episode 8

 巨狼が、血しぶきをあげて倒れる。

 噴水のように飛び散った鮮血は、俺たちの体を濡らした。


 俺は何が起きたのか理解できなかった。

 巨狼の首には大きな裂傷。

 それはぱっくりと開き、黒い毛を赤く染め上げている。


 俺は自分の目を疑う。

 15メートルもある巨体にこれほどの致命傷が入るなんて。

 そんなことあり得るのか?


「クフ……ゥウ……」


 巨狼は傷口から大量の血を流し、しだいに目に生気がなくなる。

 そして、間もなく息絶えた。


「チッキ!」


 俺はチッキの名前を呼んだ。

 そして、駆け寄る。


「ウッ……ゲホッゲホッ」


 砂ぼこりに喉がやられたみたいだ。

 大丈夫だろうか。


「ボクは大丈夫。それよりーー」


 チッキは巨狼の方を指差す。

 俺は振り向いて、その方を見た。


「ギグギギ……」


 巨狼の体の上に、怪しい人影があった。

 赤色に鈍く光る目がひとつ。

 全身が金属の鎧に包まれていて、

 巨大な血塗れのナタを持っている。

 特筆すべきは、足のようなものが3対生えていることだ。

 なんだあれは?

 人じゃないのか?


「助けて……くれたのか?」


 こちらを襲ってくるような気配はない。

 それだけで命の恩人だと判断するのはあまりにも早計だが、

 あの鎧は巨狼を倒した後、こちらをじっと見つめてるだけで敵意は感じられなかった。


「……アンタ、人なの?」


 チッキが尋ねる。


「……」


 返答はない。

 俺は少し不安になった。

 巨狼を一瞬で殺した相手だ。

 戦うことになったら、まず間違いなく勝てない。

 俺が動いたら、襲ってくるとかないよな?

 仕掛けられる前に、トリップした方が安全だろうか。


 俺の懸念をよそに、鎧はぷいと背を向けた。

 そして、そのままガシャンガシャンと大きな音を立てながら、森の奥に姿を消してしまった。

 俺たちは呆然とする。


「ふ……ははっ」


 安堵して、乾いた笑いがもれた。

 俺とチッキは互いの顔を見合わせる。

 巨狼の血がべったりとついた顔は、なんだか滑稽だった。


「……はぁ〜〜。帰るか〜〜」

「……とりあえず、川に行かないとな」

「それもそうだね」


 この血塗れのかっこうで帰ったら、余計な心配をさせてしまうだろう。

 さすがに、川で洗った方がいい。


「それにしても、あの鎧なんだったんだろうな」

「さあ……」


 アレは明らかに人間ではなかった。

 人形か何かだろうか。

 しかし、ただの人形があんな動きをするだろうか。

 巨狼を一撃だぞ?

 一体なんなんだ?


 俺たちは何者に救われたのかさえ分からず、もやもやとした気持ちを抱きながら、

 川に向かったのだった。

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