episode 16

 凄まじい殺気だった。

 あと数ミリで俺の喉は掻き切られる。

 俺は喉をひくりと震わせた。


「待って!! エル!!」


 レンラは、必死に呼び止める。

 だが、エルと呼ばれた女の子は応じない。


「なんでだ!! 侵入者を問答無用に排除!! これが俺様の役目だろう!?」

「違うの!! この子は侵入者じゃなくて……」

「ああ!? 侵入者だろ!?」


 エルは眉間をしかめる。

 話の内容から察するに、この人は護衛かなんかだろうか。


「昨日、ガヒの街で物騒な事件があったんだ。呪髪人ディモーどうしの殺し合いだとよ」


 ガヒの街で呪髪人ディモーどうしの殺し合い?

 魔導師が一方的に呪髪人ディモーを殺したんだろ?

 なんで隠す必要があるんだ。

 ファジル人なら、呪髪人ディモーを粛清したとかなんだとか言って、力を誇示しそうなものだが。


 そういえば、赤毛のおっさんは王の命令だとか言ってたな。

 それが関係しているのだろうか。


「こいつはどうも怪しい。ここで殺すのが一番だ」

「ダメ!!」

「はあ!? なんでだよ!? 」

「ペットだから!!」

「は!?」

「私の!! ペットだから!!」


 エルは目をぱちくりとさせる。

 レンラの発言が、予想の斜め上だったみたいだ。


「……チッ」


 エルは舌打ちをした。


「お嬢にもしものことがあったら、処分受けるの俺様なんだぞ」

「それは大丈夫。たぶん」

「……はあ。俺様は絶対に責任とらないからな」

「……わかった」


 レンラはこくりと頷く。

 エルは、大剣をゆっくりと引いた。


「まあ、足のないヤツに何ができるとも思わんが……おい。呪髪人ディモー。もしもお前が問題を起こしてみろ。俺様が殺してやる」


 エルは俺を睨みつけた。

 敵わない。

 そう思った。

 どう見ても、俺より年下だ。

 それに、女の子。

 だが、その迫力は本物だった。


 俺は直感した。

 これは、迂闊に下手なことできない。

 少しでも怪しい動きをしたら、殺される。


「……とりあえず、お前のことは上に報告する。話はそれからだ」

「……上?」

「っ……あー……。王だよ。王」


 王。

 その言葉に、俺は敏感だった。

 ドラゴンを従えた、赤毛のおっさんの言葉を思い出す。

 まずいな。

 王って、たしか俺を探してたはずだ。

 報告されるのは、よろしくない。

 すぐに追手が来るだろう。


 なんとか引き止めようと思った。

 が、良い考えが浮かんでこない。

 くそっ。

 いざとなったら、また魔法を使うしかない。

 ここにも、そう長くはいられないかもしれないな。


 そもそも、なんで王なんだ。

 エルとどういう関係にある?

 とりあえず、訊いてみた方がよさげだ。


「……なんで王に報告するの?」

「俺様がファジル王直属の魔導師だからだ」


 そう言うと、エルはすたすたと立ち去ってしまった。

 ファジル王直属の魔導師。

 なんでそんなのがレンラの護衛を?

 俺の見立てだと、レンラは貴族の娘とかだ。

 着てる服とか諸々から判断してな。

 ……もしかして王族なのか?

 しかし、それにしては髪色がおかしい気がする。


 俺はエルの後ろ姿を眺める。

 まるで大剣が似合わない。

 なんなんだ。

 あのエルって奴。


「よいしょ」

「!?」


 レンラは、俺を背負った。

 とても嬉しそうだ。


「お嬢様! わたくしが背負います!」

「いーの、いーの。好きでやってるんだから」

「しかし……」


 クローノは気まずそうだ。

 そりゃそうだろう。

 ご主人様だけが働いてたら、従事は困惑するのが普通だ。


「じゃ、先に行ってこの子の服を用意しといて。血まみれだから」

「……承知しました」


 クローノは小走りで走っていった。

 木々の陰に隠れ、しだいに見えなくなる。


「あの……レンラ……さん?」

「レンラでいいよ。敬語もなしね」


 呼び捨てか。

 年上の女性を呼び捨てにするのは、あまり慣れないな。


 そういえば、レンラたちはどうしてこんな所にいたのだろう。

 家から近いのだろうか。

 ……この森が?


 俺は違和感を感じた。

 一応、訊いてみるか。


「ここは……森だよね?」

「違うよ」

「え?」


 俺は意外な答えにびっくりする。

 てっきり、ここは森だと思っていた。

 それくらい木が密集している。

 ここが森でなくて、一体なんなのだろう。


「庭だね」

「庭……」


 想像がつかなかった。

 こんなだだっ広いのが庭?

 まさか。


「まあ、周りになんも無いっていうだけなんだけどね」

「……」


 レンラに背負われ、木々の間を通り抜ける。

 木は空高くそびえ、小鳥がさえずっていた。

 そよ風になびいた葉音を聞きながら、自分の行く末を案じる。


 ジャラ、と首にかけたペンダントが、音を立てた。

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