episode 17

 屋敷は広かった。

 というか、広すぎだ。

 一人で出歩いたら、まず間違いなく迷う。


 派手さこそないけれど、上質な家具。

 整えられた花壇。

 高い天井。

 その全てが、レンラの地位の高さを物語っていた。

 貧困街スラムで暮らしてきた俺にとっては、

 なんというか、居たたまれない。

 親とかと一緒に住んでいるのだろうか。

 姿は見ないな。


 俺はレンラに着替えさせられた。

 綺麗な服だ。

 黒を基調とした布地に、金色の刺繍がほどこされている。

 いかにも貴族が着ていそう。

 まさか自分がこんな高価な服を着ることになるとは、思ってもみなかった。


「ね。ダン。どうしてあんな所にいたの?」


 俺をベッドに横たえ、椅子に座ると、レンラはもっともなことを尋ねてきた。


「……気づいたら」


 あながち嘘ではない。

 だが、俺が魔法を使えることは隠す。

 念のためだ。


「そうなんだ。不思議なこともあるもんだね」


 レンラは、俺が手に持っているペンダントに視線を落とす。


「それ……もしかして神器とか?」


 予想外だった。

 このペンダントが神器。

 そんなはずはない。

 これはただのガラクタだ。


「これは……父の形見だ。神器なんかじゃない」

「そうなんだ」


 レンラは首を傾げた。

 これが神器でなかったら、どうやってここに来たのだろう。

 そういう顔だ。

 まあ、そうだよな。

 足を砕かれたヤツが、歩いてきたとも考えにくいし。

 その辺は、曖昧に説明しておこう。

 俺自身、あまりよく分かってないってのもあるが。


「お嬢様。紅茶を淹れました」


 ドアを開き、部屋にクローノが入ってくる。

 クローノは、ティーポットとカップが置かれたトレイを、机に運んだ。

 洗練された動作だ。

 よく落とさないな。


「ありがとう。クローノ」

「いえ」


 クローノはドアを丁寧に閉じ、レンラの側に立った。


「……これ、飲んでいいの?」


 湯気がたつ、飴色の液体。

 そんなもの、見たことがなかった。

 飲める代物なのだろうか。


「いいよ。遠慮しないで、どんどん飲んで」


 俺はカップに口をつけた。

 じんわりと、温かいものが胃に沁みる。

 そういえば、しばらく何も食べてないな。


 鼻に抜けた少し甘い香り。

 端的に言えば、液体は美味しかった。

 紅茶って言ってたっけ。


「美味しいでしょ」


 レンラもカップを傾け、紅茶をすする。


「トルトリア地方から取り寄せてるの。あそこでできる茶葉は一級品よ」

「……」


 トルトリア地方。

 聞いたことがなかった。

 俺の頭の中にはガヒの街しか入ってないんだから、それもそうか。


「……で。本題なんだけど。何があったか、喋ってくれる?」


 レンラは、真剣な顔つきになった。

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