第13話 鉄と煙と



二ツ龍物語 13話 鉄と煙と



 野伏が二人、荒れ野を進んでいた。

その道程の傍らを打ち捨てられた廃村や戦場跡が幾つも過ぎていく。

皇国と言えど国の境すら不分明な辺境となれば未だ枯野が続くばかり。

人家の炊煙など遥か遠く、埋葬もされない古い骨が草陰には幾らでも転がっている。

賊徒の類すら寄り付かぬ見捨てられた土地であった。


 彼らはストロングウィルの斥候だ。

都を経って幾つもの夜が過ぎた。最後の補給を済ませてからずっと荒れ野を歩んでいる。

薄汚れた旅装の塵を払いつつ、一人が大戦前の古い地図に目を落とした。

人間や魔物の住まう世界はその頃よりもずっと小さく狭くなり、

嘗ての痕跡は朽ち果て、自然に飲まれてしまっているが、それでも彼等にとってみれば

今も残る廃墟や古い目印を頼りに地図を読みかえる事位は造作ない。


 指差し、嘗ての農地と廃屋の形から、そして周囲の地勢から、

彼等は自らの位置を確認すると幾つもついた印の内、残り一つを睨む。

それは、彼らとストロングウィルが推測したドラゴンのねぐらの候補であった。

滅んだ村の丘向こう。虱潰しに調べ回った内、最後の一つだ。


 火を起こさずにビスケと水の夕餉を取る。

遠見の道具、夜陰に溶ける黒い外套、先に黒鉛を詰めたペンに小さなノート。

夜目の効く矮人が書き付け、もう片方が観測するという寸法だ。


 そして丘を越える。遠見のレンズに片目をつける。

彼は息を呑んだ。煌々と輝く、滅んだ筈の城塞都市がその目に映ったからだ。

黒々とした夜に抗するような篝火は、ドラゴンを象った紋を照らしている。

当の昔に住民は全て戦に呑まれて消え去り、

今はただガランと人々が生きていた跡を晒すだけの骸、だった筈だ。

斥候は互いに顔を見合わせてさざめく。険しい皺が浮かんでいた。


「おい、見てみろ。確か、大戦で住民諸共消滅してた筈」

「と、なるとアタリだろ。西国も東国も、勿論皇国も復興する余裕なんぞないからな」


 なれば、あれが龍の巣だ。都市を構える化け物か。

行き届かない統治の隙間に入り込み、知らず知らずに成し遂げる。

彼らの主や皇帝、貴族からすれば支配への挑戦ともとれる由々しき事態かもしれぬ。

けれども冒険者たる斥候にとっては問題はただ一つ。

その怪物が厄介であるかどうかである。


「龍が物好きなのはどいつも変わらないか……おい、目は俺の方がいい」

「解った。思ったより大規模な巣だぞ……奥方は察してたのかな?」

「さぁ……あの人結構抜けてるからなぁ。気付かれずに近づけるかな」

「尻まで焼かれるぞ?ドラゴンは目も鼻もいい」

「ようは気付かれなきゃいい。流民やオークが中に入るのが見えた。

体裁としては街のつもりなんだろう。行くぞ。堂々としろ」


 流民に化けるまでも無く彼らの恰好は酷いものだ。

フードを被り、人混みに紛れ、声を潜めて市壁を超える。

すると、多種多様な種族が犇めく市場がそこにあった。

誰も彼もが何かしらを商い、鉄の小片を突き合わせている。


 そのどれもが掘立めいた粗末な造りで、人々の身形も酷く貧しい。

黒い炭や塵埃で汚れ切った黒い顔では傍目にはオークも人間も区別がつかない程だ。

時折、喚き声が聞こえるのは酔漢の喧嘩か何かなのだろう。

そして、遠くには煌々と燃える火を湛えた城めいた建物があった。

かと思えば、彼方には地下への縦穴に据え付けたらしい木組みの塔がそびえている。


「何だこれは……丸っきり鉱山街じゃないか。

おい、見ろよどいつもこいつも商売だ。凄い活気だ」

「驚いたな。確かに皇国は多種族混合を是としてるが今はどこも──」

「そう、これが妾の拵え事、妾の財宝じゃよ。見知らぬ人々」


 突然の言葉に驚き振り返る。音も無く、赤い服の少女が立っていた。

ふって湧いたような存在は何も知らぬ者にとっては理解の埒外だったろう。

だが、彼らは知っている。ドラゴンは人の形を取る事だってあるのだと。

僅かな硫黄の匂い、焦げる炭の匂い、そして理屈に合わぬ不思議。

それらを疑えなければストロングウィルの斥候は務まらぬ。


 身構える二人組を前にした少女に、周囲の連中が逃げ去っていった。

赤い娘──シャロムは腕を組むと、睨み上げるように彼らを見ている。


「さて、お前達は何者か。とっとと喋るが良かろう。

何、悪くとも精々が夕餉の肉よ。安心せよ」

「お前は──」

「敬意が足りぬわ、ここで炙ってくれようか」

「──言っておくが、我々が戻らなくともどうにでもなるぞ」

「ほ、間者の類かそれとも忍びか。面白い。が、誤解があるようじゃ。

まるで罪人を探る探偵よ。挙措一つ足取り一つ探るとは」


 娘は顎をしゃくり上げ、鎌首をもたげるように忍びの者を見下ろした。

あくまでも尊大に、艶然と笑うと嘲るように繰り返す。


「妾は寛大じゃ。今一度問おう。お前達は何者か?」

「ストロングウィルの者だ」

「しゃるびるとか!懐かしい名前じゃ。妾も聞いたことがある。

性懲りもなく人間共を操って同胞の邪魔立てをしおるか、頑迷な!!」


 途端に激昂して娘は叫んだ。成程、龍の世界は狭いらしい。

鼻から煙と硫黄の呼気を吹き出し、娘としての形象も崩れかける。

覚悟を決め、武器に手を伸ばした冒険者に、しかしドラゴンはなりを潜めた。


「おっと、見苦しい所を見せた。それで、お前らはどうするつもりじゃな。

おお、話せぬか。話せぬよなぁ。妾を罠にかけようとしている手合いじゃろうもの。

目的が正しいなら正々堂々と用向きを伝えるものじゃ」


 身構える斥候を前にシャロムは手本を見せるとうそぶいて、自画自賛めいて両手を振る。

周囲に聳えたつ自分の城塞都市を見回して、うっとりとした調子で言葉を続けた。

辺りの路地からは住民共がおっかなびっくり顔を覗かせている。


「見よ、この偉大を!」


 叫び、手を広げたまま娘はくるくると踊るように身を一回転。

あれは溶鉱炉。それはシャフトの排水ポンプ。ボタ山の脇を行きかう鉱石運びとその集積場。

それを管理する役人共の官舎や、オーク鬼や人間の鉄工房。

黒々と尾を引きながら天に棚引く煙は我が宝の伊吹。

これぞ宝。これぞ我が業の粋。長く影引く黒き鉄と煙の土地だ。指差し自慢を繰り返し、

それにも飽いたのかドラゴンは居住まいを正し、軽く身を屈めて冒険者たちを覗く。


「貴様らの主とやらは妾を罪人扱いしたいようじゃが、

そもそも誤解しておるのじゃよ。火と鉄と硫黄と業と。つまりは未来への進歩じゃ。

人間共に魔物共に仕事を与え、偉大な進歩を進めておる。ドワーフ共にも手伝わせておる。

お陰でこうして多くの鉄を、金を拵えた。勤勉と技術!実に良い行いではないか、なぁ?」


 理解できずに戸惑う様子の二人組に尚もドラゴンは長い舌を振るい続ける。

それは己に言い聞かせるようでもあり、彼方に在る何者かに挑んでいるようでもあった。


「与えられた力と積み上げた経験だけで驕る古龍には解るまい。

何が秩序か。何が慣わしか。自然に沿った良き目的、妾の業の増大を阻む邪魔者に過ぎん。

競い合いよりよい物を作り上げ、そうでないものは淘汰せねばならんのじゃ」

「一体全体何を……」

「知らぬのか!!言ったろう良き事をしてやろうと!!このサロメが!!

まさか妾が人を虐げる悪龍だとでも思うたか!!馬鹿め」


 尚もサロメは滔々と語る。溢れる鉄で何を拵えるか。

人の手を使いどれ程の財を集め、集積し、きらびやかに飾り立てるか。

発明と工夫が古い存在よりもいかに優れているか弁護し、

一方で強大なる既知は煩雑で世界を改めぬと批判し、これは明白な天命なのだと結ぶ。

そして、そこまで言うと喋り疲れたのかドラゴンは言葉を区切った。


「ゴホン。それで、使者共よ。使者と言うぞ?

見たいというならば我が棲み処をとくと見よ。そしてお主等の主に伝えるが良い。

ここにお前の猜疑を満足させるものなど何も無い、とな」


 サロメは背を向けると辻を進んでいく。

がやがやと騒めきが戻り、群衆が戻って来る中で斥候達は尚も唖然と立ち尽くしていた。



/



「どういう事か説明して貰いましょうか」


 バタンと乱暴に扉を閉じ、音を立てて石畳を蹴る。

苛立たし気な様子でヴォロフ=ペルーンの前に立ったユーリは

込み上がる怒りに喉元を震わせながら、やっとのことでそう口を開いた。


「どうもこうも無い。俺が当主として決めた事だ。

何でお前がそこまで疑ってかかるのかさっぱり解らない」

「怪しいじゃないですか!報告だってした筈だろ!もう都のギルドまで騒ぎ始めてる。

第一、 ドラゴンの件だって終わった訳じゃ……」


 そこまで言いかけたユーリの前で、ヴォロフは小さく息を吐くと

何でも無い事であるかのように笑みを作り、答える。


「ああ、それな。実は言ってなかったが、もう解決してるんだよ。

シャロムが俺に教えてくれた」

「……何をですか。それにあの子は無関係でしょう」


 当然の疑問だ。しかし、ヴォロフは聞き分けのない子供を諭すように、

にこやかな笑顔に努めながら自らの弟に語って聞かせる。


「この前のドラゴンな、あれはシャロムだったそうだ。

目の前で変身までされちゃ嫌でも信じざるを得ない──だが成程、

そういう事なら都合がいいのも合点が行く。お前だって薄々気付いてたろ。

何せ、人に化けた龍とお近づきになってたんだ」

「やっぱり……」

「全く納得してないだろ、顔に出てるぞ」

「当たり前だろ。ドラゴンってなら敵じゃないか。

民に被害まで出てるってのに、どうして」

「確かに、出会いは不幸だった。しかし、アイツは害よりも益の方が大きいぞ。

お前も都から戻ってからペルーンの変りぶりを見たろう。全てシャロムのお陰だ。

敵か味方か、古い遺恨は捨てちまえ。大人になれよ、ユーリ」

「何でそんな……兄さんは誑かされてるんだ。今にきっと酷い事に」

「どうも誤解があるようだがね」


 ヴォロフは椅子から立ち上がるとユーリの前に進む。

そして、改めて弟の目を見据えると断固たる調子で続けた。


「全部俺が決めた事だ。あの娘に脅された訳でも騙された訳でもない。

ユーリ、落ち着いて話を聞いてくれ。ペルーンの家を豊かにする為なんだ。

シャロムの持ち込む鉄と道具と労働力を使って産業を起こせばきっと豊かになる」

「民の暮らしを焼き払った敵に媚び諂い、危険を冒してまでですか」

「そうだ。俺は領主だ。何より治める土地を豊かにしなければならん。

敵に勝てば済むお前とは違う。なぁ、長い目で考えてみてくれよ。

お前だって民に豊かになって欲しいのは変わりない筈だろう」

「それは……」

「俺はずっと未来の事、先の事まで考えて決めたんだ。

ペルーンの地を都に負けない位富裕な都市に作り替えてみせよう。

都の事を思い返してみろ。比べてペルーンの何と貧しい事か。何と寂しい事か。

俺だって嫌なんだよ、こんな貧乏に惨めに暮らすのは。

千載一遇の好機なんだ。きっと俺は上手くやる。解ってくれ、頼むよ」


 ヴォロフはユーリの手を握り、懇願するように、また祈るように言う。

兄の悲し気な瞳に少年は顔を俯かせ、頭を振った。

感情の高ぶりを無理に抑え込んだせいか、僅かに肩が震える。


「兄さん……その、正直僕には政の事は良く解りません。

ただ、本当に信用できるのですか。それで民は納得しますか。

どうあれ私は私の努めを果たしはしますが……」

「あれで悪い娘じゃないさ。まるでただの子供だよ。

ドラゴンの化けたのでさえ無ければ、おてんば娘と呼べば済むだろうな。

何にせよ、俺は俺の望みを叶えたい。その為にはシャロムの力がいる。」

「しかし……」


 尚も食い下がる自らの弟に、優しく微笑むとヴォロフは続ける。


「な、ユーリ。敵と見做した奴と何時までも戦う事は、そんなに重要な事なのかい」


 ユーリはその問に答える事が出来なかった。



/



 明くる日。ヴォロフ=ペルーンがユーリへと命じて曰く、

自分を新たに護衛する事となった兵らと共同し、領内の見回りを行えという事らしい。

らしい、というのはヴォロフがそれ以上を伝えなかった為である。

だが、それにも増して──どうしてこうなったのか。

務めは務め。だが、まるで納得がいかず、言葉にもならない。


「ねぇ、ユーリ君。ひょっとして怒ってる?」


 と、エイブリー=ホワイトホースが兵らの先頭を行く少年に問う。

返ってくるものはと言えばああ、だの、うん、だのと言う気の抜けた返事ばかり。

単純な割には多弁な少年には珍しい事であるなぁ、などと女冒険者は考えるが

心中を推し量ろうにも下衆の勘繰りを出るものでは無い。


「むぅ。しょげちゃって」


 短い付き合いとは言え心配ではある。

心配ではあるのだが、さりとて少年から何も言って来ない以上、

早々に嘴を挟むのも──いや、ここは先達として助けてやった方が、いやいや。

軽く瞼を閉じて老婆心を抑え込むとエイブリーは正面に向き直り、ブーツを動かした。


 ややあって見えて来たのは先だってヴォロフが引き攣れていた鎧武者たちの一部だった。

ぴかぴかと陽光に甲冑を光らせる彼等の内、一際丈高い者が

ユーリ達に気が付いたらしく、がちゃがちゃと音を立てながら近づいてくる。


「又会っタナ、弟君」


 奇妙な発音で言うと、何時か見た鎧武者がユーリに対し面頬を上げた。

現れたのは異相。解れた荒い金髪に猪めいた牙が口から零れ、

何よりも屹立した豚の鼻と青みがかった瞳が目を引く。

オーソドク、と名乗っていた戦士は人間ではなく、オークであるらしかった。

他を圧する巨体と発音の理由はこれか──少年は一瞬目を剥く。

その様子に目ざとく気付くと、オーソドクは瞳を細めた。


「オークと顔ヲ合わセルのは初めテか?」

「いや、客人に失礼をした」

「カマワヌ。我々カラすれバ、ヒトの顔ガ平ラで奇妙ニ見える」


 がらがらと割れ鐘の様な笑い声で詫びを打ち消し、オークは体を揺らす。

それで、と言葉を続けてからオーソドクがちらとユーリに目配せした。


「ユーリで良イカ。呼び辛イ。サテ」


 ああ、と返事。すると彼は大きな鉤の付き棒をユーリに示して見せる。

何事かと少年は目を剥くが、構わずオークは自分と同じ物を押し付けてきた。

見れば、同じような道具類を彼の率いた連中も携え、更にその束が木箱に詰められている。


「仕事ダ」


 と、押し付けるやそれ以上の説明も無しにオーソドクの一隊が動き出す。

ユーリ達の小隊は押っ取り刀でその後ろに続く恰好となった。

短槍の様に二つの隊は鉤棒を携えて道を進む。


「ユーリ君、ねぇ。仕事って言ってたけど詳しい事聞いてる?」


 少年にエイブリーが耳打ちする。彼女にとっては寝耳に水の話だ。


「いや。特には」

「オーク共と仕事なんて聞いてないわよ。知ってたら来なかったのに」

「仕事だぞ、我儘言うな」

「あいつ等雑なんだもの。面倒事ばかり拵えるのが上手だし。

……解ってるって。愚痴よ愚痴。ちょっとこぼしただけじゃない」

「聞かなかった事にする。でも、あんまり公言はするな」

「そう。借りにはしないからね。……ねぇ、ユーリ君。気のせいかしら。

全く集落から出る様子が無いんだけど」

「丁度僕もそう思ってた所だ」


 集落の外れに差し掛かりオークたちの一隊が、一つの家屋の前で止まった。

そして、彼らは手に手に鉤棒を取り、半ば傾きかけたその家に引っ掛け、打ち壊し始める。

ユーリ達が呆気に取られている横で何事かと飛び出してきた家人が悲鳴を上げた。

何をする止めろ、と縋りつくもオーク共は一向に構う様子もない。

一瞬の後、少年は血相を変えて怒鳴った。


「お前らッ、何をやっている!!」

「何っテ、仕事ダが?」

「馬鹿を言うな!!今すぐ止めろ!!」


 鉤棒で引き倒す作業を中止すると、オーソドクは一枚の書状をユーリに示す。

そこにはシャロムと、それから確かにヴォロフのサインが描かれていた。

曰く、対価を支払っての土地の接収らしい。少年は歯嚙みする。


「聞いてないぞ……おい、これは」

「ヴォロフ殿ノサインも入ってイるだろう。確カな物ダ」

「貸せッ」


 もぎ取るように紙を引っ掴むなり、穴が開きそうな程に目を通す。

しかしながら何度見ようと文字は変わらない。ユーリは口を引き結び、

ついに耐え切れずに、書状を投げ捨てると立ち塞がってオークを睨みつけた。


「この場は私が預かる」

「どういウ積モリだ。正式な命令ダゾ」


 悠然とした足取りで拾い上げ、紙を畳むとオーソドクが懐に収める。

固唾を呑むユーリの兵や冒険者たちも少年の意図を察したのか、

各々の携えた得物や鉤棒を握りしめ、或いは掌を開閉する。

エイブリーが眉を潜めながらライサンダと何事か囁き合うのを横目に、

ユーリ=ペルーンはオークに啖呵を切った。


「預かると言ったぞ、オーク。ペルーンの民に手を上げる事は私が許さん」

「成程、騎士サマダ。シカシな、ヴォロフ殿ニ報告するコトになるゾ」

「勝手にしろ」

「剛毅ナ奴ダ。嫌いではナいガ、間抜けダ。俺ヲ止めテモ結局は止まらン。

落ち着イテ考え直セ。既に許シも得て動き始めてル事ダ」

「……俺に口止めしていたのは兄上の仕業か」

「ソウダ。優シイから秘密にしておケとな。間違いデモナカッタラしい」

「そうか……」


 オーソドクはせせら笑い、ユーリは押し黙る。

鎧姿の連中も険悪な空気に自らの得物に手を運ぶ。

一触即発の空気はあっという間に伝染し、兵らの目と伺い知れぬ面頬の下の瞳が交差した。

対峙し、睨み合う二つの集団の前で巨漢のオークにユーリは問う。


「それで、お前らが新しい兄上の兵になると言う訳か」

「オ前と同じクな。シカシな、盾突クのハ」

「お前を止めただけだ。何も見なかった」

「ソウカ」


 ユーリの返答にオーソドクは目を細めると鉤棒を軽く握り、

小枝のような軽やかさで振り回してから、鋭く止めると石突きで軽く地を叩いた。

体を解すように首を回し、再び少年に向き直る。


「どうする、ヤルのカ」

「引けば見逃してやる」

「そうイう事ニしておコウ。誰ガ命じルかは書いテは居なイから。

それニお前トハ腕比ベした方ガ面白ソウダ。ではナ勇敢ナるユーリ」


 にかっ、と相好を崩し笑みを浮かべるとオーソドクは踵を返した。

ユーリは大きく息を吐いて肩を落とす。眉間に皺を寄せたエイブリーが歩み寄った。


「……ユーリ君」

「すまん」

「すまんじゃ無いでしょ。……あー、もう、コンチクショウ。嫌な予感はしてたのよ。

何か深い考えでもあった──て訳でも無さそうね。このヤロウ」

「よしてくれ、兵も見てる」


 不安げに何事か囁き合う兵達を後目にエイブリーは肩を竦める。

今、少年を問い詰めたとしても兵らに動揺を広めるだけだろう。

女冒険者の傍らでユーリはへたり込んでいた家の主を助け起こした。


「あ、ありがとうございます」

「当然の事をやったまでだ。……すまんが、事情を聴いても?」

「……ご存じないので?」

「そうだ。兄上からは聞いてなくてな」


 僅かにためらうと、ぽつぽつと家主は語り始める。


「さっきの奴らが来てからです。ヴォロフさんがおかしくなり始めたのは。

やれ事業だと、皆の土地を習いを無視して勝手に金で買ったり、

私みたいな貧乏な連中の土地を無理に買い上げたりやりたい放題ですだ。

皆、迷惑しとります。そろそろ刈り入れも考えないといけないのに」


 ユーリは語らず頷きながら聞き終えると、口を開く。


「済まない。本当に済まない……」

「ユーリ様?」


 慌てて無理やり笑顔を作ると、ユーリは疑問の声を打ち消した。

その隣に駆け寄ったエイブリーが耳打ちする。


「いい?詳しく私たちにも教えなさい。もう待ってる場合でも無さそうだしね。

勿論、うーちゃんにもよ。ここまで一人で抱えてこうなったんだから、反省なさいな」


 頷き、それからユーリはエイブリーと、自らの兵らに振り返った。



Next.


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