第11話 土と娘と赤い髪



 二ツ龍物語 11 土と娘と赤い髪



 通されたのは鍛冶ギルドの保有する館の一つであった。

古めかしい造りで、彼方此方に武具や出来損ないの部品が転がっている事から、

かつての商館を兵舎、兼作業所として流用しているらしい。

タイラーを先頭にした一行はその中にある一室に入る。


「むさ苦しい所で悪いな。けど、飯にも酒にも不自由はない──さて」


 タイラー=マルテルは机に差し向かいに座った二人組に水を向けた。

ユーリ=ペルーンとウー=ヘトマンである。

応接もそこそこにタイラーは机に身を乗り出して続ける。


「要件から入るぜ。情報交換といこうじゃないか」

「ええ。僕としても、調べてくれと頼まれてましたし」

「なら丁度いい。今、ウチの職人連中にあの鉄を見て貰っててな。

やっぱり、オーク共のそれと同じらしいぜ。

俺も詳しい事は解らん。解らんが、全部同じ形、質だからな」

「手回しがいい……いや、僕もさっぱり門外漢だけど、そうなので?」

「ああ。ウチの職人連中の奴はてんでバラバラなんだが……

何でそんな形を揃えるんだか、どいつもこいつも首捻って不思議がってたよ。

その癖混ざりモンが少ない良い鉄だ、って顔しかめてやがったな」


 通常、鍛冶仕事に用いられる延べ鉄は一定の形をしておらず、

作業に携わった鍛冶場と職人によって様々だ。

その為、目方で取引されるのであるが、男に曰く規格が驚く程一定しているらしい。

さ、次はお前の番だと促されユーリが受けた。


「あの鉄は、我が領に最近やって来た客人から贈られたものです」

「おいおい、一気に怪しくなってきたな。貴族を隠れ蓑にしてんのか?

バレたら都の商売人連中は黙っちゃいないぞ。

と、言うか俺にそんな話をしていいのか?」

「隠れ蓑も何も、今の所は何もしておりませんからね。口止めもされていない」

「今のところは、ね。アンタ自身はどう思うんだ?」

「まずは先方を見極める。悪党であれば追い払う。まぁ、大した考えでもないですけど」

「呑気なこった。しかし、そいつの考えが読めんね。何を考えてるんだか」


 それが解れば苦労はない、とユーリはぼやき、タイラーが肩をすくめる。

予期せぬ所で繋がった出来事は、然し未だその動機すら判然としない。

中年男は思考を纏めるように暫し黙すると言葉を続けた。


「事の次第は解った。頭の隅に置いとくよ、ペルーン殿。

俺個人としちゃ、カンがうずくが──」

「冒険者、余り首を突っ込むものでないぞ」


 頬をかくタイラーに不機嫌そうな顔をウーが向けた。


「嬢ちゃん、いや龍殿とお呼びすべきかな。

冒険者は首突っ込んでナンボの商売だぞ。なぁにが悪い」

「今は廃業したんだろう。このギルドとかいう集まりを守っていればいい」

「刺々しいぜ。冒険者が嫌いらしい」

「腕利きはな。敵方に何度煮え湯を飲まされた事か……」


 苦々しく呟くウー=ヘトマンにタイラーが片目を吊り上げる。

まるで迷信深い田舎者を見たような所作であった。


「おいおい。龍退治ってなもう大昔の」

「人の尺度で計るな。兎に角、部外者だろう」

「宛ては幾つも用意しとくもんだ。話がそれたな。ペルーン殿よ。

どうも陰謀とか、そういう匂いがするぞ、気を付けた方がいい」

「何が陰謀だ。そんなものこの私がちょちょいのぱっぱと片づけてやる」


 ごほん、とユーリが咳払いをする。

目を机へと伏せ、思考を巡らせるが結論は見えない。

何かの流れが出来つつある事だけは解るが──ドラゴンと龍、

そして自分と兄と領地と冒険者、周りを取り巻く諸条件。

ピースばかりがばらまかれ、縁取りのないパズルのよう──閑話休題。

ユーリは顔を上げるとタイラーに向き直った。


「ご忠告痛み入る。……ギルドへは?」

「信用できる奴を選んで話をしてみるさ。

ギルドからしてみれば不義理な商売敵は居ない方がいい。

あんたとしちゃ身内のトラブルが片づけばいい。

俺は突っ込んだ先にカネがありゃ言う事が無い、ま、額次第だが」

「余り事が大きくなるのも困るんだが」

「大きくなるも何も、出所についてはこっちも探りを入れてたんだ。

いずれはバレるなら流れぐらいは制御できた方がやりやすいだろう」


 タイラー=マルテルとの会話も終わり、食事を済ませて通りへと戻った

歩きつつ、ユーリ=ペルーンは手元に戻った件の鉄塊を眺めていた。

どうもペルーンの預かり知らぬ所で話が大きくなってしまっているようだ。

タイラーが語った所が真実であるならば、あの小娘は

ペルーンに取り入るばかりでなく、都にまでちょっかいをかける程に力があるらしい。

その癖、正体や思惑を明確に語ろうとはしない。胡散臭い事この上ない。


「兄上に忠告すべきだな」

「場合によっては力づくでも止めた方がいいかもしれんぞ」


 と、深刻そうな顔でウー=ヘトマンが言った。

少し囃し立てればすぐに空へ飛んで行ってしまいそうだ。

ユーリは龍を宥めつつ答える。


「それは乱暴じゃ」

「手遅れになってからでは遅い。陰謀が顕になるのはそれが成った故」

「でもペルーンの領主は兄上で、僕じゃない。

龍殿にとっての盟友は僕と言うより兄上だろう」

「む、それは……」


 指摘され、ウーが言葉を詰まらせた。

どうにもこの龍と言うものは下手に力がある分、力任せの解決を好むらしい。

さはさりながら、仮に少年が血相を変えて具申した所で、

かの女が明白に危険であるという確たる証拠はまだ無いのだ。

疑念は募るが、憶測だけで排除するという訳にもいかない。


「兄上だって馬鹿じゃないし、一人じゃない。

僕やエイブリーさん達、館勤めの連中や龍殿が居る。

ロングアームからの援軍も来る。何れボロを出すだろうよ」

「楽観的だな。心配になる」

「僕としては何でそこまで突っかかるのか良く解らない」


 ユーリの物言いに龍は鼻息を吹くと顔を寄せた。

大きく映し出される娘の顔で、瞳だけが龍のそれであった。

歩みを止めると少女は両手を大きく広げ、自分の主張を飾り始める。


「失敬だな。龍は住みかと財を守るもの。それが土地であれ、穴倉であれ変わらん。

そして友というのは得難い財産だ。財たる盟友を守るのは当然の事であろう。

こそこその盗人に爪先程も触れさせてやるのが気に食わんのだ。

それとも何か。お前は私の執念と熱心を信じないとでもいうのか?」


 龍はユーリに顔を寄せ、心外だと言わんばかりに長広舌を披露する。

ウー=ヘトマンを初めとし、サロメと名乗った赤いドラゴンに至るまで。

少年は龍との付き合いは長くは無いが、彼等が異なる道理で動いている事は

十二分に理解出来ていた。


龍は言葉無き獣ではない。人と会話する事は出来る。

同じ情報を分析し、理路を通す事は出来る。しかし、結論は異なるのだ。

龍の友たらんとするならば、それは尊重しなければならない。

少年は自らの不見識を心中で自省する。


「疑ってすまなかった」

「まぁ、人の子故無理も無い。寛大な心で許してやろう」

「……まぁ、いいや。兎に角、戻ったら戻ったで仕事は多いよ。

勿論手伝ってくれるんだろうね、盟友殿。それと暴力沙汰は控えてくれよ」

「む、人の法の故か。しかし、それでは退屈してしまうぞ。私も仕事が欲しい」


 あくまで自分の役割は威力である、と暗に主張するウーに

ユーリは腕組をして考え込む。戦の事だけを考えて居れば気楽ではあるが、

今のところは過剰な長物。或いは使わない魔法の武具か。

賊の討伐などさせては兵どもに龍頼みの心を植え付けかねず、

何か別の仕事をあてがうべきだろう。

考える事しばし。少年は手近な所に解決を求める事にした。


「仕事が欲しいならゴザクさんに聞くといいだろう。

お前だって村一つを預かってるんだ。人の仕事のやり方を学んではどうだ」

「先々代の時に同じことを言われたがすぐ取りやめになった」

「なんでさ」

「お前が関わると仕事にならない、頼むから大人しくしていてほしい、らしい」


 龍の語る表情に曰く、何故そうなったのか理解できない様子であった。

詳細は想像に任せる他ないが、農業や村の仕事というのは嫌でも共同せねばならぬ。

翻って、龍にそういった適正はゼロであったろう。

畑を荒らしたか、それとも干し草を押しつぶしでもしたか。

文句を言う訳にもいかない相手だ。厄介という他あるまい。

少年は在りし日の惨劇に思いを馳せながら言葉を探した。


「話を聞かなかったからだろうな……大丈夫大丈夫、辛抱があれば」

「忍耐力か。忍耐力ならあの穴倉で鍛えられたから自信があるぞ!」

「解ったけど。いいか、きちんと言う事聞いてやるんだぞ。

癇癪おこしても暴れて当たり散らしたりとかするなよ?」

「なぁに、心配は要らん。何せ龍だからな」

「……不安だ」


 人間にとって龍と言うのは異質な存在であるが、龍にとっても人間とは

全く別の他者であるらしい。不安は尽きないが、まずやらせてみない事には改善もすまい。

そう、何とかと鋏すら使いようなのであるから、

何かしらの役目は作り出すことが出来る筈だ。多分、きっと。

そう思う事を少年は決意しようと決定し、自信満々らしいウーを決断的に見た。


「不安だ……」

「何を暗い顔をしておる。お前には私の新たな仕事を祝う栄誉を与えようじゃないか」


 ゴザク=クレイノードとよくよく相談することにしよう。

少年は笑顔を繕ってウーに答えつつ、そう心に決めた。



/



 曇天。遠からず雨が降り始めるだろう。

ヴォロフ=ペルーンは生ぬるく湿った空気に僅かに眉を寄せた。

その傍らには、燃えるように赤い髪の少女──シャロムが居る。

年の頃は十代初め程の小娘は周囲に鋼で鎧する武者を侍らせ、

自らは豪奢な赤いドレスという野辺には似つかわしくも無い姿。

荒れ野で揺れる篝火のようにも見える。


彼女は自慢げな表情を浮かべ、眼前の光景を眺めている。

それからヴォロフの顔を見下ろすように見上げて、言う。


「どうじゃペルーン。妾の手下も中々のものじゃろう」


 その言葉の通り、つい先日までは村外れの荒地だった場所は、

今や少女が連れて来たオークだの、人間だの、その他の亜人だの、

テントや持ち込まれた資材に道具でごった返していた。


そいつらはと言えば、何人かの組頭に指揮されて

其処此処で穴を掘ったり資材を運んだり、かと思えば

トテカントテカン、工具を振るっては作業をしている。

先に告げた通り、本気でペルーンに出城を立てるつもりらしく、

基礎を撃ち込み、骨組みを組んでの土木建設である。

特に目立つのは、最も下位の者に至るまで誰も彼もが鉄で拵えた道具を持っている事だ。


日が傾くまではまだ随分時間がある。

雨の前に作業を急がせるのだと赤い少女は語っていた。

一番の働き者には褒美を取らすとも。


「随分と整えられておりますな」


 と、ヴォロフは領主として正直な感想を述べた。

掛け値なしの評価である。物資のみならず、労働力にも不足していないらしい。

最も、男が見た所恐らくは奴隷か、それに近い者が大半であるようだったが。

然しながら、それを差し引いても整然と組織化されて黙々と働く手駒に

思わず羨望の念すら覚えてしまう。

何をするにも摩擦と面倒ばかりのペルーン領とは大違いであった。


これ程面倒なく作業や労役を進められればどれ程の事が出来たろう。

知らずそんな事を考えていると、腰に手を当て胸を反らせ、

シャロムが大袈裟な身振り手振りで話し始める。


「褒めよ褒めよ、もっと褒めよ。それもこれも妾の工夫よ。

組織化、均一化、模型化と組み合わせ。何で誰も考えないのかさっぱり解らぬ。

一つの頭に無数の腕、百手巨人の如きじゃて。この頭はいまここに在るという訳じゃ」

「……まぁ、言わんとする事は何となく解りますが。

しかし、これだけの民を養うとなれば大変でしょう」

「勿論!炭鉱機械や揚水ポンプと違って生き物というものは面倒臭い。

兎にも角にも飯が足りないのじゃ。今の所は使い潰しておるが、

その内回らなくなるのは必定。鉄も石炭も人間も有限資源、何れ近場で枯渇する。

で、あれば用立てないとダメじゃ。のう、ペルーン殿や」


 じっ、と悪戯っぽい顔が口角を吊り上げながら覗き込んでくる。

等価の交換を。早くお前の手札を見せろと背後に回るかの如くだ。


「だからペルーンに白羽の矢。仰られていた通りですな。

しかし、我が領とて豊かではありませんよ。人ばかりが増えても──」


 と、ヴォロフは周囲の荒れ野を見た。

目立つような森など殆ど無い。薪、製鉄、建設に農地開発その他諸々、

木々を切り倒す理由など掃いて捨てる程ある。その後に残るのがこの有様だ。

禁足地同然である龍が治めている地の他は殆どが僅かばかりの野草が茂るのみ。

表土が薄く、耕作にも適さない為、誰も手を出さず捨て置かれている場合も少なくない。


幾つもあるペルーンの問題の中でも根深いものの一つと言えた。

そもそも人口を支えるに足る食料が不足しているのだ。

産業も食料生産も不十分、であるから市場育成を重視してきたのであるが──

屈みこんで土を指先で摘み、カサカサとした感覚を見て、シャロムが口を開く。


「ほれ、じゃがというものがあったろう。じゃがというものが。

食わせる物などイモで十分じゃ。あれは栄養もあるし、何処でも育つ」


所謂ジャガイモと呼ばれる作物だ。

東国を初めとして、貧しく厳しい土地で恒常的に育てられている。

硬く臭いカブや野草と同じく、これが食卓に上るとなれば

いよいよ行き詰って来た証であるとして皇国においては先の大戦争の記憶と

結び付けて語られることも少なくない。

ヴォロフも若いころは辟易する程口にしたものだ。

端的に、皇国一般で大いに嫌われている食べ物の一つであった。


「民とてパンや麦を食べたがります。好んで食う者などおりません」

「合理的では無いな。何故そんなつまらん拘りをする」

「それは……」

「ほら、答えられまい?で、あれば単なる思い込みよ。

第一、 この領は資源の割り振りが良くない。

何故ろくに食えもしない農地で人間を働かしているか理解に苦しむな」


全く持って好き勝手言い放題の小娘である。

第一、民草との合意や慣習、やらない理由ならば掃いて捨てる程あるのだ。

それを無視して行えば、直ぐに領の統治が行き詰ってしまう。


「納得が得られませんよ」


 つまりはそういう事だ。

最も、ヴォロフにとって年下の娘に放言されるのは面白くは無いながら、

田舎では珍しくも学があるらしい話し相手についつい会話が弾んでいるのも事実だった。

意図や言葉が通じるばかりか、こういった対話が出来るなど

都の学生時代以来の贅沢だ。


「あなたは理解に苦しむと仰るが、私としては民への配慮もある」

「配慮、臆病な事よな。ああいうのはだな、十分に金と力があれば黙るものじゃ。

表す言葉を持たぬ人間など、目の前の餌さえあれば満足する。

兵と糧とで黙るのを見れば、それから働かせればよろしい。

それ以上何を慮ってやる必要があろう。領主なのだろう。民草はお前のものでは無いのか?

なぁに心配もいらん。大きく領を豊かにすれば、奴らに富も滴り落ちよう。

第一、何故自分のものであるのに好きに使わない」


 押し黙って算段するヴォロフを余所に、少女の長広舌は更に続く。

確かに悉く自分の物にしてしまう事が出来るならば、そういう風にも出来るだろう。

不意に言葉を止めてシャロムが男を見つめる。


「何じゃ。折角演説しておったのに」

「物だけあっても売れないならば、と考えておりまして」

「抜かりない。既に幾つも鉄やら何やらを売り付ける宛ては考えておる。

車輪と同じよな。回しながら前に進めていけば良い」

「その金で食料を買えばよいのでは?」

「やってはいるが、本拠まで運ぶ手間賃で足が出ておってな。

何でもかんでも一か所で、とは行かぬらしい。ここを中継地とするつもりじゃ。

ともあれ豊かに変えていく、変革こそが素晴らしい。そうじゃろう」


 同意を求めるシャロムに、ヴォロフは顎に手を当てて考え込む。


「確かにそうかもしれませんが……」

「考えてもみよ。想像せよ。例えば、人手を使って大きな道を通し、

運河を掘り抜いて近くの河川に繋げてしまおう。

或いは役にも立たぬ農地を整理し、羊を飼って糸を紡ごう。

鉄と火を使い、工場を立て、荒地とガラクタから無尽の富を作るのじゃ。

そして無数の人間共に道具を持たせ、号令一下で自然を組み伏せる。

これぞ知恵ある種族が進むべき未来よ。そして妾の向かう先じゃ」


 親指に収まる金無垢の指輪が光る。

広がる荒野を切り分けるように、縦横に指先が走り、曇天の下でも

黄金は炎の舌先のようにきらめく。

ひょっとすると脳裡で既に区割りを始めているのかもしれない。


 何とも気楽な事だ。何を考えて居るのか。

子供らしく実社会には疎いのかもしれないし、深淵な考えでもあるのかもしれない。

自信満々の横顔を苦笑しつつ眺め、少女の思考を制止すべく声をかけた。


「まだ土地を貸しているだけですが」

「おや、豊かになるのは嫌か?何事にもリスク、代償はつきもの。

妾の助力が欲しければ土地を差し出す、要らぬなら妾は去る。

簡単な事じゃぞ?考慮の余地はないほどに明白じゃ」

「無論、領主として豊かになるのは素晴らしく思います。

しかし、良く解らない仕事で良く解らない連中の稼ぎで、となれば」


 それは当然の疑問であった。

聞くなりシャロムは踊るようにステップを踏み、

スカートの裾を摘まむと足を覗かせつつ、挑発するようにヴォロフに言う。


「臆病者じゃのぅ。ほれ、ほれ。ぬしの未来がつまげて誘っておるのに」

「はしたないですよ」

「ふん、慎みで腹は膨れぬわ。ワクワクしようぜ。鉄と火を使い、人間共を操って。

地の底から秘めたる宝を掘り返し、地上の富を作り出す。これに勝る財などありはせん。

ペルーンのヴォロフや、ぬしとて何かしら欲しいものぐらいある筈じゃろう」


 金銀財宝、絶世の美女、膨大な英知にはたまた世界の半分。

或いはこの私を所望するか、云々。ふざけ半分に次々挙げ挙げ、

片袖で口元を隠して少女は忍び笑いする。見た目通りの年頃めいて。

熱を帯び始めた口調でシャロムは続けた。


「何でもよい、何でもな。例えば妾はこの土地が欲しい。

富や財を更に増やしたい。欲望に果ては無く先へ先へと進み、

下らぬ先達共の迷妄を晴らし、この世の果てまで手にしたい。して、ぬしはどうじゃな」


 顔を伏せ、少し考えてからヴォロフは顔を上げた。

男は空想を巡らせていた。無数の腕を操る一つの頭。

血流の様に財と成果を巡らせて、一夜の夢すら現実に出来るのではないか。

他愛ない若造の空想だったものが、今や芽吹こうとしていた。


 或いは、それは篝火のような赤い髪にあてられたのかもしれないし、

燃え盛る火焔の輪のような瞳に魅入られたせいかもしれなかった。

何れにせよ、彼は心の中に仕舞い込んでいた願望を取り出す事にした。


「俺はこの土地を都の様に大きく豊かな街にしたい。

残念ながら若い頃は戦で台無しだったからな。手に入った筈のものを取り戻したい。

都みたいな街並みを作り、多くの財を集め、俺の失われた時を取り戻したい」


 身の丈に合わぬ大望であった。

小娘はにこりとも笑わない。その代わりに、白い指先をヴォロフの顎に伸ばす。


「出来るさ、妾と取引さえすれば。して、やるのか」

「やろう。力を貸してくれるか」

「おう、おう。勿論勿論。では固めの握手じゃ」


 そして、ヴォロフ=ペルーンは差し出された掌を握り返した。



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