第20話 火の数を数えて



 二ツ龍物語 20 



 冒険者、傭兵、ごろつき、与太者。

これらが群れなすとなれば金の匂いがすると相場が決まっている。

ヴォロフ=ペルーンが急ぎ搔き集めた烏合の衆もそれは同じである。

領内の不穏分子の鎮圧が為に金銭をばら撒いた結果であった。

数の膨れ上がった人間の塊を、家畜を追いやるように押し立てていくのが

オーソドクの配下たちであった。


 全く、ご都合主義だ事!と、鋼の胸当てと柔革の鎧姿のオークは内心で思う。

彼は前を進む集団を憐れんでさえいた。彼らは敵の詳細を知らされていない。

金欲しさだけの程度が低い連中だ。有り体にいえば、小手調べに用いる肉の弾丸である。

今やっていることは家畜追いと殆ど変わらない。


 とは言え、彼らも武装しているのは確かだ。

冒険者だの傭兵だのというからにはそれなりの経験もあろう。

あちらこちらから集まるうさん臭い連中ではあるが、戦闘可能な人間は幾らでも必要だ。

急速に人口が流入しつつある恩恵ではある。


が、所詮は俄か仕立て。

オーク達に比しても質が追い付いていない事は一見して明らかであった。

せめて、それなりの規模の兄弟団や傭兵集団であれば多少の統率も期待できようが、

バラバラの傭兵だの冒険者が個人として加わっているのが実態だ。

人間どもを扱うにあたって実に留意しておくべき点であり──それはさておき。


 脱線しかけた思考を正し、オークは地図に目を落とす。

目的地は近い。一昼夜の強行軍の上、無補給での攻撃だ。

兵隊の半分以上は戻るまいが、さして惜しくも無い。


「手筈通リ。アレらはヴォロフ閣下の本気ヲ見せル為の捨テ駒にスル」


 早急に。可能な限り早く叩き潰さねばならない。

正面から決戦を強いればこちらが勝つのは明らか。故に巣穴から引きずりだす。

略奪も許可した。火付けも行う。龍の性質からして効果はてきめんであろう。

頭のように兵法に通暁しているともいえぬオークにそれ以上詳しい筋道など解らぬ。

ひょっとすれば怒り狂った龍に食い殺されるやもしれぬ。

だが、断固たる調子で言い含められた以上、やらぬ訳にもいかぬ。


 が、一方で気乗りがしないというのも確かであった。

箱をひっくり返したが如き騒動引き続くペルーンを思い出し、

豚面の戦士は思わず人間と悪魔どもの愚かさをあげつらって一人毒づく。

急げ、急げ、急げ。先日、フェレストスの逐電という一騒動からというもの、

館で語られる事と言えば急ぐ事と急かす事だけだ。

全く持って後手後手の対処。泥縄式にも程がある。


為に職務を投げ出そう、と言うほど分別がない訳ではない。

しかし、領主共に押し付けられる面倒に不満を抱いているのも確かであった。

自分達のように武器を取って戦うでもなく、こそこそと屋敷に潜んでは

あてにもならぬ計画を拵えて兵隊を死地に送っているも同然ではないか。

いっそ族長が軍略を全て決めれば良かろうに、雁首揃えた無能共め。

つらつらと考えていると、先行していた斥候が戻る。


「ドウダ?」

「それが……村の中は静まり返ってて」


 報告にオークは思考を切り替える。即座に思い浮かんだのは二つ。


「待ち伏せカ、それとも逃散カ……」

「どうします?」

「兵ヲ入れ、好キにさせロ。略奪ノ許可は得テいる。出来るだケ派手にナ」

「騎行戦ですな」


 騎行とは敵地の略奪を行いながら消耗と決戦を強いる戦術である。

解ったように喋る斥候にオークは頷いた。待ち伏せであるなら見え見えだ。

恐らくは誘い自体が罠である可能性も高いだろう。

しかし、罠を踏むのは一山幾らの使い捨て共。何の問題も無い。


「龍ヲ出すハ突くニ限る。冒険者共ニ先行さセれば良イ」

「あんたはどうするんです?」

「龍の顎ニ飛び込む程困っテ居なイ。第一、情報ヲ持ち帰ル必要もアル」


 襲撃の成否にはさして興味もない。壊滅したとて口の数だけ費用が減るだけの話。

太い腕を振り上げ、振り下ろしてオークは号令を下す。

待ってましたとばかりにやくざ者連中が龍の土地に駆け出していくのを見送り、

再び斥候に向き直った。


「そう言う訳ダ。後詰にした選りすぐリ共と一緒にお前モ準備ヲしておケ」


 龍が来るならばと弩を使える者を揃えている。来るならば来い。備えはある。

彼方の村落から聞こえる喊声を遠巻きに、開けた場所にオークは陣取った。



/



 赤々と炎が立ち上り、煙を上げていた大きな家屋が傾き、崩れる。

ゴザク=クレイノードの邸宅であった。ゴロツキまがいの冒険者共は、

無人となった家屋を暴いては金目の物や食料を運び出し、火をつけている。


「ああああ……私の村が、私の家が……板ガラス高かったのに」


 そんな光景を涙目で眺め、絶望的な口調でゴザクが呻いた。

藪の中に潜んでいる老人の隣から、ひょこりとウー=ヘトマンが顔を出した。

住民は避難させ、用心棒共も武装を終え、準備万端迎え撃つと思っていた矢先である。

率いる兵だけで野戦は出来ぬという判断そのものは老人にも理解できる。

理解は出来るが納得は出来ぬ。


「辛抱しろ、ゴザク。男の子だろう」

「龍殿は悔しくないのですかッ。あの糞野郎共と来たら」

「今すぐ喉笛を食い千切ってやりたいな。しかし、まだらしい。だろう、ユーリ」

「いや、お待ちかねだ」


 呼びかけに、ユーリ=ペルーンが短く答えるや、すっくと立ちあがる。

その姿に続くように、あちらこちらの暗がり、物影、茂みに潜んでいた兵たち、

冒険者たちが姿を現すのを少年は認め、剣を抜き放ち息を吸い込んだ。


「諸君ッ、賊どもは十分に散ったぞ!!多勢で押し包んで討って取れ!!」


 数人づつの組に固まりユーリの手勢と村側の兵団が攻勢を開始する。

それを見届け、ユーリも得物を引っ提げて手近な集団に加わった。

剣を振り上げ、少年が手近な賊に一撃を加えるや後に続く兵どもがわらわらと取り囲む。

四方八方から手槍で突きかかり、棍棒で殴り倒し、倒れ伏した所にとどめを食わせる寸法だ。


 宜しい。初手は上手く行った。囲めば殺せる。

返り血や潰れた肉から噴き出した体液を浴びながら次なる得物を定めていると、

後詰を任されたウー=ヘトマンが走り寄って来る。


「ユーリ、結構な数が囲みを抜けてるぞ」

「構わない、というか狙い通りだ。碌々防備がなってないと思ってくれれば上々」

「お前っ、クソガキッ!?ワシの村をどうする積りだ!!」

「運が良ければそう被害は出ませんよ、ゴザク殿」


 悪ければ焼け野原である。言葉を区切る少年に

自らも武装していたゴザク=クレイノードは地団駄を踏む。

手勢の質と装備から、奇襲による乱戦を選択を選択したのはユーリである。

村に入る前に防衛し切れない以上、かような被害が出るのは解っていた事だ。


「あーー、畜生畜生!!何でワシがこんな目にッ!!恨むぞ糞餓鬼ッ!!」


 とは言え、焼け落ちる自宅をいざ目の前にすれば罵声の一つも出ようもの。

断り切れなかった自責も滲む老人の嘆き節に、口元だけ笑顔を作った龍が応じる。


「はっはっは。正に一蓮托生だな、ゴザクよ」

「龍殿が楽しそうで何よりでございますよッ!!責任取れるんでしょうな!!」

「勝てば取れる」

「お前もか!!チクショウチクショウ!!冒険者共ッ、飯代分ぐらい働け!ワシらの村を守れッ!!」


 ヤケクソの絶叫を轟かせ、ゴザクは用心棒共に発破をかける。

村側の兵を率いる形で敵勢を叩き始めるゴザクを横目に見つつ、

ユーリは脳裏で状況を整理する。


敵は略奪の為、方々に分散。対するに此方は徒党を組んで囲んで殺す。

味方の動きは変わらず鈍いが混乱には乗じた。ならば、更に場を乱すべし。

質も装備も上だろうと、用いさせなければ無用の長物──己の副官は何処か!?

そう思い定め、ユーリは周囲を見回し半エルフの姿を探した。


「エイブリー、いるかッ」

「はいはい。ユーリ君どうしたの?」


 弓矢を手に、応じてエイブリーが馳せてくる。

それを認めるや、敵方から反撃の一刀が降る。受け止めた盾に衝撃。

肩口からぶちかまして前蹴りを加えた所で、賊の顔面を半エルフの矢が射抜いた。


「敗走した連中の背中を突いてくれ。深追いはしなくていい。が、指図してる奴がいる筈だ」

「どうやって見分けるのよ」


 振り向きもせずとどめを刺す少年にエイブリーは問う。


「動いてない奴、落ち着いてる奴、立ち止まって鼓舞してる奴が多分いる筈」

「逆襲されたら?」

「その時はその時だ。逃げても構わん。あっちにも騎兵はいないし、どうにでもなるだろ。

何人か連れて、狙いやすいのから狙え。判断と指揮は任せた」


 頷き、駆け出すエイブリーの後に近くの兵が数名続く。

所詮は士気も練度も低い寄せ集め相手。ここまでは想定通り。

戦の狂乱に巻き込めば兵も猛る、という少年の読みも予想以上に的中した。

が、一方で冒険者が兵どもを引き連れての乱戦だ。

余り散らばっては損害が大きくなりすぎる恐れがある。

ぐるり、と四方を見回す。それからウーへ言葉を発する。


「エイブリー以外の兵どもを集める、一吠え頼めるか?」

「まだ戦ってる者も居るぞ?」

「僕が走るから構わん、やってくれ」


 応え、龍が集まれと大音声を発する。

次々集まってくる兵たちと冒険者たち。その中に足りない顔を認めた。

ライサンダに指揮の引継ぎを命じると、少年は面頬を跳ね上げて叫ぶ。


「十人ほどついてこい。加勢に向かう」


ユーリは兵を連れ、鎧を鳴らし、息を切らし切らし戦いの音目掛けて走る。

やがて、互いに武器を打ち合わせる集団が見えた。

一度、足を止めて大きく息を吸い込み、盾を背負い剣を両手にして肩に担ぐ。


「数の利はこちらにあるぞ!素人と思ったツケを払わせてやれ!!」


 男どもの咆哮がユーリに応えた。

曲がりなりにも鎧だの剣だので武装している賊を、

使い慣れた農具で農民上がりの民兵が囲んで耕し始める。

それを眺め、満足を覚えつつユーリは剣を投げ飛ばすように袈裟へ見舞う。

賊徒がそれを受けた時、兵の一人が慣れた手つきでからさおを振り、敵の側頭部を強打。


「やるな」

「脱穀は慣れとりますだ」


 思わず賞賛の声を上げたユーリにまじめ腐った声が答える。


「ははっ、そうか。僕も指導を失敗したかな!!」

「ご冗談を言いなすった。ご冗談を言いなすった。

気張れよ皆の衆!!踏ん張りどこだで。若様も」

「隊長と呼べ隊長とッ!!いいか、必ず三人以上で囲んで殴れ!三人以上で!」


 少年は周囲をぐるりと見渡した。

さてどうか。頬面についた返り血を手の甲で拭っていると、

聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。態勢を立て直し、兵を切り倒した敵勢の一部が見えた。

奇襲を跳ね返そうと一か所に固まり、隊伍を組んで盾を並べ始めている。

対する民兵共は打ちかかるも攻めあぐね、反撃を受けては叩き返される有様だ。


「隊長」

「シールドウォールか。面倒な」


 急ごしらえながらも堅固な盾の壁を眺めてユーリは眉を歪める。

数を頼みに平押しすれば破れなくは無かろうが、無視できない損害が出る。

ちら、と敵共の足元を見ると、倒れ伏した味方が見えた。

一瞬目を閉じると、息を吸い込み、盾を持ちなおしてからユーリは剣を高く掲げる。


「生き残り、集まれ!」


 そこらから駆け寄ってくる手勢と自らも隊列を組みながら、

少年は彼方の冒険者どもと睨み合った。兵数はこちらが有利。

しかしながら、質で劣ると敵勢も見て取ったらしい。

盾を構えたまま、ゆっくりとゆるやかな高台へ列を移していく。


 既に残りの敵方はほぼ逃げ散ったろうが──

得物を構え、荒い息を吐きながら興奮する兵らを片腕で制する。

それから、前に歩み出ると丘の上に陣取った敵を睨みつけた。


「引くならば良し、それとも剣を選ぶか!!」


 退却か死か。返答の代わりは回転する投げ斧。

それを盾で受け、剣で前を指してユーリは号令を下す。


「総員前へ!!攻撃に移る!!」


 仮に撤退するにしても、兵の意気が耐え切れるかまでは解らない。

負傷した者を残す訳にもいかない。ならば、勢いに任せて叩き潰すまで。

命令に応え、むさ苦しい喊声が轟いた。斧の突き刺さった盾を背負うなり、

ユーリもまた盾の壁へと突き進む。突撃であった。


 その攻勢を、坂が鈍らせ壁が受け止めた。

歩兵の勢いがそれで止まり、続いて隙間から刃や穂先が突き出される。

味方の悲鳴に構わず数を頼みに壁を崩すべく盾に掴みかかる。


「いだっ!隊長、隊長!!」


が、成らず。味方の苦鳴にユーリは決断の失敗を悟る。

攻撃を弾き返されたユーリ勢は、たたらを踏んで後ずさる。

僅かでも引いたからには寄せ手が来る。相手を睨み返すより早く少年は盾を構え直す。

数の上では未だ五分以上か──敵勢が弓形にたわんだ隊列を一列に正して隙間を開ける。

前進、という叫びをユーリは聞いた。少年はそれ以上引かずに切っ先を正す。


「逃げるな!ここで背を向けたら壊走するぞ!訓練を信じろ!」


 後ずさりかけた兵を鼓舞すると、面頬を上げたままユーリは持ち場に留まる。

言葉とは裏腹に勝負の確信が持てぬまま、柄握る手に力が籠る。

武装が違う。経験が違う。殺した数が違う。成程、見れば解る事だ。

だから疲れさせ、分断し、押し包んだのであるが、ここに至って正面からの殴り合い。


 これは面白い、とユーリの口が吊り上がる。これを粉砕せねばならぬらしい。

ふと、それを見ていたらしい隣の兵らも笑みを作る。

そうだ兵ども笑え、と少年は思った。既に武器を交える直前まで敵は近づいている。

笑いは獰猛な表情だ。武器を用いての殺し合いには相応しいと言えた。


 盾をからさおが叩く乾いた音が響く。

それを合図に、ユーリ勢は一斉に躍りかかった。

数の差を利して徐々に押し包むも、最中に幾人も味方が倒れていく。

敵方が突き出した長剣の切っ先が体の開いたユーリの鎖鎧に食い込む。

幸い、鎧下と鎖が刃を阻んだらしい。その一撃を食い込ませたまま、

少年は敵方の伸びた腕目掛け剣を振り下ろし、小手の隙間から手首を切り離した。


 男の悲鳴。盾の壁とて無敵ではない。繋ぎ目を絶たれればそこまでだ。

数を頼みに殴りかかったのは、鱗のように揃った壁に隙間をこじ開ける為でもある。

そうして開いた横腹に突き出す穂先は誰か。装甲を纏ったユーリを除いて他には居ない。

面頬を下げると、少年は心中で幸運を祈る。


「突撃する!!」


 短く叫ぶと、ユーリは半ば身をねじ込むように戦列の隙間へと踏み込む。

後に続けという部下の声に振り返らず、剣の鍔で手近な冒険者の兜を殴る。

注意を逸らし、後続を増やすことが重要であった。

盾の隙間は更に空き、農具やなんやと武装した兵隊共が敵を引きずり倒し、

転がしては血みどろの肉に耕していく。囲んで叩かれ総崩れとなった敵方から、

生き残りが転がり出るように逃げていくのを少年は見送った。


「ここまでか」


 面頬を跳ね上げ、ユーリ=ペルーンは地獄を見渡し呟いた。

丘には点々と敵味方の死体が転がっている。そうして、追撃戦は終わりを告げた。



/



ユーリ=ペルーンは地面に横たわる死傷者たちの傍ら、

自らも戦闘後の処理に奔走していた。敵勢の死体から装備を剥ぎ取って一か所に集め、

他方ではその死体を積み上げて荼毘に伏す準備も進めている。

手当を受けている兵が苦痛の呻き声を上げて暴れ、流れた血で地面が汚れていく。

被害はともあれ、時は待ってくれない。ユーリは額に浮かぶ汗を拭って呟いた。


「随分やられたが、一段落か」

「ちょっと、ユーリ君」


 呼びかけられて顔を向けると、エイブリーのしかめっ面があった。

自らも働いて回って居たらしく、その鎧下のあちらこちらに血汚れが付着していた。

腰に手を当て、態度で感情を表しながら近づいてくる。


「……どの話?」

「とにかく。一寸こっちに来なさい。言う事があるから」


 有無を言わさず片腕を掴み、半エルフは負傷兵達の間からユーリを引っ張っていく。

少し離れた物影でエイブリーは立ち止まると、周囲を確認してから向き直った。

 

「死なせ過ぎよ。逃がせば良かったでしょうに」

「兵の意気が萎える」

「言いたい事は解るけどね。どっちにしろ新兵連中の元気は長続きしないわ」

「兵のやる気や能力を見たかったのもある」

「言い訳しないの!アンタね、自分の肩にアタシらの首が掛かってる事解ってるの!?」


 事実であった。少年が死ねば急ごしらえの軍はすぐに瓦解するだろう。

我慢の限界に達したらしく、感情を露わにしてエイブリーが食って掛かる。

目の前のユーリの胸に人差し指を向けながら、彼女はユーリの目を睨んだ。


「ウーから経緯も詳しく聞いた。馬鹿じゃないの?

命知らずにも程があるでしょ。今は賭けに勝ち続けてるけど」

「……悪かったよ」

「不貞腐れない!!アンタの弱点よ、その熱くなったら見境ないの」

「背中を見せるのは恥だ。それに逃げてる最中に切られる奴だって多い」

「だからって前に逃げるとか……どうかしてる」

「しつこいな、何が言いたい」

「ユーリに死なれたら困るのよ、色々と」


 その返答にユーリは困惑した。確かに困りはするだろう。

だが、勝たなければ終わりという己とは立場が違う筈。

傭兵らしくもない物言いであった。

見れば、何とはなしに必死の色が半エルフの瞳に滲んでいる。


「色々って。打つ手がなければ逃げりゃいいだろう。冒険者なのに」

「冒険者は困らなくても私は困るのよ。私が」


 そこで言葉を止め、エイブリーはユーリの前で返事を待った。

口をㇸの字に曲げ、背丈の差から僅かに見上げるような格好だ。

唐突な沈黙に少年はがぶりを振る。何かしらの返答を求められてはいる、が。


「よく解らん。よく解らんけど解った事にする。その内解るかもしれないし。

それで。僕は兵の世話に戻りたいんだが。まだ何かあるのか?」

「……ある。もう皆待ってるわ。アタマのアンタが居ないと始まらない」

「おい、待てよ。引っ張るな。傷が痛む」


 一瞬押し黙り、急に態度を変えて半エルフは再び少年の手をぐいと引く。

少々乱暴とも思える速度で連れられた先には、部隊の主だった面々が既に控えていた。

そっぽを向いたようなエイブリーを認め、龍が冗談めかして呼びかけた。


「エイブリーさんや、言いたい事は言えたかえ?

私も先頃教えて貰ったが、気持ちを吐き出すのも悪くはなかろう」

「まぁね。でも、気の迷いだったかも。あ、タイラーさんも到着してたの」


 おう、と片手を挙げて大男が応じる。

身に着けた武具はどれも良く使い込まれており、歴戦の冒険者といった風格であった。

以前の鎧とは異なっているが、元々使っていたものなのだろう。


「若い子の話が済んだ所で、仕事の話だぜ。坊主、大体予想ついてんだろ?」

「ああ。兄さ……いや、ヴォロフの軍をどう迎え撃つか、だろ。

まぁ、大体方針は決めてるよ。土地勘もある。候補も幾つか上げてる」

「誘いに乗らずここを焼かれる可能性もあるぞ」

「抜かりは無いよ。予め壁を開けたり、障害を立てたり、井戸に入れる毒も用意した。

それにウーも居る。君らも居る。自分から手足を縛ってくれるなら却って楽に済むさ」


 それなりに頭が回るのであれば、龍も居る以上は野戦を選ぶだろう、と

ユーリは予想を述べた。手勢の弱兵ぶりを思い返すに、

オーク共や傭兵、ドラゴンが十分に動き回れる戦場を選ばれた方が都合は悪い。

空を飛ぶ龍とて弩で狙われれば撃ち落とされるかもしれない。

当然、敵方もそれは承知であり、故に野外での会戦となる。

ならやりようも有る、と述べるユーリにタイラーが問う。


「策はあんのか?」

「ある。これを見てくれ」


 言うと、ユーリは一枚の紙を机上に広げた。

タイラーはその表面を指でなぞり、幾つかの地名を見て唸る。


「ここいらの地図か。随分と細かく書き込んであるな」

「僕らが使ってた物の写しに地形の特徴、地勢を書き込んだ。

エイブリーとウーに頼んで空からも見てもらったから概ね正確だと思う。

書き込みは僕の経験と農民、兵どもの知恵を借りて作った」


 ちょっとした物だ、と感心しながらタイラーは地図を舐めるように見る。

それから目立つように円で囲んである場所を指差した。


「ここか、ここだな。開けてて、周囲には森。街道は近く、ついでに河もある」


 それを聞いて頷くと、ユーリはより詳しい図を地面に描き始める。


「僕らは森を横手にして布陣。敵軍を正面に迎え撃つ」

「前面の受け持ちは?手勢を使うのか」

「いや、諸君らだ。残念ながら装甲兵の攻勢を受け止められるとは思えない」

「そいつはシンドイ……こっちも所詮は冒険者の寄せ集めだぜ?」

「それでもだ。悪いが僕と一緒に地獄を見てもらう」

「信用頂き結構な限り。で、他は?」


 兵に誂える武装はゴザクの手勢と村の備え、それから死体から剥ぎ取った物。

加えて使い物になりそうな農具を大急ぎでゴザクがかき集めている。

ちら、とエイブリーにユーリは目配せする。


「僕の手勢はエイブリーらに預け、伏兵とする」

「え、アタシ!?」

「そうだ。君が分隊の指揮を執る。森に潜んでくれ。そういうのは一番達者だろう」

「エルフの係累が全員森に詳しいって思ってるでしょ。

まぁそうだけど。でも、弓矢を満足に使えるのなんて兵にはほぼ居ないじゃない」

「そうだ」

「つまり、殴り合えって?素人を率いて?私たちが?」


 問いに都度都度頷くユーリに、所作はそのままにエイブリーの耳が萎れる。

その反応に構わず、更に少年は話を続けた。


「君が一番耳と目が良い。ホワイトホース連と一緒に付いてくれ」

「いや、待ってよ。私なんかに兵を預けて大丈夫なの?」


 言うと、エイブリーはあれこれ理由を並べ始める。

半エルフという異種族で冒険者という半端者。武勇とて優れる訳でない。

短くない半生を過ごしておきながら、未だに旅暮らしの流れ者を辞められない。


「どう思ってるか知らないけどね。アタシ臆病なのよ。半エルフで冒険者だし」

「まぁ、何となく予想はしてた。確信したのは今だけど」


 自分はダメな冒険者なんだ、と半エルフの娘は自嘲気味に吐露する。

長柄を好むのも、弓矢を好むのも、嫌々でも冒険者を続けざるを得ないからだ。

大した経歴があるでなし、精々がユーリとそれなりに親しくしているだけの間柄。

多少の小競り合いの経験はあっても本格的な戦の指揮など経験もない。

兵が付いてくるかと不安がる半エルフを真っ直ぐ見返してユーリは言う。


「信ずる。君以外に誰がいる。僕に死なれて困るなら頑張れ」

「藪蛇……解った。解ったってば。でもね、肝心の所を喋ってない。ユーリは何するのよ」

「そりゃあ」


 と、ユーリは地面の図に引かれた陣地正面を人差し指で突く。

冒険者達が布陣する場所の丁度真ん中であった。

不敵に笑う。敵の攻め口を一つに限るならば、ここしかあるまい。


「ここだ。指揮官の居場所は最前列って相場が決まってる。

大丈夫だ、反省はした。今度は慎重にやるさ」

「……本当でしょうね。無茶苦茶やりそう」

「慎重に、計画通りにやれば大丈夫だ。多分死なないよ」

「多分て……」


 口を半開きにしたまま固まるエイブリーを押しのけて、ウー=ヘトマンが顔を出した。


「おい。ユーリ、私の出番は無いのか?」

「一番大事だから最後まで取って置いたんだ。

ウー=ヘトマン殿、貴女は上空に待機。ドラゴンへの備えと各隊への連絡、それから」


 ユーリは言葉を区切ると改めて龍に向き直る。


「今更のようで申し訳ないが、伝承通り雨雲を呼び寄せる事は出来ますかな?」

「勿論だ。私を誰だと心得る」


 龍としての権能を問われ、ウー=ヘトマンは自信満々に応諾した。



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