復讐の始まり

episode 1

「こらああああッ!! 待ちやがれ!!」


 包丁を持ったおっさんが追いかけてくる。

 控えめにいってヤバい。


「待てっていって、誰が待つかよ!!」


 俺は大きなハムを抱えながら、雑踏を縫うようにして駆け抜ける。

 振り向く人、あわやぶつかりそうになる人、傍観する人。ほとんどが何が起こっているのか理解できなかったのだろう。

 しかし、そういう有象無象は、俺の髪を見て、目の色を変えた。


「あの髪ッ……!!

 呪髪人ディモーだッ……!!」


 誰かが叫んだ。

 途端に、大勢の大人が俺を取り押さえようと、躍起になる。

 怒り、憎悪、軽蔑ーーーその表情の中に、好意ととれるものは何一つなかった。

 普段優しそうな牧師でさえも、まるで鬼みたいに豹変している。


 まったく、嫌われすぎだろ。この髪。

 白髪の下地に、黒い虫のような模様がうじゃうじゃ。

 気持ち悪いのは分かるが、聖職者を激怒させるまでとは思わなんだ。


 俺は次々と、おっさんたちをかわしてゆく。

 動きが鈍いから、思っていた以上に簡単にかわすことができた。

 良いもの食って、太りすぎなんだよこんちくしょう。


「すばしこっい奴め!」

「な…… なんだこいつ!?」


 子ども一人捕らえられずに、大人がバタバタと慌てるのは面白い光景だ。

 ついでに取りやすいところにあったもんだから、兄ちゃんのポケットから財布をくすねた。


「もらうよ! この財布!」

「あ! この野郎!」


 この重みは……銀貨2枚は入ってるかな。

 貧困街スラムで生きていくには、十分なお金だ。

 しばらく食費には困らないだろう。

 

  俺は縦横無尽にストリートを走り回る。

 屋台の裏に隠れたり、路地に逃げ込んだりしながら。

 時に食べ物の匂いにつられて足が止まってしまったが、

 なんとか自分を制して、走り出す。


 おっさんたちは、このまま地獄の底まで追ってくるんじゃないかってくらい、しつこかった。一人、また一人と振り切っていったが、依然十人くらいに追われてるみたいだ。


「ゼェ……ゼェ……ハァハァ……」


 もうすぐでメインストリートを抜ける。

 このまま住宅街の方に逃げれば、誰も追ってこれまい。

 逃げる場所はいくらでもある。

 ふはははは。

 ファジル人め。ざまぁ見やがれ。



 勝利を確信した矢先、予期しないことが起きた。

 足が地面から離れる。


「うわっ!? うわわっ!?」


 体が、宙に浮いた。

 上手くバランスが取れない。

 何とかして逃げようと、手足をバタバタさせるが、空を切るばかりで進む気配はなかった。


「……くそっ!」


 まずいな。

 このままだと、捕まってしまう。

 もし捕まったら……半殺しじゃすまないだろうな。

 呪髪人ディモーは人扱いされない。

 罵るだけ罵られた挙句、リンチだ。


 殴られるのは……嫌だな。

 死んじゃうかもしれないし。

 を使おうか。

 いや、うーん。

 でもアレ、すげぇ疲れるしなあ……。


 ワラワラと、ファジル人が俺を取り囲むようにして集まってくる。

 野次馬が新たな野次馬呼び寄せ、まるで見世物小屋みたいな状況になってしまった。

 これだけ密集されると、逃げるのはかなり難しい。


「盗みか……呪髪人ディモーらしい、下賤な行為だな」


 俺の目の前に、男の子が歩いてきた。

 年は俺と同じくらい。

 目も覚めるような、鮮やかな赤髪が特徴的だ。

 いっちょまえに、高そうな服に身を包んでいる。


「大魔導師のご子息、カイト様だ!」

「すごい! 呪髪人ディモーの動きを止めたぞ!」


 群衆はヒーローのご登場ということで、盛り上がる。

 その盛り上がりっぷりに、カイトと呼ばれたその男の子もまんざらではない様子だ。

 

 ……なんかコイツ、癪に触るな。

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