episode 3

 「ほら、ハムだぞ!」


 俺が手に抱えたハムを床に置くと、ジンとランは目をキラキラと輝かせた。

 我が弟妹ながら、とても可愛い。

 無愛想な俺とは大違いだな。


「食べていい? 食べていい?」

「ねーねー、早くぅー」


 二人は待ちきれんとばかりに、涎を垂らす。

 無理もない。ここ数日、ろくなもの食べてなかったからな。


「よーし、今から切り分けるからなー」


 俺は棚から錆びついたナイフを取り出す。

 これはいつ拾ったものだっけ。随分昔だったはずだ。

 切れ味は悪いが、切れないこともない。

 その半端さは、けっこう気に入ってる。


「ダン。お前それ、どうしたんだい」


 母は愕然として尋ねてきた。

 弱弱し気な声に、ちくりと胸が痛む。

 母が病気がちになったのは、親父が死んでからだ。

 精神的なものだろうか。

 仕事もろくに続かず、床に伏す日々。

 俺の知っている母はもっと図太い人だったんだが。

 まるで別人だ。


 俺はそんな母を心配させまいと逡巡する。

「盗んだ」と正直に言おうか。

 それとも「貰った」と嘘をつこうか。


「……貰ったんだ」


 悩んだ末に、俺は嘘をついた。

 母から目をそらし、黙々とハムを切り分ける。


「嘘おっしゃい……」


 母は心底悲しそうに、ごちた。

 そりゃバレるよな。

 ファジル人は冷酷非道だ。

 あいつらが呪髪人ディモーに情けをかけるなんて、ありえない。


「まあ、食べなよ。せっかく盗ってきたんだから」


 俺は切り分けたハムを皿に乗せ、三人に手渡す。

 ジンとランは、不揃いのハムを美味しそうにもしゃもしゃと食べた。


「おいしいー」

「うまーい」


 母は眉間にしわを寄せ、しばらく食べるか食べまいか迷っていたが、

 結局一口だけかじった。


「もうお腹いっぱいだよ。ありがとう、ダン」

「そう……」


 微妙な空気が漂う。

 ジンとランは気まずそうに、俺と母の顔を交互に見回した。

 二人は耐えかねたように、別々のことをしだす。

 ジンは木をナイフで削りだし、ランはどこかで拾ってきた本を開いた。


 俺は母が食べた残りを、口に運ぶ。

 じわぁっと、肉の味が口の中に広がった。

 何日ぶりだろうか。

 まともな食べ物を食べたのは。


 父が死んでからというもの、ほとんどの食事は川でとった魚だった。

 味は良くない。

 砂っぽくて、ゴミみたいな味だ。

 だけど、生きていくためには食べるしかない。


 久しぶりの肉は、その分お腹に響いた。


「ん……?」


 突然、視界がぼやける。

 いつものやつだな。

 魔法を使ったら、これだ。

 異常な疲労感に襲われ、しだいに意識が遠のいていく。


 そして俺は気絶した。



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