episode 10

「じゃあ、俺帰るから」

「ちょっと待てよ」


 ガシッと、襟元をつかまれた。

 ちっ。

 しれっと帰る作戦は失敗か。


「……ダン、おめー金が欲しいか?」


 ゴーシャは急に小声になる。

 金?

 金なら欲しいけど。

 ゴーシャが金の話なんて珍しいな。

 そんな話題とは無縁そうだが。


「……ああ。そりゃな」


 俺はうなづいた。


「よっしゃ。ちょっとこっち来い」


 そうして、俺は人目のつかない路地裏に連れていかれた。暗い路地だ。

 ハリボテみたいな家に挟まれていて、

 石畳はところどころ地面がのぞいている。


 この辺りは幽霊の噂が絶えない。

 出たとか、出てないとか。

 それも大体、この薄気味悪さによるものだろう。

 気温も心なしか、低い気がする。


「キヌ。例のものを」

「あいよ」


 キヌと呼ばれたハゲのおっさんは、襤褸ぼろの中をまさぐり、白いかたまりを取り出した。

 人工的な立方体。

 見るからに怪しい。


「これが何かわかるか?」

「……クスリ?」

「正解だ」


 ゴーシャは真剣な表情だ。

 なんだろう。

 いつものゴーシャっぽくない。

 いつもは明るく、豪快な感じなのに。

 今はまるで、修羅場をいくつもくぐりぬけてきたかのような凄みを感じる。


「……ダン、お前仲介人ブローカーになれ」

「嫌だ」


 俺は即答した。

 自分にはコロシアムで戦士になるっていう夢があるんだ。

 仲介人ブローカーになんぞなるものか。


「どうしてもか?」

「どうしても、だ」


 百回誘われたら、百回とも断ってやる。

 それくらい、仲介人ブローカーにはなりたくなかった。

 クスリを仕入れて、ここの連中に売り払う。

 簡単な仕事だ。

 そこそこ儲かる。

 だけど、俺にはもっと大金が必要なんだ。

 ジンとランには、不自由を感じさせたくない。


「かーーーっ! せっかく誘ってやったのによォ! バカだぜ、ダン」


 ゴーシャは額をおさえて嘆いた。

 なんとでも言え。

 無理なものは無理だ。


「ここらじゃ仲介人ブローカーほど儲かる仕事はねぇぞ? これにならないってんなら、おめぇ、何になるつもりなんだ?」

「戦士」


 俺がそう言うと、ゴーシャは顔色を変えた。

 信じられない。

 そういう顔だ。

 そして、吹き出した。


「だあーーはっはっはっ!! 聞いたかキヌ?」

「イヒヒヒッ!! ばっちり聞いたぜゴーシャのだんな!!」


 二人は大笑いする。


「笑うんじゃねぇ!!」


 俺はぎりっと奥歯を噛みしめた。

 なにがおかしい。

 なにがおかしいってんだ。

 俺は笑われるようなことを言っただろうか。


「あー、わかったわかった。そう怒るな。

でもよォ、コロシアムってのはむごい所だぜ?

父親の二の舞になりたいのか?」

「ならない。絶対に」


 俺はきっぱりと言った。

 するとゴーシャは腕を組み、目をつむって考え出した。

 しばらくして、静かに口を開く。


「……これはアドバイスだがな。あまり夢は追わないほうがいいぞ?

俺たち呪髪人ディモーは生まれた時から詰んでるんだからな」


 俺はゴーシャをにらみつけた。

 生まれた時から詰んでるだと?

 冗談じゃない。

 それは言い訳だろ?

 俺はそんな風に諦めたくない。

 人生を投げやりにしたくはない。


「……そんなことあってたまるか」

「お前にもいつか分かるさ。この世界がいかに残酷にできてるかってのを」


 ゴーシャの目は遠くを見つめていた。

 ゴーシャなりに、色々思いあたるところがあるのだろうか。


「さ、話は以上だ。子どもは帰った帰った」

「……」


 俺は無言で立ち去った。

 腹わたが煮えくりかえりそうだった。

 夢をバカにされた。

 そこまではいい。

 だけど、生まれた時から詰んでるってなんだ。

 じゃあ、呪髪人ディモーって一体なんなんだ?

 なんのために存在してるんだ?

 俺たちはーー。


 俺は夜空を見上げて、考える。

 答えは、一向に見つかりそうになかった。

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