第15話 道化と若き龍



 二ツ龍物語 15話 道化と若き龍



「ユーリ=ペルーン。既に確認しているとは思うが」


 大きな椅子に掛け、一段高くなった所からヴォロフ=ペルーンは重々しく口を開いた。

傍らには鎧武者と、それから見事なドレスを着たシャロムが控えている。

名を呼ばれ、膝をついていたユーリは顔を上げた。


「兵の指揮その他軍団に関わる仕事を禁止し、謹慎を命ずる。

理由は兵権の濫用と、オーソドク氏との私闘未遂だ。申し開きはあるか」

「いいえ、ヴォロフ=ペルーン殿。謹んで拝命致します」

「社会勉強ついでに頭を冷やして来い。追って沙汰のあるまでは大人しくしていろ」


 一礼し、ユーリ=ペルーンは退出する。ここまでが一週間前の話だ。

今現在、少年は粗末な野良着に着替え、龍の土地で働いている。

謹慎と言っても兵を動かせないだけだ。ならば良い機会、という次第である。

鍬打ち、土起こしに始まり百姓の仕事は数限りなくある事だなぁ、

と実感したのは始めの内だけ。普請夫役に普段使わない筋肉は直ぐに悲鳴を上げる。

疲れ果てて肉体に大地に身を投げ出して空行く雲を見送っていた。


 見渡せば、真新しい開墾地で働いているのは彼だけではない。

兵団は暇になり、さりとてオーソドクの指揮下に入る事も拒んだ者も相当数居る。

得体が知れぬ、信用出来ぬ、給料が安い、早々に旗を変えるのは如何なものか。

理由は様々だが、数で言えば冒険者を除いたほぼ全員であろうか。

それ以外の者はペルーンの町場に留まるなり、片手間仕事をするなり、

はたまた兵隊稼業を続けようとする者も居た。

休暇と決め込むホワイトホースとて居る。具体的にはエイブリーの事であったが。


 ともあれ、兵にとって軍団の停止は収入の途絶と同義。

貧しい土地の事、早々に去って別の仕事を探すと言う訳にも行かぬ。

食い扶持を求めてユーリの後に続いた者が多数出たのは勢い当然であった。

少年は処遇に奔走し、一段落して現在に至るという次第だ。


「ユーリ、一休みか?」


 地面にひっくり返っていると声が掛かる。ウー=ヘトマンだ。

見下ろす顔に起き上がる元気も無く、ぐったりとしているとウーも地に腰を下ろす。

木々をなぎ倒し、土を掘り返し、溝まで掘っての繰り返しはさしもの龍とて疲れるらしい。。

しばしの間。何とか体を起こすと汚れも払わずユーリはぼやき声を上げる。


「こんなに大変とは思ってなかった。全身の筋という筋が痛い」

「戦しかしてなかったせいだ。健康になっていい事ではないか。

それに代々ペルーンの者は地と共に。これも父祖伝来の倣いさ」

「兄上はどうしても嫌みたいだけどね」


 思い起こすのは日を追うにつれ目に見えて豪華になり続けるペルーンの館だ。

ユーリなどは場違いにも程があると思いもするが、ヴォロフはと言えば

ペルーンを豊かにするの一点張りで我武者羅に走り続けている。

ウーは先に立ち上がると少年を引き起こすべく手を伸ばす。


「ヴォロフはヴォロフ。お前はお前。日がある内に小屋掛けを終えよう。野ざらしだぞ?」

「まずは腹ごしらえと行こうよ。今なら干し草だって腹いっぱい食えそうだ」

「そうか。おーい!!」


 聞くなり身を翻してウーが人間を呼ばわる。

其処此処で作業をしていた連中がひょっこりと顔を上げてこちらを向く。

太陽が中天に差し掛かるのを認めて時刻を理解したらしく、

のそのそとした動きでやって来る連中の中には豚面さえ見えた。

全く、我ながらとんだ新天地、などと少年は内心嘆く。が、前言を翻す訳にも行かぬ。

いそいそと大きな鉄鍋を設え、田舎料理の支度を始める連中を眺めながら、

ユーリ=ペルーンは差し当たっての現状を点検していた。


 ──到着早々、びくびくした調子の見知った顔が多くあった。

捕縛か何かと勘違いしたらしい。幸い、少年が泥塗れになるにつれ疑念は霧消した、が。

どうも、思ったより大勢がペルーンから既に逃げ出していたらしい。

それだけでは無く、奴隷か何かだったか、ろくに言葉も喋れないオークさえも混じっている。

となれば説明や命令のみで民心安堵と行く筈も無く、

勢い蓄えが減って顔を青くするゴザク=レイノードを余所に面倒を見る事と相成った。


 困窮する民の為に蔵を開くのも務めの一つ。とは言え無い袖は振れない。

もしも、ウーやゴザクの協力が得られなければ早々に計画は破綻していただろう──

その思考を煮立った鍋の匂いが遮った。


「旦那、出来ましたよ」

「おお、すまんすまん。一寸考え事をな」

「飯の時位仕事は忘れて下せぇな。わし等も心配になります。ウー様も」

「そうだぞー?折角、土地の名物をふるまってやろうというに。ほれ」


 ウーが差し出した湯気立つ椀を少年は覗き込む。

ごろごろとした野菜と肉の欠片が浮かぶ贅沢なスープだ。

が、色が付いている。館では見た事のない料理にユーリは片眉を上げた。


「随分と赤い。ビートか何かか、いや、この匂いは違うな」

「私の故郷だと、ジャンというもう少し違うものを入れるがな。

手に入らんから干して砕いた野菜の粉を沢山加えて味を調えてある。美味いぞ」

「キャベツと豆しかないスープよりはずっと有難い。頂くよ」


 何はともあれ暖かい食事。手を付けるなり猛然と掻き込み、

黒パンにかぶり付くユーリに周囲の微笑まし気な笑い声が聞こえた。

無礼を黙殺しつつ尚も食事を続けていると、何処からか酒壺を取り出し、

一杯やり始める者まで出る始末。強か酔う前に止めねばならんかと少年が考えると、

上機嫌で一人の百姓が喜びで良く解らない独演をぶち始めた。


「何とも騒がしい」

「皆、不安なのさ。それに歌いながら仕事をした方が疲れ辛いし捗る」

「詳しいじゃないか。農事には疎いと言ってなかったか?」

「仕事に疎いと言った記憶は無いぞ。道路や水路をよく作ったもんさ。

この村の池なんて、殆ど私が作ったんだぞ?」

「お前……いや、それはいいんだ。しかし、大分大所帯になってしまったな」


 椀から顔を上げて周囲を見回す。ペルーンを離れた元領民に加え、

今やユーリの手勢まで加えて開墾地が手狭な程だ。

身元が明らかである以上、疫病の心配は無い。が、現状の貯えにも限度がある。

兵らは兎も角、ペルーンを去った者達には耕す土地が新たに必要だ。


「ここを拡張するだけじゃ手狭。道を引いて広げるか」


周囲の調査も含め、夏の半ば程度までには形にしておく必要があろうか、

何時までも森に食料を探させる訳にも行かぬ。差配は村方に投げるか、等々。

渋い顔をしたユーリにウーが眉を寄せた。


「また心配事か?私が居るだろうに」

「居ない時だってある。それと、冒険者を傭兵に雇ってるのは知ってるが、

手勢が足りないんじゃないか。基礎的な動きだけでも仕込みたい」

「それはそうかもしれんが、心配し過ぎだろう」

「時間はあるんだ。何が起こるか解らないし出来る事は全部やっておきたい」

「……ヴォロフめに叱られるぞ?兵はダメじゃないのか」


 食い下がるユーリにウーが不機嫌そうな顔をして答えた。

少年は思考を中絶しかけた所で、はたと思い至って顎に手をやる。


「それもそうか……いや、そう言えば農民共の動きって部隊っぽいな。

冒険者連中の調練も思いのほか早く進んでいたようだし」

「連中は組で協力して仕事をするからな。

誰か一人でも好き勝手では仕事が進まない、とゴザクが言っておった」

「規律、ってものがあるのかも。成程なぁ」

「戦と言うのは好き勝手やるものではないのか?騎士や冒険者も従順とは限るまい」

「痛い所を突くなぁ。寄り合い所帯はそうなんだよ」


 ウーの言葉にひとしきり考え込むと、ユーリは思考を纏めた。

騎士は身勝手。冒険者に傭兵は一山幾らの海千山千。

余所から調達した兵など、幾ら精強とて金と利害で結ぶ烏合の衆だ。

四角い隊伍を幾つも纏め、大きな形を作り上げるような空想図を思い浮かべる。

連想するのは弱兵共を何とかものにしようとしていた訓練の時間。


「解った。次から少し工夫してやってみよう。

組分けするなら隊伍のようにやってみるのも面白いかも、温めていた案もある」

「農民連中は新しい事を嫌がるぞ?散々脅しつけてもやる気をなくすだけだろう」

「そいつらだけで纏めたら、ね。ウチの連中と混ぜて使うさ。そいつらにも指導させる」


 ユーリの言葉にウーは目を瞑って不安げな唸り声を上げる。

ただでさえ土民と言うものは余所者を嫌うものだ。

付け加えるならば兵卒や冒険者等というものは与太者の代名詞でもある。


「上手く行くだろうか?ユーリ、人と言うのは些細な事で争うのだろう」

「否定はしないけど……幸い、時間もあるし何より馴染んで貰わないと困る。

問題に関しては出来るだけ面倒を見るしかないだろね」

「面倒を見る、本当に言葉通りだな。ま、出来る限りはやってみよう。

ほれ、ユーリ。椀を出せ椀を。空になっているぞ」

「君ももっと食えよ。龍だって腹は減るだろう」

「人の姿を取っている限りは食事は趣味の域を出ぬ。使う力が少ない」


 その言葉にユーリは僅かにむくれると尚も手を差し出しつつ強いた。


「働かせてると安心して飯が食えない。趣味なら楽しむ、ほら出しなさい」

「強引だな」

「君には負ける。さ、食えよ。美味いんだから」


 龍は湯気を立てる椀を受け取る。ふぅふぅと冷まし始める横顔を見ると、

ユーリは自分の椀に鍋をよそって再び匙を付ける。


「ん?」


ふいに、風が吹いた。ユーリは顔を上げると彼方へ向く。

すると、見慣れない旗印の一隊がこちらに進んで来ているのが見えた。

ウー=ヘトマンも行軍の足音が聞こえたらしい。が、銀龍の軍旗を見るや呟く。


「……あれは。奥方の兵か?ホワイトホース連からは何も聞いてない筈だろう」


 疑問に答えが無いまま、冒険者を中心としたらしい一隊は

整然とした調子を保ったまま、ユーリ達から少し離れた場所で止まった。

彼らの中から一際背が高い人物が進み出てくる。


「ユーリ=ペルーン殿はこちらにおられますか。ご挨拶に上がりました」


 と、何処かで聞き覚えのある声があっけに取られていた少年の名を呼んだ。

大慌てで居住まいを正すユーリを前に、精悍な顔が笑みに歪んでいた。

兜を脱いで、鎧櫃をしょった旅装姿の大男だ。

丁寧に一礼する様子にはて、とユーリは首をひねる。


「アンタ、どこかで見覚えが……ひょっとして鍛冶ギルドの?」

「おうよ、あの時は世話になったな。

鉄槌タイラーさん、チョイと河岸を変えて参上……イテッ!?」


 軽い調子で手を上げたタイラー=マルテルの肩を背後から何者かが小突く。

鈍い音からしてかなりの剛腕か。不満げに振り返った男の後ろには、

銀色の髪が揺れるのが見えた。それまで人影に隠れていたらしい。

ぶつくさと不平不満を並べるタイラーを捨て置き、その人物は頭を下げた。


「隊の者が無礼を。どうかご容赦下さい」

「あ、ああ。君は?」

「わたくし、臨時でこの隊の書記を務めさせて頂いております。

どうかお見知りおきを、貴族様」


 と、軽く一礼した銀髪赤眼の人物は随分と幼く小さい。

背丈などタイラーの半分程度。ウー=ヘトマンと比べてさえ尚低く、

特徴的な銀時計を銀の鎖で提げてスカートのポケットに収めている。

随分と利発な子だとユーリは驚きを覚えつつ、鷹揚に頷いてみせた。


「ご丁寧に。こちらこそ。……とは言っても」

「聞き及んでおります。ヴォロフ閣下にも後程」

「ふむ。では、これからどうされるつもりで?」

「長旅で疲れておりますから。今日はこの辺りで野営の予定でした。

明けてからヴォロフ閣下に面会させて頂きます」


 丁度村落があったのは幸運でした、と銀の少女は続けた。

彼女は少年に向かってテキパキと用向きを告げ、

他方、冒険者たちは呆気にとられるユーリ達を余所に逗留の支度を始める。

路銀にも物資にも不足は無いのだろう。あっと言う間に進む設営を背に、

書記官がウーへとゆっくりした足取りで歩み寄った。


「ウー=ヘトマン様」

「あ、ああ。私がそうだ。何か用事でも?」


 戸惑い気味の調子でウーが答えた。

おや、とユーリは不信に思うけれども、誰何するよりも早く銀の娘は続ける。


「奥方から伝言を預かっております。少し、お時間を頂けないでしょうか」

「……解った。ユーリ、すまんな。席を外させてもらう」


 軽く会釈をすると、少女に連れられウーは去った

後に残されたユーリは釈然としない。何やら状況が始まったらしいが、

相変わらず察していないのは自分だけという有様である。


「何だってんだ……」

「乙女にゃ秘密が多いものッス。ン、これ中々いける」

「!?どこから湧いて出やがった!?」


 驚いて声の方向を向くと、例の乞食が自分の皿に鍋をよそって貪っていた。

周囲の連中も胡散臭げな顔。が、太々しく踏ん反り返った薦被りの物言いに

どうしたものか困惑し、傍観しているばかりだ。

衆人環視を物ともせず、たっぷりお代わりまで平らげ、げふ、とそいつは息をつく。


「ちょっと前から見てた。んで、摘まみ食いッス。

やー、ペルーンの領主様に叩きだされたからしょうがなし」

「すまん、理解が追い付かない」

「言葉通りッス。しゃあないから遠出して来たって訳。

少年、相変わらずのニブちんッスね」


 乞食は皿を拭ってずた袋に放り込む。それから唐突に周囲をぐるりと見回した。

次いで何やら冊子を懐から取り出していたタイラーへ向き、回転を止める。


「むむっ、何か如何にも強そうなのが居るッス」

「俺の事かい、二つ目のお嬢ちゃん」

「ええい、人を化け物扱いして魔物事典を探るのは今すぐ停止、停止!!

グラスハートがずたずたに砕けて傷つく!人非人の所業ッス」

「良く知らんけどさ。フードぐらい取れよ。何だろうと失礼だろ」


 指差され、きょとんとした顔を浮かべたタイラーは言うと薦被りに腕を伸ばす。

すると身を翻し、キンキン声をかき鳴らしてそいつは喚いた。


「ネタバレすなッ!!これだから冒険者って奴は!!アチキの神秘的が啓蒙で台無しッス。

あーあー、他の連中も!!しょーねん、こっち来るッス。このままじゃ大ピンチ!!」

「飯の最中なんだけど」

「引き摺ってでも連れてくかんな。重大事、重大ニュース。

ご注進、ご注進ッスよ。あー、重い!重い!!立って歩いてくれたらなー!!」


 薦被りは隻腕で少年の腕を掴み、渾身の力を込めて引っ張るがびくともしない。

ちらちらと様子を伺いながらも止めない姿に、しょうがなしとユーリは立ち上がった。


「少ししたら戻ると思うから、それまで仕事を進めてて。

飲み過ぎないでくれよ。野ざらしで寝る事になるからな」


 そうして、少し離れた木陰に河岸を移す。

ぜーはーと肩で息する呪い師に改めてユーリは向き直った。

 

「それで、一体全体何の知らせだ。追い出されたとか言ってたけど」

「チミ。お兄さんがすげー事やってるから話のタネ持って来たッス」

「単なる四方山なら帰るぞ」

「おっと、そりゃ最後まで聞いてから」


 ユーリの問いかけに乞食はケラケラと笑いだす。

ひい、ふぅ、みいと指折り数え、いかにも勿体つけつつ口を開いた。


「や、凄い。信用通貨制度の創出。一足飛びの近代化と信頼に値する軍団の設立。

矢継ぎ早に官僚機構や産業整備と来たもんだ。入れ知恵したのが居たとはいえ、

中々人の子に出来るこっちゃねーッス。いやはや、チミの兄上やるもんだ」


 怒涛のように意味不明な単語を並べると、乞食はユーリを指差す。

すわキチガイの戯言かと少年は鼻で笑いかけるが、不意に背筋に冷たい汗が流れた。

まるで、底が見えない奈落を不意に覗き込んだような。

フードが切り取った影の底から冷たく赤い瞳が覗き返していた。


「けどね。ズルってのは長続きしないものッス。何事も適切な速度ってモノがある。

昔は怖ーい連中が即潰して回ったモンだけど、奴らもう居ないから面倒が増える増える」

「……何が言いたい?」

「さーね。ま、ここは大した問題じゃないッス。本題は」


 その問いをはぐらかし、呪い師は続ける。


「チミのお兄さん、皇国の金蔵に手ェ突っ込むような真似したよ」

「悪い冗談だな。第一、何でお前にそんな事が」

「デカい独り言として聞き流せば良いッス。ま、ともあれ。

他は兎も角、好き勝手金を作ってオカミが黙ってる訳ゃなし。

銀旗の冒険者連中だって動いてるっしょ。遠からず本腰入れて介入するよ。

つまりさ。ドラゴン退治のタイムリミットがそれだ」

「冗談だろう……皇国の金蔵だって?しへいの事だろ。何で紙切れでそうなるんだよ」

「学者でもなし詳しい説明はしねぇッス。ま、あの冒険者連中を追い返したら最後ね」

「……乞食の風情が偉そうに」


 半ば睨みつけるようなユーリの視線をするりと避けて、

呪い師は冗談めかした声と共に、その場で飛び跳ねおどけて見せる。


「アチキが言った事は概ね正しかった。知ってる筈っしょ?」

「じゃあどうすればいい」

「そりゃ最初から決まってる。ドラゴン退治ッス」

「兄上と戦争をしろと?」

「チミ、今やってる事を省みた方がいいッスよ」


 朗々とした口ぶりで乞食が語った事には、逃散民を身内の土地に匿った挙句、

武装解除したとは言え領主の手を離れた私兵を引き連れて何か画策している。

それがユーリの現状である。と、なれば次に待ち受けるものは何か。

ペルーンの当主としてヴォロフは何を考えるだろうか。

暗い疑心に行きあたり、少年は顔色を変えて怒鳴った。


「馬鹿を言うなッ!!僕はペルーンの為に!!」

「チミの兄上がどう見るかとは別の話。それで、どうしたいのん?

事態は大分煮詰まって来てる。何も決めないままウロウロするのはお勧めしねーッス」

「……」

「アチキは先を占い助言する事はするけど、自分の在り方を決めるのはチミ自身。

ま、さんざん不安煽ったけど、あの娘さんとか冒険者連中と良く相談するが良いッス」

「無責任な……答えを教えてくれたっていいだろう」

「アチキ、占い師ッスから。当たるも八卦当たらぬも八卦ってなろうもん。

その内金貨一枚分の働きはするから今から期待しとくッス」

「お前もしつこいな」

「契約ってのは大事ッスからね。あ、もののついでに。

今受け取った霊感によれば、チミは龍の子ともう少し話をした方がいいッス」

「大きなお世話だッ!!」


 掴みかかろうとした腕を避け、薦被りはそのまま背を向けて逃げ出していった。



/



 荒野に娘が二人。憮然とした表情を浮かべているウー=ヘトマンに

書記だと名乗った銀の娘は生真面目そうな表情のまま腰を折って一礼する。

居心地悪げに身を捩るウーに構わず、笑みを作った娘が口を開いた。


「ご足労感謝しますわ、ウー=ヘトマン様」

「……冗談はやめて頂けまいか、奥方。気味が悪い」


 その一言に銀の少女は居住まいを崩し、肩を竦める。


「おや、見透かされていた。いけないね、私の魔法も至らぬようだ」

「龍にとっては姿は仮象、とは言え御自らお出ましとは。姿まで変えて」

「友人の真似さ。そいつと別件で話がね。ついでに様子を見に来た。

おっと、詮索は抜きにしてもらおう。生憎私は秘密主義なんだ」


 少女の姿をしたシャルヴィルト=ストロングウィルは

口に手を当てる仕草をしてみせると二の句を告げずにいたウーに微笑みかける。


「さて、例の彼との仲は進展したのかね?この婆やに教えてもらえないか」

「むぐっ、それは勿論だ。今や奴の右腕と言ってもいいだろう」

「見栄を張ってもつまらないぞ」


 シャルヴィルトが意地悪に問うなりウーは口ごもり、

何とも決まりが悪そうに弁明を始めようとして喉につかえ、

言葉を探そうとして見つからず、観念して取り繕うのを止めた。


「……どう接していいかさっぱり解らない。つかず離れず忙しくて困っている」

「成程、成程。かといって乱暴に行けばブチ壊しだものな」

「そう、それだよ。人間という生き物がここまで面倒臭いとは……

チマチマとやる事ばかり増えるし、頭を悩ませる事ばかりであるし。

連中は脆い、余りにひ弱過ぎる。取り扱い注意の壊れ物じゃないか」

「良い事じゃないか」

「どこがだ。癇癪玉が破裂しそうで困ってるんだぞ」


 その一言に口火を切って、ウーは現状への不満をぶちまけた。

曰く、人間は慎みがないだの、気遣いがないだの、自分への尊敬が足りないだの。

こちらから気を使っても気付かないばかりか気安くなるばかり。

龍としての威厳も何もあったものでは無い。その癖言い出せぬ自分に腹が立つ、云々。

そして、話題の節々に少年の名前が何度も上っている事にシャルヴィルトは笑う。


「うまく出来ているようで何より。やきもきしていた婆やも一安心」

「何を聞いておられたのか……?」

「仲良くしたいがやり方が解らぬ、そういう不器用な同族の愚痴だな」


 語るに落ちたか図星を突いたか、考えなしの発言だったとウーは後悔する。

が、釈明をひねり出すよりも早く、シャルヴィルトが続けた。


「そりゃお前は何を言うにもユーリ、ユーリじゃないか。

心の先が向いているなんて誰が見たって解る。

腕力と知恵では無く器用さ、処世と社交の問題さ。もう少しばかり時間があれば、

おのこをどう手玉に取るかまでじっくり伝えてやる所なのだが」

「……まさか、古龍の奥方から人の社交などと言う言葉を聞くとは思いませんでしたよ」

「古龍だからこそ。他者との付き合い方をしくじって滅んだ強者は一杯見て来た。

それに数少ない素直な同族だ。ついつい口が出る。老婆心という奴らしい」

「お節介ですぞ。でもまぁ、ご厚意痛み入ります。お陰ではっきりしました」

「彼への好意がか?ハハ、そう膨れるな。ま、解っていようが事態は煮詰まりつつある」


 シャルヴィルトの赤い目がウーを真っ直ぐに捉えた。

冗談めかした色は消え、若き同胞に銀の龍は告げた。


「部隊は整いつつあり、敵とその陣容も明らかだ。

おまけに新しい根城まで得て、戦の準備も進めつつある。

あの少年がどこまで解っていたか知らんが……お前は違うだろう?」

「……さて、どうでしょうなぁ。本音の所、人と袂を分かつかもしれない、とは」

「だから自分の巣穴を整える、正に龍よな。……ならばこそ掴んだ腕は離すなよ。

名分も無く、代役も居ないのに成り代わる怪物、などと要らぬ猜疑を招く」

「覚えておきましょう、シャルヴィルト。最も、背を押したがる割に吝嗇のようですが」


 逆ねじの非難に銀の龍は困ったような顔を浮かべる。

かちかちと銀時計を蓋を開閉し、財布の中身を確かめるように指折り考えをまとめ上げる。


「私としては金も力も含めて助力したい。が、力づくの解決は宜しくないらしい。

どうも冒険者時代の癖が抜けなくてな。ついつい手が先に動いてしまうのだ。

龍だから細かい加減が解らんし、勢い余って打ち壊しにしては友に叱られてしまう」

「貴女ともあろう龍が。おかしな話。私の事を偉そうに言ってた癖に」

「なぁに、少しばかり不合理な方が小賢しいより上手く行ったりするものさ。

だから縁と言うものは大事にしたまえよ、巣穴に籠っていると碌な事は思い浮かばん」

「ええ。盟友と、小さきユーリとも話を致しましょう。これでよろしいか?」

「よろしい。及第点をあげよう」


 口頭試験のように固い口ぶりのウーにシャルヴィルトは頷く。


「状況の貌が見えたなら、素早く。後悔だけは無いようにな、若き友よ」



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