episode 12

 そこに広がっていたのは、地獄だった。


 多くの家が破壊され、煙をあげている。

 血に塗れた死体が、いくつもあった。

 飛び出した内臓が、てらてらと光る。

 原型をとどめていない死体の数々。

 一目で、むごい殺された方をされたのだと分かった。

 息を止めるだけなら、ここまでやらなくてもいい。

 おそらく、快楽を目的に殺されたのだろう。


 呪髪人ディモーの少年が、魔導師に追われているのが見えた。

 魔導師は二人がかりだ。

 少年と魔導師たちは最初、かなり距離があったが、

 ぐんぐんと距離をつめられている。


「久々の仕事がこんなイカれてるとは思いもしなかったな!」

「まあ、いいじゃねえか。呪髪人ディモーを好き放題屠れるんだぜ? 最高だろ?」

「楽しくないと言ったら嘘になるな! へへっ」


 魔導師たちの会話が聞こえてくる。

 なんだそりゃ。

 なんだって言うんだよ。

 勝手すぎやしないか。


「ひっ!! ひいいいいぃっ!!」


 少年は必死だ。

 まずい。

 助けないと。


 体が反応した時、すでに少年の首は跳ね飛ばされていた。

 大量の血をまき散らしながら、宙を舞う。


 ジンとランは、その光景に言葉を失っていた。

 何が起こっているのか、理解できていないのだろう。

 同じ呪髪人ディモーの少年が、目の前で絶命した。

 そのことを受け入れるためには、二人はあまりにも幼い。


 刹那、背後に殺気を感じた。

 反射的に、魔法を繰り出す。

 手から魔法陣を展開させ、光の矢を放った。

 即席にしては上出来だろう。

 こんなに上手くできたのは初めてだ。

 火事場の馬鹿力ってやつだな。


「があっ!! 」


 襲ってきた魔導師に、矢が命中する。

 肩を深くえぐられ、魔導師は剣を落とした。

 この剣も神器ってやつだろうか。

 装飾きらびやかな、高そうな剣だ。


「見つけたぞ……!! 魔法を使える呪髪人ディモー……!!」


 ファジル人の魔導師は、地に膝をつき、汗ばみながら微笑する。

 見つけた?

 もしかしてコイツら、俺を探しにきたのか?


 魔導師は笛を吹いた。

 甲高い音が、辺りに響き渡る。

 俺は直感した。

 仲間を呼ばれた。

 早く逃げないと、殺される。


 俺はジンとランの手を握った。

 四人が走って魔導師から逃げるのは、至難の技だ。

 生き延びるためには、トリップするしかない。


「母さんは、俺の肩を触ってくれ!」


 硬直していた母が、迷いなく手を肩にのせる。

 信頼されているのが分かって、少し嬉しかった。


「よく握っとけよ! ジン! ラン!」


 俺はイメージする。

 できるだけ遠く。

 遠くの場所だ。

 どこでもいい。

 とりあえず、ここから逃げるんだ。


 パチパチッと、電流のように魔力が全身を流れる。

 よし、いける。

 俺たちはトリップしたーー。





 ーー気がした。

 実際には、まったく微動だにしていなかった。

 俺は焦る。

 この感じ、まさか容量オーバーか?


「……私は置いていきな。ダン」

「そんなこと……っ!」


 そんなこと、できるわけがない。

 もし、母を置いていったら、殺されるのは必至だ。

 そう何度も、魔法は使うことはできない。

 遠くへ行き、もう一度ここに戻ってくるという手は現実的だとは思えなかった。


「いいんだ。私は十分に生きた。早くおゆき」


 母は俺を抱きしめて、そう言った。

 今生の別れかもしれない。

 そう思うと、動悸が早くなった。

 涙が目に浮かぶ。


「い……いやだ。やっぱり……俺には……」

「……これを持っていきな」

「これ……」


 母は自分の首から、ペンダントをはずした。

 そして、俺の首に手際よくかける。


「……お父さんみたいに、強くなるんだよ」


 父の形見。

 母は、本当に死ぬつもりなんだ。

 俺は実感が湧かなかった。

 こんな日が来るなんて、想像もしてなかった。


 俺は涙を拭う。

 そうだ。

 俺はチッキとランを守らなくちゃいけない。

 こんなとこで、立ち止まっちゃいけないんだ。


「必ず、必ず戻ってくるから……!」

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