episode 4

 目を覚ましたのは深夜だった。

 隣では、弟妹がすやすやと眠っている。


「頭いてぇ……」


 こめかみのあたりに鈍痛がした。

 頭は痛いわ、体は重いわ、

 まったく、魔法を使うとろくなことがない。


「ダン、起きたかい」

「……起きてたの」


 母はずっと起きていたらしい。

 ただでさえ病気がちなのに、あまり無理はしてほしくないんだが。


 母はペンダントをいじっていた。

 白銀で出来たペンダントだ。

 父の形見で、母の大切な宝物。

 一度売ろうとしていたが、ろくな値にはならなかった。

 どうも、ガラクタ同然みたいだ。

 だが、母は時々、こうしてペンダントをいじる。

 よほど大切なのだろう。


「あんた、魔法使ったでしょ」

「……うん」


 俺はうつむく。

 母には、あまり魔法を外で使うなと言いつけられていた。

 理由はよく分からなかったが、何かと危険らしい。


「しょうがなかったんだ」

「……誰にも見られてないんだろうね?」

「あ……うーん。そうだね」


 母の視線が突き刺さる。

 さすがに、これは嘘だと見破られているだろうな。


「はあ……。ごめんよ。母さんがもう少し元気だったら……」


 月光に照らされた母の顔は、とても暗かった。

 母なりに、思うところが色々とあるのだろう。


「大丈夫だよ母さん。俺、12歳になったら、コロシアムに行くから」


『コロシアム』という単語を出した瞬間、母の表情が変わった。

 それは明らかな恐怖だった。


「あんたは……ちゃんとした職に就きなさい」


 体を乗り出し、声を震わせて、母は断固として反対した。

 俺はたじろいだ。

 ここまで感情的な母は、今まで見たことがない。


「……やっぱり父さんのこと?」


 母は固く唇を結んだ。

 何か言いたげだったが、上手く言葉にできないらしい。


「人はいつか死ぬんだ。運命だよ。

 それに、呪髪人ディモーがちゃんとした職に就けるわけがない。

 お金が欲しいなら、コロシアムで戦うしかないんだ」


 俺は忘れない。

 玄関に置いてあった、あの手紙を。

 それには父さんがコロシアムで死んだ旨が書いてあった。

 父さんとは小さい頃の記憶しかない。

 顔もうろ覚えだ。

 それでも、家族を養うためコロシアムで戦い続ける父さんを、俺は尊敬していた。

 父さんのおかげで今まで食べることには困らなかったし、

 手狭だが家らしい家に住むことができていた。


 それが紙切れ一枚。たった一枚だ。

 危険な職業であるには違いないし、それなりに覚悟をしていた。

 けれどいざ失ってみると、ぽっかりと心に穴が空いた気分になった。


 俺はーーー忘れない。忘れるものか。


「母さんは何と言おうと、反対だからね……ゲホッ」


 母はせき込んだ。

 そして、そのまま眠ってしまった。


 俺はこぶしを握り締める。

 絶対に、コロシアムに行ってやる。

 そこで最強の戦士になるんだ。

 そんでもって見返してやる。この世界を。


 俺はひとり、決心を固めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る