episode 14

 うさぎの頭に、少女の体。

 俺の目の前にいるのは、そんなヤツだった。

 白いワンピースをひらめかせ、クスクスと笑っている。


 ここはーーどこだ?

 まず、鮮やかな緑色が目に入った。

 生け垣のようなものに囲まれ、そこには色とりどりの花が咲いている。

 赤、白、青、黄色ーー。

 数えたら、キリがない。

 それくらい、たくさんの種類だ。

 植物のアーチが、頭上を覆う。

 その隙間から陽の光が差し込んでいて、綺麗だ。


 ここは……そうだな。

 さしずめ、植物でできた迷路ってところか。


(……なんだコイツ?)


 俺は訝しむ。

 被り物のようには見えなかった。

 まるで、本当に、少女の首からうさぎの頭が生えているようなーー。

 不気味だ。

 それに、現実味がない。


 俺があれこれ考えていると、

 うさぎ頭は、突然走り出した。


「……っ!」


 俺は追いかけるかどうか、迷った。

 ……別に、追いかける必要はない。

 だが、なぜだろう。

 追いかけなければ、このまま死んでしまう気がした。


 もし死んだら、母やジン、ランに会えるかな。

 それなら、このまま死ぬのもいいだろう。

 だけどーー。


 今は、何も考えたくなかった。

 絶望と無力感が、心を支配していた。


 俺は膝をついて、倒れ込んだ。

 もう、どうでもいい。

 俺は一番大切なものを失ったんだ。

 これ以上辛いことはない。


 体を縮こませ、泣く。

 涙がとめどなくあふれてきた。


 うさぎ頭は角のところで止まり、

 じっとこちらを見つめている。


 ***


 どのくらい時間が経っただろう。

 半日か、それ以上。


 俺はーーうさぎ頭を追った。

 なぜ追ったのか。

 自分でもよく分からない。

 たぶん、何かにすがりたかったのだ。

 一筋の希望が、この先にあるのではないか。

 そんな期待が、頭の片隅にあった。


 うさぎ頭は、角を曲がる。

 俺も同じように角を曲がった。


「……お前、俺に話しかけてたヤツか?」


 痛みと熱さに悶えていたあの時。

 俺は女の子の声を聞いた。


『ーー連れていってあげる』


 その言葉を、反芻する。


「……」


 返事はない。

 違うってことだろうか。

 振り向くそぶりも見せず、

 ただうさぎ頭は走り続けていた。


 俺は見失わないように、追う。

 追う。

 追う。

 右に、左に、グネグネと。


 迷路は、気が遠くなるほど長かった。

 だが、不思議と疲れることはない。

 不自然だ。

 思い返せば他にも、砕かれたはずの足が、元どおりになっていたり、

 あれだけべっとりとついていた血がなくなっていたりする。


 どういう原理なのだろう。

 いや、そもそも原理なんてないのかもしれない。


「なあ、これはどこに続いてるんだ?」

「……」


 一応訊いてみたが、案の定返答はない。


「ったく……」


 俺はため息をつく。

 不安で仕方がなかった。

 これから、どうなるのだろう。


 走り続けていると、一つの考えが頭をよぎった。

 ここは、もしかしたら、死後の世界ってやつかもしれない。

 そうすれば、大体の辻褄が合う。

 あの時聴いた声も、やたら膨れた魔力も。

 俺の意識が恣意的につくりだした幻で、

 実際はあのまま殺されていたーー。

 ありえそうな話だ。

 ここの情景も、天国とやらのイメージに近い。


(俺……死んだのかな)


 そう思うと、気が楽だった。

 ジン、ラン、母さんーー。

 家族の顔を思い出す。

 心が壊れてしまいそうだ。

 やりきれなくて、涙がにじむ。


「……!」


 光だ。

 角を曲がると、突然光が見えた。

 あそこが迷路の終わりだろうか。

 うさぎ頭は、その前で待っている。


 俺は光の前で立ち止まる。

 うさぎ頭は光に飛び込もうとはしない。

 なんだ。

 俺だけ行けってことか。


 うさぎ頭に確認を求める。

 だが、ただクスクスと笑うばかりだった。

 確認しようがないな。


 俺に迷いはない。

 どうにでもなれ、と思った。


 光に勢いよく飛び込む。

 俺の意識は、再び暗転した。

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