episode 2

 俺を浮かせているのは、コイツで間違いないだろう。

 だって、杖なんか持ってて、いかにも魔法を使いそうじゃないか。


「なあ、どうやって俺を浮かせてるんだ?」


 俺はカイトに尋ねる。

 宙に浮くなんて初めての体験だ。

 疑問が湯水のように湧いてくる。


 カイトは俺の態度が気に食わなかったようで、舌打ちをした。「馬鹿に礼儀は分からないか……」などとほざき、じっと俺の目を見る。


 そして、俺の体を地面に下ろした。

「なんだ?」と思いつつ、ほっとしたのもつかの間、今度は体が急に重くなった。


「がっ……はっ……!!」


 俺は耐え切れず膝をつき、そのままうつ伏せになる。

 まるで、体に鉛がのしかかっているみたいだ。

 肺の中の空気が吐き出され、苦しい。


「……いつ見ても気味の悪い髪だな」

「ハッ……お互い様だろ」


 ガンッ、と衝撃が走る。

 どうやら杖で殴られたらしい。

 ……魔導師のくせに物理かよ。


「お前らの髪と一緒にするな。

 鏡を見たことがあるか?

 禍々しい模様が、虫のように這いずり回ってるんだぞ。死ねよ」

「……」


 俺は何も言い返せなかった。

 悔しくて、悔しくて、唇を噛む。

 腫れた頰がズキズキと痛んだ。

 気持ちが悪いのは自覚している。

 だけど、だから何だっていうんだ。

 どうして俺たちは隅に追いやられるのだろう。


 何度も耳にした、ありきたりな悪口だったが、

 俺の憎しみを増大させるには十分だった。

 ファジル人に対して?

 否、それを当たり前として受け入れる世界に対して。


「チッ……血がついてしまったな」


 カイトは布で、杖に付いた血を拭う。

 それはほんの微量だったが、カイトは気に入らないらしい。

 ……そこまで大切な物なら、別の物で殴れよ。


 カイトは血を拭い終わると、ため息を吐き、不機嫌そうな面持ちで群衆を見渡す。


 そして、何かを思い出したように、


「ああ、そうだ。どうやってお前を浮かせていたか、だが」


 と切り出した。


「僕は優しいからな。特別に教えてやろう。

『神器』って分かるか?

 この杖は、それだ」

「……『ジンギ』?」

「なんだお前神器も知らないのか」

「あいにく、貧困街スラム育ちでね」


 カイトは小馬鹿にしたような視線をよこす。

 いちいちムカつくなこの野郎。


「神器ってのは……そうだな。

 魔法みたいな能力を使える古代の武器さ」

「ふぅん」


 魔法みたいな能力を使える古代の武器……。

 そんなものあるのか。

 初耳だ。


「まあ、つまりお前の足が止まったのは、この杖の能力ってわけだ。どんな能力か、気になるだろ?」

「えっ……うん。まあ…」


 困惑して、適当に相槌を打つ。

 話の流れからしたら、その説明をするのは不自然ではないが。

 あまりに食いぎみだったので、俺は訝しむ。


「タルハン一族に伝わるクラスAの神器、その名も『世のクロジアべし妙杖ネリアート……その能力は『重力操作』!!!」


 カイトは急に声を張り上げた。

 周りの群衆に、その力を誇示するように。

 杖を持ち上げる動作も様になっている。


「おおー!!」

「かっこいいー!!」


 群衆は歓声をあげる。

 カイトは満足気に、ふふんと鼻を鳴らした。

 ……というか、いきなり親切になったのは自慢したかっただけか。


「……でも、魔導師を名乗ってるくせに、ジンギってのに頼ってんだな」

「は?  何を言ってる?  当たり前だろ。

 魔導師が神器に頼らずに、何に頼るってんだ。

 それともあれか?  お前はファンタジーの中の魔導師と混同してるのか?  あんな魔法使えるわけないだろ」


 カイトはやれやれ、という表情を浮かべる。

 そうだな。

 普通、魔法なんて使えないよな。

 だから、コイツが能力を使った時、俺は「もしかして俺と一緒なんじゃないか」と思ったんだが。

 どうにも、ジンギとやらの力を借りているらしい。


「さてと。お遊びはここまでだ。 お前、さっさと盗んだものを返せ」

「……返したらどうなる?」

「知るか」

「だよな」


 俺はふっと笑う。


「……何をするつもりだ?」


 カイトは何かに勘付いたようで、表情を曇らせる。


「いや、ちょっとをね……」

「!?」


 そう言うやいなや、俺の体は激しい光を放ち出す。

 巨大な魔法陣が展開し、雷鳴に似た音が鳴り響いた。

 人々は何が起こっているのか理解できず、

 俺の姿が完全に消えるまで、ただ呆然と見ているだけだった。


 ***


「……まさか。いや、しかし……」


 呪髪人ディモーの少年が目の前で姿を消した。

 それはカイトにとって、信じられないことだった。

 ああいう能力を使うには、神器が必要なはず。

 しかし、少年はそれらしい武器など持っているようには見えなかった。


「……これはお父様に報告しなければ」


 静まり返った群衆の中、カイトはブツブツと独り言を呟いていたーーー。


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