と化する。故に首を落とさねば勝利ではない。

赤い龍と黒き敵が、そこに居た。目掛け、少年と龍は馳せていく。

二ツ龍は雌雄を決すべく、二人の男は地のあり方を定めるべく。



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